第13話 看板のない朝
商館の中では、商業ギルドのチコとノノが取引台についている。商館の者は正面を避けて裏口から出入りし、リールも二階の仕事部屋へ上がった。
最初に扉が開いたのは、朝の鐘より少し前だった。二階の窓から見えたのは、木札の精算で何度か商館へ来た乾物屋の主人だった。布のかかった看板の下で足を止め、道の向かいと隣の建物を確かめてから中へ入る。
開けたままの扉を通して、チコの声が届いた。
「はーい、本日の受付は商業ギルドが行いまーす」
「なら、これを頼む。荷ほどきと店番ができる者を一人、昼から夕方までだ」
賃金と寝床の欄を確かめるやり取りのあと、主人は待つと答えた。
しばらくして、別の男が入ってきた。
「三つ葉の商館は、ここで合っていますか」
「ここだ。今日はギルドの人が受けるらしい」
見えていないのに、三つ葉と呼ぶのね。
開けたままの扉から、シェナの声が届いた。
「この場所は、誰から聞きましたか」
「荷運び場の男です。一度通り過ぎましたが、向かいのパン屋と石段を目印に戻りました」
仕事の条件を聞く声が続き、やがて乾物屋の主人と男が一緒に商館を出た。男の手には紹介状があった。
朝の鐘が鳴る頃には、布の前で立ち止まった者が、先に並ぶ者へ今日は休みではないのかと尋ね、そのまま列の後ろへつくようになった。
リールは納品書の返事を書き終え、次の注文書を開いた。先ほどの二人が出ていったあとも、足音が遠ざかる前にまた扉が開き、ノノが次の受付へ応じる声が続いた。
昼の鐘が鳴ると、チコは新しい受付を止め、残った者には午後から商業ギルドで続きを受けられると伝えた。
リールが一階へ下りると、書きかけの求職票が残っていた。リールはそれを手に取る。
「受付を終えられなかった方はいますか」
「います。午後から商業ギルドの窓口へ向かうと、ご本人が判断されました」
ノノの返答を聞いてから、メルドが受付帳をリールの前へ向けた。
「初めて来た者が、ここを『三つ葉の商館』と呼びました」
「紹介を頼んだ相手は、商業ギルドの書記です」
「ですが、場所はここでした。明日から受付を商業ギルドへ移します」
メルドは求人票の束だけでなく、取引台の下にある換金帳と精算帳を示した。
「求人と求職だけではありません。木札の換金も、加盟店への精算も、この取引台が窓口になっています。明日から、まとめて商業ギルドへ移します。この商館に残すのは、商会自身の取引だけです」
「商館で雇う者についても、商業ギルドへ出すのですか?」
「自ら雇う者については、通常の求人として商業ギルドへ提出してください」
「分かりました」
「明日までに、窓口で使っている用紙と手順を提出してください」
その日の夜、湊は移管する帳簿と、作り直す用紙を机に広げていた。
「三つ葉を消したら、俺たちが作った用紙だと分からなくなりませんか」
「分からなくていいわ。誰が使っても、同じ欄へ必要な内容を書ければ足りる。商館に残すのは、石鹸の注文帳と仕入れ帳だけよ」
窓口を移しても、三つ葉が残ればまた商館へ戻ってくる。今日、それはもう見たわ。商業ギルドへ渡す仕事に、商会の印までつけておく理由はない。
リールは端に残った石鹸の注文帳を中央へ寄せる。
* * *
翌朝、取引台には移管する帳簿が並んでいた。
湊は新しい紹介状の番号欄で手を止めた。
「番号は続けるんですか」
「それを決めるのはメルドさんよ。空けておいて」
朝の鐘が鳴ってほどなく、メルドはシェナとチコ、ノノを連れてきた。
ノノは三つ葉のない紹介状を取り、空いた番号欄を見る。
「番号は、商業ギルドで振り直しますか」
「振り直したら、商館から届いた紹介状と重なっちゃうよ」
「それでは、商会の番号を残すことになりますが……」
二人のやり取りに、シェナが口を挟んだ。
「残るのは番号だけです。印も、発行する場所も変わります。管理上の問題はありません」
「番号は続けてください。三つ葉と商会名を外し、発行印を商業ギルドのものへ替えます」
移管する帳簿が木箱へ収まると、取引台に残ったのは石鹸の注文帳と仕入れ帳だけだった。
「明日からそちらで扱うのでしょう。必要なものは、持っていってください」
メルドが木箱のふたへ監察局の紙を貼り、銀印を押す。箱が取引台から下ろされると、そこだけ板目が露出した。
三つ葉のない紹介状の隅には、次の番号が記されていた。




