第12話 半日だけ
朝の鐘が鳴る前から、商業ギルドの受付には二人の書記が座っていた。猫獣人族の褐色肌の女はチコと名乗り、隣にいる若い女はノノと名乗った。机には求人帳と契約帳が開かれている。
メルドとシェナが持ち込んだのは、前日までリールの商館で預かっていた求人票と求職票だった。紹介先を示す書き込みはない。
チコが求人票を受け取った。
「ずいぶん丁寧に返してくれんじゃん」
「不足がありますか」
「ううん、まさか。求人の紹介なら、もともとアタシらの仕事だし。……ただ、商館を通すようになってから、直接持ち込んでくる店なんて減ってたからさ」
「ええ。こちらに合わせなくて結構です。いつもの商業ギルドを見せてください」
「はいはい。あとで『普段からこうなんですか』って怒んないでよ」
「そのときは、そのまま記録します」
「うわ、やっぱ監査だ」
チコは求人票をノノへ回した。
最初に来たのは、石切り場を辞めた男だった。
チコが求人帳をめくる。
「これなんかどー? 荷車修理の補助。最初の半日は車輪と金具を運んで、続けるなら翌日から外し方を教えるってさ」
「寝床は出るのか」
「試す半日の間は使えないよ。でも、店主と続けることを決めれば、店の裏に一部屋出るって」
「それなら行く」
「オッケー、決まりね。ノノちゃん後はおねー」
「……了解しました」
ノノが紹介状へ商業ギルドの印を押す。男はそれを受け取ると、朝の鐘が鳴る前の通りへ出ていった。
商館へ聞きに戻る必要はなかった。ここまでは同じだ。
川向こうの洗濯場で働く女が来たのは、朝の鐘が鳴ってからだった。求職票を受け取ったものの、名前を書く欄で止まり、用紙をノノへ返した。
「文字の読み書きが難しければ、こちらで代筆します。以前のご職業は、洗濯で間違いありませんね」
「はい。昼の鐘より前に終わる仕事を探しています。遅くても二つ目の鐘までです」
「朝からの稼働は可能ですか」
「えっと、働けます。ただ、今日は家へ戻って水を汲まないといけません」
「希望する賃金はありますか」
「仕事を見てから決めたいです」
ノノは女の名前を代筆し、求人帳を開いた。受付の前には、いつの間にか次の者が並んでいる。女は列の後ろを確かめ、途中まで書かれた求職票を受付の机へ残した。
「あの、あとで戻ってもいいですか」
「午前の受付時間内であれば、続きからの対応が可能です」
「仕事が終わる頃には、昼の鐘を過ぎます」
「それでしたら、明日の朝になります。規則ですので、時間を過ぎた書類の処理は受け付けられません」
「明日も水場へ出ることになったら、同じ時刻です」
「その場合も、明日の朝にお越しください。書類は私が保管しておきます」
女はノノへ礼を言い、受付を出ていった。
二つ目の鐘が近づいた頃には、荷運び場の日雇いが受付へ来た。
ノノが話を聞き終えると、求人帳を開く。
「穀物倉での荷下ろしです。今日中に店主へ確認を取り、紹介状を発行できます」
「今すぐ出せねえのかよ」
「求人票の賃金と契約帳を照合する必要があります。処理は昼までに完了します」
「昼じゃ遅ぇんだよ! 今から荷場へ行きゃあ、今日の分の銅貨が手に入んだよ」
「紹介状は、明日の朝まで預かれます」
「明日もあっちで仕事がありゃ、そっちに行くわ」
男は聞き取りの終わった求職票を残し、荷運び場へ向かった。
ノノが紹介状に商業ギルドの印を捺すと、その音だけが受付に響いた。荷運びの男のいた場所は、もう空いていた。
昼の鐘が鳴る前、朝の男を受け入れた店から契約書が届いた。それでも受付の机には、書きかけの求職票と、受け取られないままの紹介状が残っている。
ノノが言った。
「書類は、このまま使えます」
メルドは窓の外から聞こえた昼の鐘へ顔を向けた。
「受付が開いている時刻に戻れれば、ですね」
「じゃ、午前だけじゃ足りないってことじゃん。仕事帰りに来る人もいるんだし、受付時間を延ばせば同じことできるっしょ?」
* * *
午後、メルドとシェナは、朝の受付で残った紹介状と求職票を商館へ持ち帰った。
石鹸の納品書への返事を書き終えたリールは、取引台へ向き直る。
「それで。私がいなくて困った?」
シェナは少し考えてから答えた。
「手続きは、困りませんでした」
「手続き、は?」
リールは、受け取られなかった紹介状と書きかけの求職票を見る。
「じゃあ、これは?」
「洗濯場の方は、家の水汲みに戻りました。荷運びの方は、昼まで待つよりその日の仕事を選びました」
どちらも、書類で止まったわけではない。
足りなかったのは、用紙ではない。時間だ。
「昼で閉めるのはやめましょう」
「延長しますか」
「ええ。でも、その前に一つ見たいわ」
「何をです?」
リールは取引台の正面へ目をやる。
「ここで人が集まったのは、遅くまで開いていたからだけなのかしら」
メルドも三つ葉を見る。
「場所の影響も確かめたい、と?」
「場所と、三つ葉は分けて見たいわ」
場所だけを残すなら、三つ葉まで見せる必要はない。
「明日の午前、この取引台を使ってください。受付はチコさんとノノさんに任せます」
「商館の者は?」
「手を出しません」
「三つ葉は?」
「隠してください。看板も」
リールは布を三つ葉の上へかける。刻まれた印が見えなくなった。




