表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線の商人  作者: カミツキ
三つ葉の商会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/26

第12話 半日だけ

 朝の鐘が鳴る前から、商業ギルドの受付には二人の書記が座っていた。猫獣人族の褐色肌(かっしょくはだ)の女はチコと名乗り、隣にいる若い女はノノと名乗った。机には求人帳と契約帳が開かれている。


 メルドとシェナが持ち込んだのは、前日までリールの商館で預かっていた求人票と求職票だった。紹介先を示す書き込みはない。


 チコが求人票を受け取った。


「ずいぶん丁寧に返してくれんじゃん」

「不足がありますか」

「ううん、まさか。求人の紹介なら、もともとアタシらの仕事だし。……ただ、商館を通すようになってから、直接持ち込んでくる店なんて減ってたからさ」

「ええ。こちらに合わせなくて結構です。いつもの商業ギルドを見せてください」

「はいはい。あとで『普段からこうなんですか』って怒んないでよ」

「そのときは、そのまま記録します」

「うわ、やっぱ監査だ」


 チコは求人票をノノへ回した。


 最初に来たのは、石切り場を辞めた男だった。


 チコが求人帳をめくる。


「これなんかどー? 荷車修理の補助。最初の半日は車輪と金具を運んで、続けるなら翌日から外し方を教えるってさ」

「寝床は出るのか」

「試す半日の間は使えないよ。でも、店主と続けることを決めれば、店の裏に一部屋出るって」

「それなら行く」

「オッケー、決まりね。ノノちゃん後はおねー」

「……了解しました」


 ノノが紹介状へ商業ギルドの印を押す。男はそれを受け取ると、朝の鐘が鳴る前の通りへ出ていった。


 商館へ聞きに戻る必要はなかった。ここまでは同じだ。


 川向こうの洗濯場で働く女が来たのは、朝の鐘が鳴ってからだった。求職票を受け取ったものの、名前を書く欄で止まり、用紙をノノへ返した。


「文字の読み書きが難しければ、こちらで代筆します。以前のご職業は、洗濯で間違いありませんね」

「はい。昼の鐘より前に終わる仕事を探しています。遅くても二つ目の鐘までです」

「朝からの稼働は可能ですか」

「えっと、働けます。ただ、今日は家へ戻って水を汲まないといけません」

「希望する賃金はありますか」

「仕事を見てから決めたいです」


 ノノは女の名前を代筆し、求人帳を開いた。受付の前には、いつの間にか次の者が並んでいる。女は列の後ろを確かめ、途中まで書かれた求職票を受付の机へ残した。


「あの、あとで戻ってもいいですか」

「午前の受付時間内であれば、続きからの対応が可能です」

「仕事が終わる頃には、昼の鐘を過ぎます」

「それでしたら、明日の朝になります。規則ですので、時間を過ぎた書類の処理は受け付けられません」

「明日も水場へ出ることになったら、同じ時刻です」

「その場合も、明日の朝にお越しください。書類は私が保管しておきます」


 女はノノへ礼を言い、受付を出ていった。


 二つ目の鐘が近づいた頃には、荷運び場の日雇いが受付へ来た。


 ノノが話を聞き終えると、求人帳を開く。


「穀物倉での荷下ろしです。今日中に店主へ確認を取り、紹介状を発行できます」

「今すぐ出せねえのかよ」

「求人票の賃金と契約帳を照合する必要があります。処理は昼までに完了します」

「昼じゃ遅ぇんだよ! 今から荷場へ行きゃあ、今日の分の銅貨が手に入んだよ」

「紹介状は、明日の朝まで預かれます」

「明日もあっちで仕事がありゃ、そっちに行くわ」


 男は聞き取りの終わった求職票を残し、荷運び場へ向かった。


 ノノが紹介状に商業ギルドの印を捺すと、その音だけが受付に響いた。荷運びの男のいた場所は、もう空いていた。


 昼の鐘が鳴る前、朝の男を受け入れた店から契約書が届いた。それでも受付の机には、書きかけの求職票と、受け取られないままの紹介状が残っている。


 ノノが言った。


「書類は、このまま使えます」


 メルドは窓の外から聞こえた昼の鐘へ顔を向けた。


「受付が開いている時刻に戻れれば、ですね」

「じゃ、午前だけじゃ足りないってことじゃん。仕事帰りに来る人もいるんだし、受付時間を延ばせば同じことできるっしょ?」


 * * *


 午後、メルドとシェナは、朝の受付で残った紹介状と求職票を商館へ持ち帰った。


 石鹸の納品書への返事を書き終えたリールは、取引台へ向き直る。


「それで。私がいなくて困った?」


 シェナは少し考えてから答えた。


「手続きは、困りませんでした」

「手続き、は?」


 リールは、受け取られなかった紹介状と書きかけの求職票を見る。


「じゃあ、これは?」

「洗濯場の方は、家の水汲みに戻りました。荷運びの方は、昼まで待つよりその日の仕事を選びました」


 どちらも、書類で止まったわけではない。


 足りなかったのは、用紙ではない。時間だ。


「昼で閉めるのはやめましょう」

「延長しますか」

「ええ。でも、その前に一つ見たいわ」

「何をです?」


 リールは取引台の正面へ目をやる。


「ここで人が集まったのは、遅くまで開いていたからだけなのかしら」


 メルドも三つ葉を見る。


「場所の影響も確かめたい、と?」

「場所と、三つ葉は分けて見たいわ」


 場所だけを残すなら、三つ葉まで見せる必要はない。


「明日の午前、この取引台を使ってください。受付はチコさんとノノさんに任せます」

「商館の者は?」

「手を出しません」

「三つ葉は?」

「隠してください。看板も」


 リールは布を三つ葉の上へかける。刻まれた印が見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ