第31話 剣のあと
翌朝の冒険者ギルドでは、受付の前で何人かが順番を待っていた。
リールは壁際で空くのを待ち、前にいた冒険者が依頼書を手に窓口を離れたところで、その場所へ進んだ。
昨日と同じ受付の男が、机に残った書類を揃える。
「昨日のことで、もう一つ確認したいことがあります」
「新しいダンジョンの依頼ですか?」
「いえ。昨日、テオと言う冒険者に会いました。怪我はもう治っていて、冒険者も辞めていないそうです。そういう人なら、次の依頼は受けられるんですよね?」
「登録が残っていて、ランクが条件を満たしていれば受けられますよ。受注するときに、その依頼の保証金を預けてもらえれば」
「……保証金は、また必要なんですか?」
「ええ。保証金は依頼ごとですから」
男の答えには、特別なことを話している響きはなかった。前の依頼で預けた金が戻らなかったとしても、次の依頼は次の依頼。受けるなら、そこでまた預ける。
テオは今、剣を直すために荷を運んでいる。
「治療が終わって、登録も残っているのに、そのあと依頼を受けていない方はほかにもいますか?」
「いるかどうかなら確認できますよ。ただ、受けていない理由までは分かりません。依頼を受けていない間のことは、こちらでは記録していませんから」
「それで構いません。お願いします」
男は奥から治療の記録を持ってくると、依頼帳を開き受注を確かめていく。そのあいだにも受付に来る冒険者は増え、リールは窓口の端へ一歩下がった。
何度か依頼帳を行き来したところで、男の指が止まる。
「いますね。治療を終えたあと、受注記録が続いていない方がいました。登録も残っています」
「分かりました。ありがとうございます」
男が依頼帳を閉じると、待っていた冒険者が入れ替わるように窓口へ進み、手にしていた依頼書を机へ置いた。
リールも場所を空けた。
昨日までは、剣を直せばテオは冒険者に戻れると思っていた。けれど、次の依頼を受けるには、また保証金がいる。
剣を直す金を払ったあと、保証金まで残るの?
* * *
冒険者ギルドを出たあと、リールは商館へ戻る前に監察局に寄った。
メルドにテオの話をすると、途中で口を挟まず、前の依頼で保証金が戻らなかったところまで聞いてから確認した。
「怪我の治療は終わっているのですね」
「ええ。登録も残っています。剣は壊れたままで、本人が修理代を稼いでいるところです。次の依頼を受けるなら、新しい保証金も必要だとギルドで確認しました」
「では、今お聞きした範囲では、どれも現在の制度どおりです」
返事は早かった。
なら、治療が終わったあとに、ギルド側で何か残っているのか。
「治療が終わったあと、装備が使えず依頼を受けられない場合まで、ギルド側の対応に含まれますか?」
「いいえ。装備の修理は本人負担です。治療が終わっているのであれば、ギルド側に残っている手続きもありません」
テオの剣が荷台にあるのは、誰かの処理が遅れているからではない。
「分かりました。それが確認できれば十分です」
「何かされるつもりですか?」
「まだ何も」
「修理にいくらかかるのかも、保証金がいくらなのかもまだ見ていません。ほかの人がテオと同じ理由で止まっているとも限らないでしょう。まずテオ一人で、何が必要なのか見ます」
* * *
商館へ戻るころには、昼までの取引が一度途切れていた。
コレットは取引台に残っていた支払いを帳簿へ移し、最後の一行を書き終えたところで顔を上げた。
「リールさん、おかえり。朝の分、ここまで終わってるよ」
「ありがとう。あとで見るわ。それより、調べてほしいものがあるの」
「なに?」
「冒険者が使う剣の修理代。新品を買う値段じゃなくて、壊れた剣を次の依頼へ持っていけるところまで直す場合で聞いてきて」
コレットは閉じかけていた帳簿から手を離した。
「どこの工房?」
「一軒だけじゃなくて、何軒か。値段が違うなら、その違いも知りたいわ」
「じゃあオルメイさんと、ほかの武具工房も見る。修理って言っても、刃が欠けたくらいと折れた奴じゃ全然違うよね?」
そこは説明しなくても拾ったらしい。
「分けられるなら分けて。特殊なものまで追わなくていいわ。まず、普通に持ち込まれている剣が仕事に使える状態に戻るまででいい」
「なるほどねぇ」
コレットは新しい紙を引き寄せたものの、まだ書き始めていなかった。
「急に剣って、何かあった?」
「昨日、テオに会ったの。荷運びをしてたわ」
「テオ?」
「前にうちの工房で働いていた人よ。冒険者に戻ったあと、また剣を壊したみたい。怪我はもう治ってるけど、今は修理代を稼ぐために荷を運んでる」
「それで修理代か」
「それだけじゃないのよ。前の依頼は失敗して、預けた保証金も戻ってない。剣を直して次の依頼を受けるなら、そこでまた新しい保証金がいるの」
「……じゃあ、仕事へ戻るのに必要な金、修理代だけじゃないってこと?」
修理代は払えば消える。保証金は預けるだけで、成功すれば戻る。
同じ金が必要でも、中身が違う。そこを一緒にしたら、テオが本当に足りない金が見えなくなる。
「そう。保証金は成功すれば戻るから、修理代とは分けて見たいの」
「まっ、使う金と、しばらく動かせない金は別ってことね。じゃあ今は、修理代と直るまでの日数だけ見ればいい?」
「ええ。保証金は私が見るわ」
コレットはそこでようやく書き始めた。
「でさ」
手は動いたままだった。頼んだ調査より、その先の方が気になっているらしい。
「これ、金額が分かったら何かするつもり?」
「まだ決めないわ。今はテオ一人の話しか分かってないもの」
「珍しいじゃん。まだ決めてないんだ」
いつもなら、もう次を決めていると思われているらしい。
「足りないかどうかも分かってないのに、先に決めてどうするのよ」
「ふーん。じゃあ、何を決めるかじゃなくて、今は数字だけ見とくよ」
コレットはそのまま紙の続きを埋めていった。




