第35話 浅いところ
エズと名乗った男は、メルドとシェナの前まで来ると足を止めた。先ほど運び込まれた冒険者はすでに奥へ消え、入口では別の聖職者が床に残った血を拭いていた。
「それで、大聖堂が指定されている理由をお知りになりたい、と?」
「はい。ギルドでは、こちらが指定先だというところまでしか確認できませんでした」
「長く冒険者を受け入れてきた実績があります。夜間でも負傷者を断らず、治療費も本人へ請求しない。先ほどご覧になった通りです」
「それは、こちらが指定されるようになった理由ですか?」
「理由の一つにはなるでしょう」
「誰が決めたのですか?」
「それは冒険者ギルドへ確認された方がよろしいのでは?」
メルドはすぐには次を聞かなかった。ギルドでは指定先がヴェール大聖堂であることまでしか分からず、ここでは、その理由をまたギルドに尋ねるよう返された。
「では、ヴェール大聖堂は、その指定を受けただけですか?」
「『だけ』とは、また随分と狭い聞き方をされますね」
「では、違いますか?」
「大聖堂と冒険者ギルドが長く協力してきたのは事実です」
「それは、回復処理以外でもですか?」
それまで間を置かずに返していたエズが、初めて黙った。
「ずいぶんと話を広げますね」
「広げたのは私ではありません。大聖堂と冒険者ギルドが長く協力してきたと、今おっしゃったので」
「ええ。ですから、長い付き合いがあるという話です」
「回復処理以外でも?」
同じ問いを重ねると、エズの声から先ほどまでの軽さが消えた。
「監察局では、どこまでお調べになったのです?」
シェナが隣から答えた。
「没収された保証金が共通財源へ入り、救助や治療に使われているところまでです。その支払先に、こちらの名前が続いていました」
「それで、大聖堂とギルドの関係まで調べる必要があると?」
「今、必要があるかどうかを確認しているところです」
エズは返さなかった。
「ヴェール大聖堂は、治療を請け負う以外に、冒険者ギルドの判断に関わる立場ですか?」
「それは、私の口からお答えすることではありません」
私の口から、か。
「分かりました。今日はここまでにします」
* * *
冒険者ギルドの掲示板の前で、湊はテオと並び、ルゥラ討伐の隣に貼られた採取依頼を見上げていた。
「ちゃんとありましたね、採取依頼」
「お前、本当に受けんのか」
「そのために来たんじゃないですか」
「言ったの俺だけどよ」
湊が採取依頼を持って受付に向かうと、先にいた軽装の男が木札をまとめて台に置いた。
「貯まったぞ。これを保証金にしてくれ」
「申し訳ございません。木札は保証金には使えません」
「はぁ? これ金に替えられるだろ」
「換金してからお願いします」
「ちっ、めんどくせえな。分かったよ」
軽装の男が木札を戻して受付を離れたところで、湊は採取依頼を差し出した。
「俺、冒険者登録をしてないんですけど、この依頼は受けられますか?」
受付の女性は依頼書に目を通した。
「採取依頼ですね。申請すればFランクで登録できますので、受けられますよ」
「じゃあ、登録をお願いします」
手続きを終えると、湊はもう一度依頼書を開いた。そこには、抱光葉という大きなうちわのような光る葉が描かれていた。
隣では、テオがルゥラ討伐の依頼書を出し、自分の金袋から保証金を払っていた。
道路の仕事で街の外へ出たことはあっても、魔物がいると分かっている場所へ、自分で依頼を受けて入るのは初めてだった。
「テオさん。俺、本当に採取だけしてればいいんですよね?」
「それがお前の仕事だろ。魔物が出たら俺がやるから、勝手に奥へ行くなよ」
「行きませんよ」
「武器も持ったことねえって言ってただろ。だから言ってんだ。採るもん採ったら声かけろ」
「分かりました」
新しいダンジョンへ入り、入口からの明かりが届かなくなると、湊は手元の灯りを足元へ向けた。地面には岩が突き出し、段差も多い。前を歩くテオについていこうとしても、足場を選ぶたびに距離が開いた。
「この辺からだったよな」
先を歩いていたテオが足を止めたので、湊も隣まで追いついた。
「何がですか?」
「前に戻ってきた連中がルゥラにやられた場所だ。暗くなり始める辺りらしい」
入口はもうかなり後ろにあり、振り返っても外の光は見えなかった。手元の灯りから外れた先は、そのまま洞窟の暗さへ続いていた。
「もう出るんですか?」
「出ると思って来たんだよ。お前は採る方に集中しろ」
テオがそう返した直後、灯りの端で何かが動いた。
半透明の身体が岩陰から飛び出し、湊が何なのか分かるより先にテオが前へ出た。抜いた剣で飛びついてきたものを横から弾き、地面へ落ちたところへ次の一撃を入れた。
動かなくなったところで、湊はようやくその姿をまともに見た。
「これがルゥラですか」
「ああ。お前は近づくなよ。飛びつかれたら熱と魔力を持ってかれるぞ」
「まだいるんですか?」
「前に来た連中は、数も分からなかったって話だ。まだいると思っとけ」
工房で腰へ戻した剣を見たときは、似合うとしか思わなかった。今はその剣が、飛びついてきた魔物と湊の間に入っている。
「ほら。俺の仕事見に来たんじゃねえだろ」
「あ、はい」
湊はテオから離れすぎない範囲で、依頼書に描かれた抱光葉を探した。その間も、少し離れたところでは石を踏む音や剣の音が続いていた。顔を上げると、テオが別のルゥラを追っていた。
「テオさん、そっちにもう一匹います」
「見えてる。お前は続けろ!」
「はい!」
何匹か見るうちに、灯りの端で半透明の身体が動いても、最初ほど驚かなくなった。湊が抱光葉を見つけて袋へ入れる間にも、テオは一匹を倒して次のルゥラを探していた。
今度は、岩陰から飛び出してくる前に湊もルゥラに気づいた。湊が声をかけると、テオがそちらへ剣を向け、飛び出したルゥラを斬った。
一匹を退けても、少し先では別の影が動いた。
「多いな。お前、採る方はどうだ?」
「あと少しです」
「なら先に終わらせろ。終わったら戻るぞ」
「はい」
必要な分が揃うと、湊は袋の口を閉じた。
「テオさん、終わりました」
「おう。じゃあ、こいつ片づけたら戻るぞ」
テオが次を探して洞窟の奥へ向くと、湊も同じ方を見た。灯りの届かないところで大きな影が動き、湊が手元の灯りを向けた。
そこに、何かがいた。
ルゥラ――いや、同じものには見えなかった。さっきまで何匹も見た個体は半透明だったのに、揺れる灯りの中へ出てきた身体には濃い紫が沈み、その奥は黒く濁っていた。暗がりで輪郭を見誤ったのかと思ったが、灯りの中へ出てきても、さっきテオが倒したルゥラより明らかに大きかった。
湊の背中を冷たい汗が流れた。
「テオさん、あれもルゥラですか?」
「湊、下がれ! ……ルゥラってのは、こんなにでけぇヤツもいんのか」




