第27話 近道
次に直すことになったのは、市場へ向かう近道だった。
晴れているあいだなら荷車が通れるが、雨が続くと途中から車輪を取られる。以前、商会前へ回ってきた荷運び人が使えなかったと言っていた道だ。
「掘るのは、こっちの印までだ。それより先は触るな」
オルメイは道の端へ付けた印から水が流れる先を確かめ、使う石を分けていった。湊と、メルドたちが用意した作業員は、印を付けられた石だけを道の脇へ運んでいた。
「じゃあ今日は、オルメイさんが先を見に行ってる間も、ここ掘ってていいんですね」
「決めたところまでならな。俺が見るところまでお前らに任せた覚えはねえぞ」
「そこは分かってます。ここまで決めてもらえれば、あとは俺たちでも進められるって意味です」
「なら、その言い方でいい」
ぶっきらぼうな声はいつも通りだった。怒られたというより、任せていいところと駄目なところを、もう一度引き直された感じがする。
オルメイが先を見に行っている間も、作業は止まらなかった。
湊たちは印まで土を出し、その先へは手を付けない。戻ったオルメイが掘った面を確かめてもやり直しは入らず、そのまま次の場所へ移ったので、湊たちは脇へ分けてあった石を運んだ。
湊が鍬を振り下ろしたところで、硬い音がした。土から抜いた刃の端が欠けている。
「あっ」
「貸せ」
オルメイは鍬を受け取ると、欠けた刃を確かめた。
「こりゃダメだな、これはもう使うな。別の持ってくる」
オルメイの手にある鍬は、刃の端だけが欠けていた。柄にはまだ傷もない。
「これって、先だけ交換できないんですか?」
「刃先だけ?」
「柄はそのままで、刃のところだけ外して新しいの付けるとか」
「できなくはねえだろうが、外れねえように作る方が面倒だぞ」
無理とは言われなかった。
湊は欠けた刃と、まだ何ともない柄を見比べた。駄目になったのは先だけなのに、これを丸ごと替えるのはやっぱりもったいない。
「でも、毎回これ全部買い替えるより安くなりません?」
シェナは土を寄せる手を止めず、鍬の話の続きを聞くような調子で口を挟んだ。
「刃だけ替えるんですか?」
「そうです。俺のいたところだと、髭剃りとかそんな感じでした。持つところはそのままで、刃だけ替えるんですよ」
「へえ。柄の方は残せるんですね」
「そうです。たぶん、その方が安いからじゃないですかね」
「湊、喋ってないで手ぇ動かせ」
夕方には、以前なら泥が深くなっていた区間まで作業が終わり、残るのは荷を積んだ荷車を通す確認だけになった。
* * *
翌日、メルドは修繕した近道へシェナと来ていた。
道の端には水を流す場所が残され、荷車が通るところには前と違う土と石が入っている。
「作業を分けても、やり直しは出ませんでした。決めた範囲を越えて掘った記録もありません。材料と支払いも一致しています。オルメイさんは石を運ぶ列に戻らず、次の場所の確認へ移れています」
必要なところだけ職人に戻せる。それなら、オルメイを最初から最後まで一か所へ置く必要はない。
「では、今後も同じ形で試します。直す場所を決めるのはこちら、地面を見て方法を決めるのは職人。そのあとで分けられる作業は、別の者に渡します」
「魔法が使える人がいても、その人がいないと作業が止まる形にはしない方がいいと判断します」
「ええ。必要な条件にはしません。職人が決めた作業の中で使えるなら使う。使った場合だけ、別に記録してください」
そこで報告は終わると思ったが、シェナは続けた。
「あと、湊さんが作業中に話していたことなんですけど」
さっきまでの報告より、シェナの声が軽い。
シェナは、鍬の刃を交換する話から、湊が髭剃りについて口にしたところまでをメルドへ伝えた。
柄を残すなら、交換する刃は同じ柄に付かなければならない。工房ごとに形が違えば、その柄を買った者は同じ工房へ戻るしかない。逆に、同じ寸法が街へ広がれば、あとから別の形へ替える方が負担になる。
三つ葉の印が浮かんだ。
リールなら、広げるのは早い。複数の工房と店に同じ寸法を回せば、鍬そのものを売らなくても形は残る。
商会へ持っていく前に決めなければならない。
王国が鍬の刃の寸法まで決める根拠はない。かといって、一つの工房や商会が先に決めれば、その形が事実上の基準になる。
その寸法を、誰が決めていいのか。
「先輩?」
「……この話は、まだ商会へ持っていかないでください」
話しているあいだに、市場へ荷を運ぶ荷車が近道へ入ってきた。荷を積んだまま直した区間へ入り、後輪まで抜けても御者は馬を止めなかった。車輪を取られて人が押すことも、荷を下ろすこともなかった。
今通れただけでは足りない。もともと車輪を取られていたのは、雨のあとだ。
「次に雨が降ったら、同じ道を確認してください」
* * *
次に雨が降った日も、リール商会へ納める荷物は朝から届いていた。
コレットが納品書を受け取り、商館の者が荷を中へ運ぶ。商会の前は以前に直したままなので、入口で車輪が沈んで仕事を止める必要もない。
ただ、昼が近づいても、リールが荷の記録へ付けている別の印が増えなかった。
商館へ用のない荷車も、雨の日には何台かここを抜けていた。近道で車輪を取られるくらいなら、遠回りでもこちらへ来る。
その印が、今日は一つも増えていない。
一台だけなら、時間が違うこともある。リールは昼までの納品を処理しながら記録を続けたが、商館へ用のない荷車はまだ前を通らなかった。
そのころ、商会へ荷物を届けた男が空になった荷台を確かめていた。
「今日は市場へ行く荷が、こちらへ回ってこないのですね」
「ああ。向こうの近道が直ったからな。雨でも通れるようになったって聞いて、市場へ行く連中はそっちを使ってる」
男は、珍しい出来事を話しているような口ぶりではなかった。通れるか確かめたという感じでもない。雨でも早い方を選んだ、それだけらしい。
「もう通ったのですか?」
「俺も来る前に一度使った。前みたいに泥へ入らないなら、わざわざこっちまで回る理由はないだろ」
「そうですね。その方が早いですから」
男は次の荷を取りに向かい、リールは受け取った納品書の横へ前の雨の日の記録を置いた。
商会へ届いた荷の数は前回と大きく変わらないのに、市場へ抜ける荷物を書いていた余白だけが、雨の午後になっても空いたままだった。




