第37話 運ぶ先
大きなルゥラは、音のした岩へ身体を向けたまま、湊の方へ戻ってこなかった。
今のは、音に反応したのか。
分からない。けれど、ほかに試せることもなかった。
湊は足元にある別の石を拾った。今度はテオから離れた洞窟の奥を狙い、できるだけ遠くへ投げる。
石は地面を二度跳ね、岩壁へぶつかった。
乾いた音が返ってきた。
大きなルゥラは、今度もそちらへ向かって動き出す。
やっぱり、音だ。
湊はもう一つ石を拾って握ったまま、倒れているテオへ近づいた。
名前を呼びかけそうになって、口を閉じた。
今、声を出したら戻ってくる。
テオのそばへ膝をつき、胸元を見た。わずかに上下している。腕に触れると、洞窟の空気より冷たく感じるほどだったが、息はある。
生きてる。
なら、連れて帰る。
湊はテオの片腕を自分の肩へ回し、背を向けて腰を落とした。
成人した男を背負うなんて、やったことがない。持ち上がらなかったらどうする。引きずれば音が出る。かといって、ここへ置いていくわけにもいかない。
腹へ力を入れて立ち上がった。
重い。重いのは間違いない。それでも、立てた。
もっと腰が潰れるような重さを想像していたのに、テオの身体は湊の背中に乗ったまま持ち上がっている。
俺って、こんなに力あったっけ。
オルメイのところに行けば、鍬を振って土を掘り、出てきた石を運んだ。それを毎日のように繰り返していた。別に鍛えていたつもりはないのに、今はテオを背負って立っている。
湊は抱光葉の袋も拾い、洞窟の入口へ身体を向けた。
一歩進むたび、テオの重さが肩へ食い込んだ。さっき持ち上げられたからといって、軽いわけではない。岩を避けながら歩けば足元まで見る余裕がなくなり、靴底が小石を踏んだ。
じゃり、と音がした。
奥にいた大きなルゥラが止まり、身体の先をこちらへ向けた。
湊も足を止める。
来る。
湊は背中のテオを支えたまま、握っていた石を反対側へ投げた。
石が岩へ当たった。
ルゥラがそちらへ向く。
湊はすぐに歩き出した。
もう一度音を立てれば、また戻ってくるかもしれない。だからといって、足元ばかり見ながら歩けばテオを落とす。
ゆっくり進むしかなかった。
背中ではテオが動かない。
いつもなら何か一言くらい言いそうなのに、息が耳元へかすかに触れるだけだった。
それが怖くて、名前を呼びたくなる。
呼べない。
湊は奥歯を噛んで歩いた。
やがて暗がりの先に、外の明るさが見えた。
入口へ近づくほど、岩の黒さが薄くなっていく。
あと少し。
そのとき、背負っていたテオの鞘が岩へ当たった。
硬い音が洞窟に響いた。
後ろで石を踏む音が続いた。
湊は振り返らなかった。
石を投げる余裕もない。テオの身体を背負い直し、入口へ向かって足を動かした。
岩の上を踏んでいた靴底が、土を踏んだ。
外へ出た。
吹き込んだ風が、汗の浮いた顔へ当たる。
そこでようやく湊は振り返った。
洞窟の奥は暗く、大きなルゥラの姿までは見えない。
追ってくる音もしなかった。
湊は息を吐き、背中のテオを抱え直した。
助かった。
まだだ。
テオはまだ目を覚ましていない。治療できる場所は湊には分からないが、今日二人が依頼を受けた場所なら分かる。
冒険者ギルドだ。
* * *
冒険者ギルドへ入るなり、受付から声が飛んだ。
「怪我人です!」
奥から何人かが出てきた。湊が説明するより先にテオの身体を引き取られ、背中から重さが消えた途端、膝が抜けそうになった。
「この人、依頼中ですか?」
「は、はい。あ、あの、ルゥラ討伐です。俺も同じ場所の採取依頼で一緒でした」
「分かりました。治療はこちらで手配します」
テオが奥へ運ばれていく。湊も追おうとしたところで、別の職員に呼び止められた。
「何があったか、話せますか?」
「ル、ルゥラです。でも、普通のよりずっと大きくて……」
どこから話せばいい。
最初に何匹もいた。テオが倒した。大きいのが出た。何度斬っても動いた。張りつかれて、テオの火花が弱くなって、それから。
「何回斬っても倒れなかったんです。テオさんに張りついて……そのあと、テオさんが動かなくなりました」
「テオさんが動かなくなったあと、ルゥラはどうしました?」
「離れました。テオさんのすぐ横を通ったのに、そのまま通り過ぎて」
「襲わなかった?」
「はい。でも、俺が声を出したら今度はこっちに来ました。石を投げたら、その音の方へ行って……それで逃げました」
職員は近くにいた別の者へ何かを伝えに行った。
そこでようやく、湊は自分がまだ抱光葉の袋を持っていることに気づいた。
さっきテオを運んでいった職員が戻ってきた。
「テオさんはヴェール大聖堂へ運びます。あなたも怪我があるなら見せてください」
「俺は大丈夫です」
リールさんに知らせないと。
湊は抱光葉の袋を受付へ預け、商館へ向かった。
* * *
商館の扉を開けると、取引台の向こうにリールがいた。
「テオは?」
「倒れました。でも、ギルドの人が運んでくれました」
「座って。何があったの?」
洞窟で起きたことを、思い出せるところから話した。途中から自分でも順番が分からなくなり、テオが動かなくなったところまで来ると、岩壁を背に崩れた姿がまた浮かんで、喉が詰まった。
リールは口を挟まなかった。少しして、湊は止まったところから話を続けた。
「テオが動かなくなったあと、そのルゥラはテオを襲わなかったの?」
「はい。すぐ横にいたのに、そのまま通り過ぎました」
「あなたが声を出したら?」
「俺の方へ来ました。石を投げたら、今度はその音の方へ行きました」
「その話、ギルドにはした?」
「はい。話しました」
「テオは今どこ?」
「ヴェール大聖堂です」




