第29話 行かない荷車
商館へ荷物を届けた荷車が帰る前に、コレットが荷運び人へ声をかけた。
「ねぇねぇ、市場へ戻るならぁ、途中で一つお願いをきいてくれないかなぁ? 南通りの布屋までだよぉ」
「あー、コレットちゃん、どれだい?」
「この箱だよ! 先方には今日中に届くって伝えてあるんだよねぇ」
「ああ、それくらいなら載るぞ。南通りなら帰り道からも外れねえし、良いぜ」
コレットが送り主を呼び、運び賃の話がまとまると、荷車は商館へ来たときとは別の箱を積んで出ていった。
これくらいなら、もうリールさんに聞かなくてもやれる。
昼前に取引が途切れると、リールは数日分の紙を帳簿の横へ並べた。どれも、荷運び人がどこへ戻るかを書いた紙だった。
「ダンジョンの方へ戻る人、聞き忘れてるわけじゃないわよね」
リールが紙を渡すと、コレットは行き先を確かめた。
「忘れるわけないだろ。向こうへ戻る奴が来た日は、ほら、ここにちゃんと書いてあるよ。たださ、ほかの方角に比べると、ダンジョンの方へ戻る奴はあんまり来てないんだよねぇ」
「こちらから運んでほしい荷は?」
「あるよ。道具と食料は何度か声かけてみたんだ。ただ、どうしても行き先が合わなくてさ。そこは諦めて、別の荷車を捕まえて頼んだよ」
コレットは、リールへ返しかけた紙をもう一度開いた。
誰に何を頼んだかは覚えてる。断られた荷だって、ちゃんと別の荷車へ回した。見落としてたつもりなんてないんだけどな。
「……アタシ、この紙ずっと見てたんだけどさ」
「ええ」
「帰り道で載せられるか、そればっか見てたんだよねぇ。向こうに戻る奴だけ少ないなんて、気づいてなかったよ」
「紹介するだけなら、それで足りるもの」
「でも、リールさんはそれじゃ足りないんだ?」
「同じ方面に出す荷は何度もあるのに、向こうに戻る荷車は少ないでしょう。道が使えないのか、そもそも行く人が少ないのかは知りたいわ」
コレットは紙に並んだ行き先を上から追い直した。
「……同じ紙を見てたはずなのに、見えてるものが全ッ然違うんだねぇ。リールさん、それ気づいたときのコツ、あとで教えて」
「今言ったでしょう」
今回の答えを覚えたって、次も同じ形で来るとは限らない。そのたびリールさんを呼んでたんじゃ、アタシはいつまで経っても追いつけない。
「そうじゃなくてさ。次にこういうのがあったとき、アタシだって自分で気づきたいんだよ」
* * *
商館へ入ると、リールが紙を受け取ったところだった。シェナは監察局の銀印を示した。
「今日は帰り荷の確認です。黒猫屋の方は見てきたので、昨日までに、帰り荷を断った荷運び人の記録を見せてください」
「ええ。コレット、帰り荷の記録を出してあげて」
コレットが帳簿を取りに行くあいだ、リールは手元に残った数日分の紙をシェナへ向けた。
「その前に一つ聞いてもいいですか。ダンジョン方面だけ、黒猫屋で何か変わりましたか?」
「登録条件ですか?」
「荷車でも道でも構いません。ダンジョン方面へ行くときだけ、余計に払うものや通れない道はありませんか?」
「黒猫屋では変えていません。商用荷車なら登録条件は同じですし、道路維持費も行き先では分けていません。通れなくなったという報告も、今のところ来ていないです」
シェナはリールの紙をもう一度見てから、自分が持ってきた書類を開いた。
「むしろ、今朝、冒険者ギルドで見た依頼の方が気になります。新しく見つかったダンジョンへ向かう護衛や素材回収の仕事が、まだ残っていました」
「仕事は出ているのですね」
「はい。発見されてから出された依頼です。ただ、依頼の数に比べて、受ける人は多くありません」
シェナはリールの紙へ視線を戻した。登録条件や道路維持費が原因ではなさそうだ。
コレットが帳簿を持って戻ると、シェナは昨日までの記録を確かめた。
「紹介を断った方も、黒猫屋の登録や道路の利用は変わっていません」
確認が終わるまでにも、荷運び人が戻る方角は書き足されていった。シェナが帳簿を閉じるまで、ダンジョン方面は一度も増えなかった。
* * *
オルメイの工房へ寄ると、湊が道路修繕から戻ってきた道具を作業台の上で分けていた。シェナが入口から声をかける前に、湊が一本の道具をオルメイへ渡した。
「昨日使った人が、柄まで替えた方がいいのかって言ってました」
「先が潰れてるだけだ。柄はまだ使える。全部取り替えてたら、直すたびに道具が減るぞ」
「じゃあ、これは先だけですね。ほかは戻しておきます」
湊が残りを片づけ始めたところで、シェナも工房へ入った。
「まだ道の仕事をしていたんですね」
「今日は道具を戻すところまでです。シェナさんは黒猫屋ですか?」
「そちらは終わりました。帰りにリールさんのところも確認してきました」
湊は棚へ道具を戻しながら聞いた。
「何かあったんですか?」
「問題があったというより、新しく見つかったダンジョンの方だけ、戻ってくる荷車が少ないんです。向こうに送りたい荷物も、ギルドの仕事も出ているのに」
「ダンジョンって、稼げる場所なんですよね?」
「持ち帰ったものによります。魔物の素材や鉱石を売る方もいますし、ギルドから回収の依頼が出ることもあります」
「それ、ゴールドラッシュみたいですね」
シェナには聞き覚えのない言葉だった。
まただ。替え刃のときと同じように、湊の方から知らない話が出てきた。聞くなら、今の言葉の意味までだ。
「ゴールドラッシュって、何ですか?」
「俺のいたところの話です。金が見つかった場所に、稼ごうとする人が一気に集まったことがあったらしくて。遠くからでも人が来たって、学校で習いました」
「遠くからでもですか?」
「はい。だから、ダンジョンも似てるのかなって。新しく見つかった場所に売れるものがあるなら、人も集まりそうじゃないですか」
シェナは手元の書類へ視線を落とした。今朝見た依頼には、まだ受け手の決まっていないものが残っている。
遠くからでも来る?
それなら、どうして向こうへ行く人は増えないの。
『本人が大事だと思っていない話も、忘れずにお願いします――』
これか。
シェナは湊の話を書き留めた。
湊が残りの道具を棚へ戻していくあいだ、乾いた音が何度か工房の中に響き、最後の一つを収めるとそれも止んだ。
オルメイが修理する道具を脇へ置いた。
「ダンジョン帰りの剣なら、何本もここへ来てる。刃が欠けたのも、折れたのもな」
「……剣を壊して戻る人も、珍しくないんですか?」
「ったりめぇだろ、ダンジョンだぞ」
湊はシェナが持っている書類へ目を向けた。
シェナも手元の書類へ目を落とした。
依頼が残っていることは分かる。だけど、なぜ受け手が決まらないのかは、今朝の記録には残っていない。




