第33話 誰の金
冒険者ギルドの掲示板で、一人の男が二枚の依頼書を見比べていた。
片方は新しいダンジョンの素材回収。もう片方は街道の護衛で、報酬だけなら素材回収の方が高い。
男はしばらく両方を見ていたが、掲示板から外したのは街道護衛の依頼書だった。
「そっちにするのか?」
隣にいた仲間が聞く。
「ああ。新しい方は、もう少し中の話が出てからでいい」
「浅いところなら、もう何組か入ってるだろ」
「だから、その連中が戻るの待ってんだよ」
男は依頼書を持って受付に向かった。
リールが目で追っていると、入口の方から大きな声がした。
「新しいダンジョンから戻ったぞ!」
入ってきた冒険者は数人いた。そのうち一人は仲間の肩を借り、外套を身体に巻きつけている。それでも震えは止まらず、歯の鳴る音が近くまで聞こえた。
「ルゥラだ。浅いところから何匹も出やがった」
受付から職員が出てくる。
「ルゥラが? 場所はどこですか?」
「入口からそんなに入ってねえ。暗くなり始める辺りだ。急に飛びつかれて、魔力と身体の熱を持ってかれた。剥がして逃げるので精一杯だった」
「数は分かりますか?」
「数えてられるかよ」
肩を貸していた男が吐き捨てるように言うと、職員は戻ってきた者たちを奥へ通し、別の職員が新しいダンジョンの依頼書を掲示板から外した。
先ほど街道護衛を取った男が受付から戻ってきた。
「ほらな」
仲間は何も返さず、新しいダンジョンの依頼があった場所を見ている。
「俺は地図がもう少し埋まってからにする。金が高くても、帰ってこれなきゃ意味ねえよ」
二人はそのままギルドを出ていった。
待つと決めた男は、その間の仕事として街道護衛を取った。テオは新しいダンジョンへ行きたいと言ったまま、その仕事へ戻る金を作るために荷を運んでいる。
職員が戻ってきたところで、リールは受付に向かった。
「受注保証金について一つ聞いてもいいですか?」
「依頼ではなく? 珍しいですね。なんですか」
「受注保証金は、本人以外が用意したお金でも受け付けてもらえますか?」
職員は少し考えてから、質問の意味を確かめるように聞き返した。
「第三者が用意する、という意味ですか?」
「そうです」
「それでしたら問題ありません。こちらで確認するのは、受注する方が必要な保証金を預けているかどうかです。どこでそのお金を用意したかまでは確認していません」
リールは礼を言って受付を離れた。
保証金は、本人が全部稼ぎ終わるまで待たなくても用意できる。そこまでは分かった。
でも、今朝の話を聞いてもテオがあの依頼へ行くつもりなのかは、まだ本人に聞いていない。
* * *
監察局の執務室でメルドが待っていると、戻ってきたシェナが、前日にオルメイの工房で記録した報告書を差し出してきた。
「それから、昨日の工房で確認したことがあります」
シェナはもう一枚、別の紙を手元に広げた。
「テオさんは、剣が戻っても次の保証金ができるまでは荷運びを続けるそうです。それと、湊さんが自分から、仕事の道具を貸すことはないのかと話していました」
「あなたはどう見ましたか?」
「テオさんについては、剣を貸す方法では戻らないと思います。本人が使いたがっていませんから」
今ある事実だけなら、その通りだった。
けれど、メルドが引っかかったのは別の方だった。
彼は前の依頼に失敗し、預けていた保証金を失っている。そして今、次の保証金を作るために荷を運んでいる。
戻らなかった金は、どこへ行ったのか。
「冒険者ギルドへ行きます」
「前の依頼で戻らなかった方ですか?」
「ええ。失敗した依頼で没収された保証金が、そのあと何に使われているのかを見ます」
* * *
冒険者ギルドで出された収支の記録には、失敗した依頼の受注保証金を追うと、受け入れ先には共通財源の名があった。
「こちらは共通財源に入ります」
説明した職員が、該当する欄を示す。
「依頼中の事故対応や救助、治療などにも使われています」
没収された保証金が、事故対応や救助へ回ること自体は筋が通っている。メルドはそのまま支出側へ目を移し、救助の後に並ぶ治療費の支払先を追っていくと、そこには同じ名前が続いていた。
ヴェール大聖堂。
「先輩」
シェナも同じところを見ていた。
「依頼中に怪我をした冒険者の回復先も、ヴェール大聖堂でしたよね」
「ええ」
メルドは職員へ目を向けた。
「なぜ、ヴェール大聖堂なのでしょう」
職員は困ったように答えた。
「指定先がヴェール大聖堂だから、としかこちらでは。ここで決めているものではないので、理由までは分かりません」
回復先と、共通財源から金を受け取っている先が同じだった。けれど、今見ている記録には、なぜヴェール大聖堂なのかまでは書かれていない。
シェナが記録を閉じる。
「ここでは分からないですね」
「ええ。行きましょう」
「冒険者ギルド本部ですか?」
「ヴェール大聖堂です。受け取っている側にも聞きます」
* * *
午後、荷運びを終えたテオが商館へ戻ってきた。
「今日はもう荷ないよな?」
「ないわ。別の話」
リールが答えると、テオは取引台の前で足を止めた。
「今朝、新しいダンジョンから戻ってきた人を見たわ。浅いところでルゥラが出たって」
「どの辺だ?」
返ってきたのは、行くかどうかではなく場所だった。
「入口からそれほど入っていないところ。暗くなり始める辺りだって。何匹いたかまでは分からないみたい」
「浅いところからか」
「新しい方はまだ待つって言って、別の依頼を取った人もいたわ」
「そりゃいるだろ。新しいダンジョンなんだから、危ねえと思った奴は待てばいい」
「あなたは?」
「行くよ」
迷う様子もなく返ってくる。
「ルゥラがいるって分かったのよ」
「いる場所も前より分かっただろ。知らねえで入るよりいい」
「それなら、もう一つ」
「まだあんのか?」
「受注保証金、本人以外が用意したお金でも受け付けるそうよ」
テオの顔が変わった。
「俺に借金しろって?」
「そうは言ってないわ」
「じゃあ何だよ」
成功すれば、預けた保証金は戻ってくる。没収されれば、その分は商会が負担する。
「剣が戻ったら、あの依頼の保証金をもう一度見せて」
「なんでだ?」
「全部自分で貯め終わるまで待たなくていい形にできるか、あなたで試したいの」
「俺に実験体になれって言ってんのか?」
テオはリールを見て口角が上がる。
「面白え、いいぜ」




