第17話 遠回りする荷車
次に雨が降った朝、リールが商館の前へ出ると、前回のような水溜まりはできていなかった。
道は濡れているが、前に後輪が沈んだ場所にも水は溜まっていない。晴れた日には何度か荷車を通した。けれど、本当に確かめたかったのは雨の日だった。
ほどなく、商会へ納める荷を積んだ荷車が通りへ入ってきた。
「止めなくていいのか?」
御者台から声が飛んだ。
「そのまま、そのまま来てください。荷も降ろさなくて大丈夫です」
荷車は荷を積んだまま、商館の入口まで入ってきた。
「沈みませんでしたね」
湊が荷車の通った跡を見た。
「今のところはね」
「何かあったら、オルメイさんに言いますか?」
「ええ。割れた場所と、どう壊れたかは残しておいて。オルメイが見て分からない記録じゃ意味がないもの」
湊が荷下ろしを手伝い始めたところで、もう一台の荷車が通りへ入ってきた。
リールは納品書を受け取るつもりで待ったが、荷車は商館の前で止まらず直した区間を抜け、そのまま先へ進んでいった。
「ちょっと待って」
荷運びの男が馬を止めた。
「商会への荷ではありませんよね?」
「ああ。市場まで持っていく荷だ」
「普段もここを通るのですか?」
「いや。向こうから抜けた方が近いんだが、今日は泥が深くてな。こっちなら通れるって聞いた」
荷車は商館の前を抜けていった。
「商会に来たんじゃなかったんですね」
「ええ」
「こっちなら通れるって、もう聞いてるんですね」
「そうみたいね」
昼までに、商館へ用のない荷車がもう一台、直した区間を抜けていった。
二台目。
リールは紙に印をつけた。
「リールさん、それも記録するんですか?」
「ええ。商会へ来ていないから記録するわ」
「来てないから?」
「昨日まで通っていなかった荷でしょう。道を直してから変わったなら、何が変わったのかくらいは知っておきたいわ」
「だったら、もっと先まで直せば、ほかの荷車も通りやすくなりそうですね」
「その前に、この道がどう使われているのか見ましょう。頼まれた順に延ばして、あとで誰も通らなかったら材料がもったいないもの」
入口からコレットがリールを呼んだ。訪ねてきたのは、近くで店を構えている商人だった。
「表の道、そちらで直したそうですね」
「商館の前だけですが」
「うちの前まで同じようにできませんか。今日の荷も、ここまでは何事もなく来たんです。その先へ入ったところで車輪が沈みまして」
「場所をオルメイに確認してもらいます。作れるかどうかと費用が分かってから、お返事してもいいですか」
「もちろんです。できるなら、うちも費用は出します」
「では、場所をコレットへ伝えておいてください」
扉が閉まった。
「……費用は出しますって、金額も決めずによく言えるよねぇ。あとで銅貨一枚だけ出して、出したことにされても困るんだけどさ」
「作れるかどうかも、いくらかかるかもまだ分からないもの。金額はそのあとで決めればいいでしょう」
コレットの手が止まった。
「……聞いてた?」
「ええ」
「いやぁ、そこじゃなくてぇ。今の……喋り方ぁ?」
「客の前ではしていなかったでしょう」
「まあ、してないけどぉ」
「なら、私には関係ないわ。それより、今の紙には金額を書かないでね。決まっているのは、費用を出す意思があるところまでだから」
「……か、書いてないだろぉ。ちゃんと『費用負担の意思あり』だけだ……よぉ」
「ならいいわ」
「そこ……なんだ」
コレットは紙をほかの依頼と重ねた。
「で、でもぉ、お金出すって言ってるなら、あの店まで広げてもよくないかなぁ?」
どちらでもいいけど、そっちの声を使うのね。
「広げることには反対してないわよ」
「じゃあ、今の店からぁ?」
「そこまでまだ決めてないわ。一軒頼まれたから一軒目にするなら、記録なんていらないでしょう」
午後には、別の商人からも同じ話が来た。今度は店ではなく、荷を置く倉庫まで雨の日にも通れるようにしてほしいという。
どちらも直せるなら直したい。けれど、二か所を同時には直せない。先に直す方を決める理由がいる。
「リールさん、どっちからやりますぅ?」
荷車の記録をコレットに渡した。
「先に、今日ここを通った分を分けておいて。商会へ来たものと、通り抜けただけのものは別にしてね」
「えぇー!? 行き先もぉ?」
「分かるものだけでいいわ。知らない荷を追いかける必要はないから」
通りから聞き覚えのある声がした。
「リールさん、お久しぶりです」
通りの向こうから歩いてきたのは、メルドとシェナだった。二人の脇を、荷車が一台、そのまま先へ抜けていった。
「ここ、直したんですね。雨なのに歩きやすくなっています」
「前の雨で荷車が止まりましたので、商館の前だけ直しました」
「荷車だけじゃなくて、歩く人にも助かりますね」
監察で話しているときより、ずいぶん柔らかい。
「今日は監察ですか?」
「いいえ。近くまで別の用で来ただけです」
「なるほど」
二人はそのまま通りを先へ歩いていった。
コレットの手元の紙には、商会へ来ない荷車の印がまた一つ増えていた。




