第26話 荷車札
翌朝、メルドとシェナが市場へ続く道を歩いていると、一台の荷車が店先で荷を下ろしていた。荷台が空くと、荷運び人は少し先の店へ移り、今度は別の荷を積み始める。
荷台が空いたところで、シェナが男へ声をかけた。
「この荷車は、普段も仕事で使っているんですか」
「そうだ。運ぶ物はその日で変わるけど、仕事に使うのはこれだよ。荷を下ろした帰りに、別の店の荷を積むこともある」
「先輩、積み荷より荷車の方が続けて確認できます。ただ、道を通った回数までは分かりません」
「回数を数えるために毎回止めれば、荷を止めないために直した道で別の手間が増えます。通った回数は条件にしません」
さっきまで食料を積んでいた荷車に、今度は別の店の荷が載っている。積み荷は変わっても、仕事に使う荷車は同じだ。
昔は、遠くから買いに来る人もいたらしい。あの話でも気になったのは、買った物より、それをどう運んでいたのかだった。
今も同じだ。運ぶ物が変わるたびに中身を確かめる必要はない。けれど、仕事に使う荷車かどうかを毎回人へ聞いていたら、確認のために荷車を止めることになる。
一度だけ、使う者と荷車を結びつけておけばよい。次からは荷車を見れば分かる。
* * *
午後、朝に確認した荷車がリール商会へ荷を届けた。荷を下ろした男がまだ店先にいるところで、メルドは店先の荷車を示した。
「積み荷ではなく、仕事に使う荷車を登録する形で考えています」
リールも荷車へ目を向けた。
「今度は香油ではなく、荷車なんですね」
「ええ。香油を商品として分ける方法はやめます。その荷車について道路維持費を納めてもらいます」
「要するに、今度は俺たちが払うってことか」
「はい。道路維持の負担そのものは残ります。ただ、食料を積んだ日と香油を積んだ日で扱いを変えることはしません」
「じゃあ、俺がその分を運び賃に乗せたら?」
「王国側で運び賃を決めるつもりはありません」
「食料を運ぶ日も同じなら、運び賃が上がった分は仕入れにも入りますよ」
負担の置き場所を変えれば、次に動くのは運び賃か。その先まで追わなければ、香油のときと同じになる。
「そこも見ます。運び賃が変わって仕入れ側まで動くなら、荷車だけ見て終わりにはしません」
「同じ荷車なら、積む物が変わっても道路維持費の扱いは変わらない。そこは確定でいいですか」
「はい。積み荷では変えません」
「それなら、香油に付いている道路維持費は?」
「荷車の登録を始める日で終了します。両方から取ることはしません」
リールはコレットへ、開始日以降は香油の商品代だけを帳簿へ残すよう伝えた。
「登録は、そちらで全部やるんですか」
「いいえ。その実務について、これから商業ギルドへ相談します」
一台なら、その場で控えられる。けれど、商売に使う荷車を継続して扱うなら、道路を見回りながらでは回らない。受付が要る。
「始める日と場所は、決まり次第知らせます」
* * *
商業ギルドの受付でメルドの話を最後まで聞いたチコは、置かれた紙をもう一度見た。
荷車の登録、札の発行、道路維持費の受付。
紙に書けば三つで済む。でも、受付の仕事が三つで済むわけがない。
これ、増えるの三つどころじゃなくない?
「え、待って。登録変わったら直すのもこっちで、札なくした人が来たら受付もこっちっしょ?」
「その扱いも必要になります」
「で、それ全部増やして、やることもそっちで決めんの?」
チコは隣でノノが見ていた紙も自分の方へ寄せた。
「運送課を新設して、そこで一括して扱う案です」
運送課。
名前まで付いている。これでは、もう始めるだけの紙に見える。
「ありえなくね? 仕事増やすのは必要なら分かるよ。でも受付すんのアタシらじゃん。誰が来て、何を見せてもらって、札なくしたらどうすんのかまで、そっちで全部決めて持ってくるのは違くない?」
「登録の対象と、道路維持費の条件はこちらで決めます。ただ、ギルド内の受付手順まで決めるつもりはありません。そこは実際に扱う側の意見を聞きます」
そこまで決めて持ってきたわけじゃないらしい。
荷車の条件と取る金額は向こう。誰をどこへ並ばせて、何を見せてもらうかはこっち。
だったら話は別。
「なら、最初からそう言ってよ。あと運送課は却下」
「名称もですか?」
名称か。たしかにこれは変えたい。『運送課』っしょ? 口にした時点で固い。
ないない、ありえない。
「うん、そこから。黒猫屋で」
ノノは運送課と書かれた部分に印を付けた。
「名称を変えるなら、通知と登録用紙と荷車札の表記は揃えます。あと、登録内容が変わったときと札をなくしたときの手順も、受付開始前に必要です」
「ノノちゃん、そこ大事。でも名前も大事だから」
「名称を軽視しているわけではありません。黒猫屋で確定するなら、その名称で処理します」
「ほら、決まりじゃん」
「名称はギルド側へ任せます。黒猫屋で進めてください」
チコは運送課と書かれた紙をメルドへ返した。
「仕事の中身はこっちでも詰める。今の受付にそのまま全部足して回るかは、人手見てから。必要ならちゃんと言うから」
「分かりました。登録条件はこちらから文書で出します。受付の手順と必要な人手は、ギルド側で確認してください」
ノノが返された紙を受け取った。
「では、条件を受け取ってから手順を決めます。開始日はそのあとでお願いします」
「分かりました。登録条件を先に出します」
「黒猫屋。運送課より絶対こっちの方が覚えやすいって」
* * *
黒猫屋の受付が始まった日、札を付けた荷車がオルメイの工房へ入ってきた。荷を下ろす横で、湊が車体の札を覗き込む。
「シェナさん、これ何の札ですか?」
「黒猫屋で登録した荷車に付ける札です」
「黒猫屋?」
「商業ギルドで決まった名前です」
「へえ。こっちでも猫ってやっぱり人気なんですね」
「名前を決めたのはチコさんですけど」
「俺のいたところでも人気でしたよ。猫の絵がついた物とか、いっぱい売ってました」
まただ。聞いていないのに増えていく。
「寝てるだけの動画とかでも、ずっと見てられるんですよ。あ、動画っていうのは……」
シェナは記録用の紙を出さなかった。
荷を下ろしたあとも、黒猫屋の札は同じ荷車に付いたままだった。




