第28話 空の荷台
その後、リールが別の荷運び人から納品書を受け取っているあいだに、商館の者が最後の箱を下ろした。
荷台には、もう何も残っていない。
車体の脇には、黒猫屋で受け取った荷車札が付いていた。
このまま空で戻るのか。
「このあと、どこかへ寄ってから戻るんですか?」
「いや、朝、荷を積んだ店へまっすぐ戻るだけだ」
「でしたら、帰り道にもう一件お願いできますか?」
「場所によるな。どこだ?」
リールが行き先を伝えると、男は頷いた。
「そこなら通るな。荷台も空いてるから、それくらいなら載るが、運び賃は?」
「帰り道なら、少し安くお願いできませんか?」
「まあ、空で戻るよりはいいな」
男が出した額は、別の荷車を頼むより安かった。
「それでお願いします」
男が運び賃を受け取り、荷を載せたまま商館を離れると、リールはコレットに今日の納品書を戻した。
「これから、荷を届けた人が空で帰るなら、帰り先だけ書いておいて」
「……なるほどね。で、そいつらの荷台がどれくらい空いてんのかも、きっちり記録しとくか?」
「見えてきたわね。荷台の空きまでは書かなくていいわ。載るかどうかは、そのとき本人に聞けばいいもの」
* * *
それから数日、商会へ荷を届けた荷車の帰り道に、何度か別の荷が載った。やがて、荷運び人の方から帰り先を伝える者も出てきた。
昼前、見覚えのない荷運び人が商館へ入ってきた。外には荷車札の付いた一台が止まっているが、今日の納品書にはその男から受け取る荷はない。
「ここで、帰りに運ぶ荷を紹介してもらえるって聞いたんだが」
「どちらへ戻るんですか?」
以前なら、市場へ向かった荷車は近道を通れば商会の前には来なかった。
それが今は、荷を探しに来た。
男が帰る先を伝えると、リールは午前中に預かった発送の相談を確かめた。途中までは同じ方角だった。
「この荷ならどうでしょう?」
「悪い。それは今日は無理だ。そこまで回ると、戻るのが遅くなる」
「分かりました。では、もう一件あります」
「おお、そこなら寄れるぞ」
次の荷は男の帰り道から外れなかった。リールが荷主を呼ぶと、運び賃は荷主と男の間で決まった。リール商会が受け取ったのは、荷主からの紹介料だけだった。
「次からも、ここへ来ればいいのか?」
「荷があるとは限りません。それでもよければ、帰りに荷台が空いているときだけ寄ってください」
「分かった。空で帰るよりはいいからな」
男は荷を積んで商館を出ていった。
その日の午後には、別の荷運び人が荷物を届けたあと、声をかけた。
「コレットちゃん、明日も市場の方へ行く。帰りはたぶん空くから、載せる荷があったら残しといてくれ」
「こっちへ寄るの、今日と同じくらいですかぁ?」
「少し遅くなるな。まぁ、荷を下ろしてからすぐ寄るよ。あ、あとこれ」
荷運び人がコレットに小さな包みを渡した。
「なぁにこれ?」
「ケントの実って言ってな、南の方じゃ採れるらしいぞ。この辺じゃ見ねえけどな。良かったら食いな 」
「わぁい。おじさんありがとぅ」
「良いってことよ。じゃ、また明日な」
「きをつけてねぇ」
商会の前を通らなくなった荷車まで、帰りの仕事を求めて商館へ来るようになっていた。
* * *
黒猫屋の受付では、ノノが一台の荷車札と登録内容を照合していた。
処理が終わるのを待ちながら、メルドはシェナからリール商会について確認した内容を聞いた。
「リール商会で帰りの荷を紹介してもらわなくても、黒猫屋への登録条件は変わりません。紹介された荷を断った方もいましたが、荷車札や道路の利用には影響していません」
「荷主の方は?」
「別の荷車を使っても問題ありません。商会へ支払うのは、紹介が成立した場合だけでした」
「メルドさん、先に言っとくけどさ」
受付を空けたチコが、シェナの話を聞いて割り込んだ。
「今日どこ行くとか、帰り何積めるとかまで、こっちで受付するのはなしね」
「その予定はありません」
「ならオッケー。荷車って、今日と明日で行くとこ違うじゃん。毎回帰り先まで持ってこられたら、今度こそ仕事増えすぎなんだけど」
「黒猫屋で照合するのは、荷車札と登録内容までです」
ノノは処理を終えた紙を戻しながら続けた。
「日ごとの行き先は、荷車札の登録には含まれていません」
「増やさなくていいからね、ノノちゃん」
「現在は増やす必要がないという話です」
「そこは同じ意味で受け取っとく」
チコとノノのやり取りを聞いても、黒猫屋が持つ情報は増えていない。なら、今ここで止める理由もない。
「リール商会を使うかどうかで、荷車札や道路の利用が変わるようなら報告してください」
「分かりました。今のところ、荷運び人が自分で利用するか決めています」
話が終わるころ、ノノから荷車札を返された男が受付を離れ、近くにいた別の荷運び人へ声をかけた。
「俺も昨日寄ったぜ。ちょうど帰り道の荷があってさ」
「なぁ、帰り道の荷でもちゃんと運び賃出るのか?」
「ああ、出るぞ。帰り道で一件下ろすだけだしな。それに、あそこのコレットちゃんが愛嬌あっていいんだよ」
「なんだそりゃ。お前、そっちが目当てじゃねえだろうな」
「馬鹿言え。運び賃が先だ」
「なら俺も寄るわ」
二人の話を残す欄は、黒猫屋の登録用紙にはない。
先に受付を終えた荷車は、札を付け、空の荷台のままリール商会の方へ向かっていった。




