第25話 同じ油
翌日、シェナが香油商人のところへ行くと、昨日確認した買い取り記録とは別に、売った品をまとめた帳簿が用意されていた。
「こっちでいいんだよな?」
「はい。ありがとうございます」
商人が開いた帳簿には、リール商会へ卸した分とは別に、個人への販売や、香りを付ける油として店へ渡した記録が並んでいた。その中に、さっきまで香り用として追っていたものと同じ油の名がある。売り先は薬師だった。
「この油は、こちらと同じ品ですか」
「同じだよ。香りに使う客もいるし、薬師も買っていく」
「薬師へは、何に使うものとして売っていますか」
「薬の材料だ。俺は薬を作らないから、その先までは知らない」
帳簿で分かるのは、薬師へ売ったところまでだった。その油が実際に何へ使われたかまでは残っていない。
「薬師に売った分だけ外せば済むんじゃないか?」
「薬師だけを対象にするならできます。ただ、普通の客が薬に使う場合まで外すなら、買う目的も確認しないと分けられません」
「そこまで店で聞くのか?」
「今の通知では、そこまで求めていません」
「今のところは、だろ。毎日来る客に『何に使うんだ』って聞くのか? 薬だって言われても、俺には確かめようがないぞ」
確かに、聞くだけならできる。けれど、その答えが本当かまでは帳簿に残せない。
「そこも含めて持ち帰ります」
* * *
戻ってきたシェナは、香り用と薬師向けの取引記録をメルドの前へ置いた。
メルドの前には、同じ油の名が書かれた二枚が並んでいる。
「薬を外すために、売る側へ今までなかった確認を増やすことになりますね」
「私はそう判断します。今の記録だけでは、薬用とそれ以外を分けられません」
薬師へ売った分だけなら、帳簿の売り先で分けられる。けれど、普通の客が薬に使う分まで外すなら、店で用途を聞かなければならない。
道路維持費のために、今までなかった確認を商売へ増やすことになる。
そこまでして、香油一品を対象に残すべきなのか。
「湊さんが買い物の話をしたとき、負担の違いまで出たら残してください」
「こちらからは聞かない、ですね」
「ええ。前に決めたとおりです」
「分かりました」
* * *
午後、オルメイの工房で今日の作業記録をまとめ終え、シェナが紙を閉じたところで、湊が声をかけてきた。
「そういえば、この前『アニメ』って言ったじゃないですか。あれ、説明してなかったですよね」
「絵が動くんでしたっけ?」
「そうです。絵が動いて、声もつくというか……説明しづらいな。見るためにお金を払うものもあるし、人気が出ると、その絵がついた物も売られたりします」
見るだけではなく、物まで売るらしい。
「猫も人気って言ってましたよね。猫の物も売ってたんですか?」
「ありましたよ。餌とか、おもちゃとか。俺は飼ってなかったですけど」
「何でも商売になるんですね」
「まあ、買い物すれば税もかかりますし」
「アニメの物も、猫の餌も?」
「あんまり詳しく意識してなかったです。あ、でも……持ち帰るときと、その場で食べるときで違ったとかはあった気がします」
来た。
何が違ったのか。どういう基準だったのか。そこまで分かれば、今の道路維持費にも使えるかもしれない。
「それよりアニメなんですけど、こういう感じです」
湊は紙を一枚引き寄せた。
「少しずつ違う絵を何枚も描いて、こうやってぱらぱらめくると、動いて見えるんですよ」
「……動いて見える?」
「そうです。実際はもっとちゃんとしてますけど」
聞きたいところは、そっちじゃない。
けれど、シェナは戻さなかった。
「声もつくんですよ。音楽もあって」
「絵に?」
「はい。戦ったり、空飛んだり」
話がどんどん遠ざかっていく。
でも、今日それでいい。今まで見た中で一番楽しそうな顔をしている。
* * *
シェナが戻ると、湊が覚えていた範囲だけをメルドへ報告した。
持ち帰るときと、その場で食べるときでは違ったことがあるらしい。湊自身は何を基準に分けていたのか知らない。それでも、商品名だけで全部を決めていたわけではなさそうだ。
こちらの油も同じだった。
香りに使うか、薬に使うかは、品名からでは分からない。薬用だけを例外に足せば、今度は使い道を確かめる仕事が増える。
なら、例外を足していく方じゃない。切り方を変える。
「薬用を外す修正はしません。商品名で対象を決める方法はやめます」
「商品で分けるのをやめるなら、店で使い道まで聞かせる必要はなくなります。ただ、誰から道路の費用を集めるかは決め直しですね」
商品ではない。
なら次に見るのは、道路を商売に使っている側だ。
メルドは香油の記録を重ねて脇へ置き、隣の紙へ手を伸ばす。
「ええ。次は、荷を運んでいる人と、仕事に使っている荷車を確認してください」
「荷車そのものですか」
「まずは、街でどう使われているのかを見ます。制度を決めるのは、そのあとです」




