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MISSION3.5(後):指一本触れさせませんよ♡

 

 

「こんにちわぁ♡ いや、こんばんわかな……? 助けに来たのでもう大丈夫ですよぉ〜」

 

 できるだけ聖女スマイルっぽいものを意識して、F様が雑に鍵を壊した牢を回ってアヒルの行列を作っていくわたし。

 

 数人で捕らえられていた人たちは、青い顔で身を寄せ合いながら震えていたけど。

 個人牢の子たちは、そのほとんどが壁に埋まりそうなくらいに縮こまってガタガタ震えていたのでさすがに可哀想だった。

 

 空の牢屋もいくつかあったけれど、捕まっていた被害者の数は想像していたよりも随分と多くて。

 女の子が13人で、女の子みたいに綺麗で線の細い男の子が3人。

 そして……たぶん"男の娘"だなあって子が2人で、合計18人も捕まっていた。

 

「えー、見張りを倒したのは、姿消しの魔法を行使しているわたしの仲間です。一応救助に来たので、怯えなくて大丈夫ですよ♡」

 

 どうにか安心させようと状況を説明してみるけど、突然声を奪われたのが相当恐ろしかったみたいで、みんななかなかに顔色が悪い。

 

「ちょっと上司に確認取るので、待っててくださいねぇ」

 

 そう声かけをしてから、わたしはまたアルおじに通信を飛ばした。

 

《現場よりMでーす。他にも監禁場所があるかは不明だけど、今いる地下牢に閉じ込められてたのは18人でしたぁ。一番奥の牢だったスペースに集めてまーす》

 

《よーし、よくやった! しかし多いな? こりゃあの夜会以外でもどっかから攫って来てんなあ……》

 

 確かに、来る直前に聞き直したあの夜会を機に失踪したとされる人数とほぼ変わらないのは変だなと思ってたけど。

 実はまだ誰も売り払われたりしてなくて、全員ここに監禁されてただけっていう甘っちょろい希望なんてあるはずなかったんだ。

 

《やっぱりそうなんです? えっと、いまFさまがフロアのお掃除してるんですけど、このひとたちは騎士団が来るまではここにいて貰えばいいですか?》

 

《おう。いま多少応戦してっけど、俺らのメインはあくまでも裏の証拠集めやらなんやらだからな。お前らもぼちぼち撤退の準備しとけ〜》

 

 売買ルートを辿って、実際に売られてしまった被害者たちを救出するとしても、百合営業ばかりしているわたしたちのペアには回ってこないお仕事だろうなぁ。

 なんて他人事みたいに感じながら、わたしはとりあえずアルおじに返事を返した。

 

《はーい》

 

 通信を終えて集めてきたアヒルちゃんたちに意識を向けると、肉声は発していないから、ただ黙っているようにしか見えないわたしに困惑したような視線が集まっていた。

 わざわざ説明する必要もないし、このままサクッとやるべき事を済ませちゃいましょうかねぇ。

 

「えぇっと。今から《解呪》をかけて、みなさんの声が出るようにしますけど、叫んだり騒いだりしないで静かにお話ししてくださいねぇ〜?」

 

 解呪という言葉に、自分たちの声が出ないのは『呪いに近いなにか』だと察した子たちの顔が、より一層青ざめる。

 まさか禁術だなんて思いもしないだろうけど、知っても知らなくても、どのみち怖いことには変わりないよね。

 

「大きな声を出した人は、もう一度さっきの魔法をかけてもらうか、物理的に口を塞がせてもらいますので、悪しからず。ですっ♡ 大丈夫そうですかぁ?」

 

 明るく笑顔で告げると、みんなギュッと強張ったまま一生懸命にコクコクと首を頷かせた。

 なんとなくわたしまで怯えられているような気がするけど、気のせいだよね……?

 物理的に静かにさせるって言っても、せいぜい猿ぐつわくらいだからね?

 

「それでは、そのうち騎士団の人たちがちゃんと助けに来ますので。それまでは不安だと思うけど……絶対に大丈夫なので、できればリラックスして待っててくださいね♡」

 

 F様を見習ってまとめて《解呪》をかけると、劇的アフターの倉庫一帯が眩い光に包まれて、徐々にその光が霧散していく。

 わたしの役目としてはこれで充分だろうし、そのまま立ち去ろうと思ったところで、一人の少女に声をかけられた。

 

「あのっ……あなたも、騎士の方なんですか……?」

 

 強力な聖魔法を目の当たりにして、恐怖よりも好奇心や安堵が勝ったらしい女の子は、透き通った青い瞳をキラキラと輝かせていた。

 

(かっわいいなぁ。見たところまだ学園生くらいの歳っぽいし……この子はあのクソみたいな夜会以外の場所から攫われてきたと信じたい……)

 

 それにしても、間違っても「王家の影です♡」なんて言えないし、「騎士ではないですよ」とだけ伝えてもますます疑念が残りそうな困った質問だなぁ。

 

「うーん。わたし、本当は名乗っちゃいけないタイプの者なので……なんとも――」

 

《ちょっと! こっちはあらかた片付いたわよ。まだちんたらやってるの?》

 

 お茶を濁そうともごもごしていたところに、F様からのお呼び出しが入って。

 わたしは最低限の言葉だけを残してその場を立ち去った。

 

「えへ、相方が呼んでるのでもう行きますね♡ 早く帰れると良いですね! 下衆に会ったらボコボコにすると思うので、騒がしくなるかもしれないけど、絶対に大丈夫ですから♡」

 

 物理的に遮るものがないので、念のために軽い結界を張って、F様の元へと駆けていく。

 F様は一様に気絶した4〜5人の男をひと塊にして、また鉄素材を加工しているところだった。

 

「お前が遅いから、無駄な事で時間を潰すはめになったじゃないの」

 

「えへ、ごめんなさぁい♡ ところでそれ、連結型の手枷ですか? 本当に効率重視ですねぇFさまって……」

 

「暇を持て余しすぎて、個々に拘束していたのに繋げちゃったわ。そっちの報告は聞いて(傍受して)いたからわざわざ話さなくていいわよ」

 

「なるほどぉ……?」

 

 煩わせないように繋がなかっただけで、F様に隠し立てすることじゃないから別にいいんだけど。

 仲間内でまで盗聴するのって、どういう心理なんだろう。

 

「さて、と。それじゃ帰るわよ」

 

「あっ、待ってください。なんか来ますよ?」

 

「もうわたくしたちの出る幕じゃないでしょう」

 

「いやぁ? 奥に攫われた子たちも放置してきてますし、お掃除くらい済ませて帰ってあげましょうよ」

 

「……面倒ねぇ」

 

 言葉通り、面倒くさそうに腕組みで軽く壁にもたれるというあまりにも絵になるF様に見惚れるわたし。

 BGMが悪党たちの揉める声とうるさい足音なのが気に障るけど、これはこれでハードボイルドなスパイものの映画のワンシーンのようでアリと言えばアリなのかも?

 

「いいかお前ら! 女共を盾にして、俺様だけは逃がせ! 絶対だ……!」

 

「んなの知るかよ! 自分の身ぐらいテメェで守れや! 死んだら元も子もねえんだよ!」

 

「わあ〜、内ゲバだぁ。クズってやっぱクズですねぇ……」

 

 わたしたちの前をドカドカと通り過ぎようとした一団に、思わず率直な感想を漏らすと。

 なぜか男たちは一斉に立ち止まって振り返り、目をひん剥いて叫び声を上げた。

 

「っ、なんだテメェ!? どうやって抜け出しやがった……!!」

 

「あっ」

 

 そういえばわたし、アヒル隊長になったあと、隠匿魔法かけ直してなかったね?

 

「…………お前、どうして隠匿を解除したままなのよ。はあ……手のかかる駄犬ねぇ……」

 

「えっへへ! さっき解除したままなの忘れてました♡」

 

 呆れ顔のF様にへらりと笑ってみせると、男たちは厳めしい顔でわたしに詰め寄ってきた。

 

「どこ見て喋ってんだァ? とりあえずこの女とあと何人か縛り上げて連れて行くぞ!」

 

 そんなことを叫びながら男たちがロープのようなものを持って飛びかかってこようとした時だった。

 

「ハッ……縛り上げられるのはお前たちよ。《闇縛》」

 

 わたしにしか聞こえない遮音の中で冷たく言い放ったF様が、とんでもない大技を軽々しく繰り出して、その場にいた男たちを一瞬で全員影の手で締め上げてしまった。

 

「ぅえッ!? えっえふさまぁあ!? それって次期ツートップ候補の影にしか継承されないやつじゃないです……!? なっナンデェェ……」

 

「なんだこりゃ!? おいっどうなってる!?」

 

「うっ……動けねえ……!」

 

 突然拘束された男たちよりも取り乱しているわたしに、F様は平然と言ってのけた。

 

「どうしてと言われても『わたくしだから』としか答えようがないわね」

 

「エエーンガッゴイ゙イ゙ィ……!」

 

 天井知らずの格好良さに膝から崩れ落ちそうになったときだった。

 影に捕縛されている一団の中に、さっきの不届者の姿を見つけて、わたしは声を張り上げた。

 

「あっ……ここで会ったが百年目……!」

 

「……なんですって?」

 

 仇敵に出会ったときのお決まりの口上なんだけど、F様には伝わらなかったみたいで、胡乱な目を向けられてしまった。

 

「Fさまぁ。コイツだけわたしにくださいよぉ。この恨み晴らさでおくべきか……ですよう!」


「お前が何を言っているのかは理解できないけれど……。めずらしいわね、私怨だなんて。お前、この男に何をされたのよ……?」

 

「えっ……何かされたのはFさまですよね?」

 

「はぁぁ……?」

 

 お互いにきょとんとしたままじっと見つめ合っていると、喚き散らしていたおじさんの一人がわたしに話しかけてきた。

 

「おい嬢ちゃん! さっきからなにと喋ってんのかは知んねぇが……このなんか黒いの出してるバケモンと知り合いなんだったら――」

 

「あ゙? このオッサン以外に用事ないんで、黙っててもらえます? 《夢霧(ドリームパフ)》」

 

 お姿が見えないにしてもF様に向かってバケモノとはこれ如何に。

 ついカッとなって眠らせちゃったけど、静かになったし別にいいよね……。

 

「ねえ。お前はなにをしようとしてるの? 落ち着きなさいよ、M」

 

「ヤだなぁFさま、わたし今すごく冷静ですよぉ。ちょっとオイタの代償払わせるのと躾と並行してやるので、うるさくしちゃうけどごめんなさい」

 

 落ち着きなさいと言いながらも、F様は仮称ゴロツキAを影に繋いだままでわたしの前に差し出してくれた。

 仲間が全員無力化されてしまったゴロツキは、怯えの混じった目でわたしから距離を取ろうともがいていたけど、F様の影の手からは逃れられずに徒労に終わっていた。

 

「なっ……なんなんだよぉ……!? このオンナがバケモンなのか!? だッ…………だれか助けてくれえぇ……!」

 

「《風刃(エッジ)》。無駄なこと叫んでないで、ちゃんとわたしのいうこと聞いてくださいね♡」

 

「は……?」

 

 本当は剣なんかの武器に使用するタイプのエンチャントみたいな魔法を、手持ちもないのでわたしはそのまま自分の右腕に纏わせた。

 

「えいっ」

 

 スパァン。

 

「――――――!? ――――!!」

 

 片腕をなくしたゴロツキの口から、聞くに耐えない汚い叫び声が響き渡る。

 《完全治癒(トータルヒール)》は聖女の固有魔法だから使えないけれど、前世の医療知識を持つわたしなら下位互換の《大治癒(ミドルヒール)》でもこれくらいの怪我ならお手のものだから。

 

「大丈夫。ちゃんとくっつけてあげますから♡ 《大治癒》」

 

「お゙っお前ええぇっ……! な゙に゙しやがんだァアアッ……!?」

 

「……さっき。女神みたいな美しいお嬢様を、まるで荷物でも投げ捨てるみたいにして藁の上に転がしましたよね? 特別に謝罪の機会をあげますから、誠心誠意あやまってください!」

 

「…………は……?」

 

 理解できないというような顔で固まるゴロツキA。

 キレイに断面を接合してあげたからすっかり元通りになったけれど、きちんと謝罪をしない限り何度だって同じことになるから、安心するのはまだ早いんですよ。

 

「わっかんないかなぁ? 万死に値する非礼を詫びろって言ってんですよ!」

 

 スパァン!

 

「――――ッ!! ――――!」

 

「《大治癒》。ほら、ちゃんとしないと。もう一回やりますよ♡」

 

 分離した箇所をまたキレイに繋ぎ直して微笑むと、ゴロツキAはすっかり血の気をなくしてか細い声を漏らした。

 

「ヒッ…………! た、す…………たすけ……」

 

「命乞いなんて求めてないです」

 

「ちょっとM……! やめなさいよそんな無意味なこと……!」

 

 それまで眉を寄せてじっとわたしたちを見ていたF様が不意にそんなことを言ったけれど。

 いくらF様のお言葉でも、今回ばかりはちょっと聞けそうにないかなぁ。

 

「うーん。ダメですね。世界遺産を粗雑に扱った罪はちゃんと償わせないと……。えいっ」

 

「――――! ――――……っ!」

 

「《大治癒》。はいっ、復唱してください。"尊い御身に下賎な手で触れて申し訳ございませんでした"」

 

「ゆ゙る゙じでぐれ゙ぇっ…………たのむ、から゙っ……!」

 

「……だからそれ、命乞いでしょう? そうじゃなくて――」

 

 四度目のスパァンをしようと風刃をまとった腕を振り上げたとき。

 今までただの一度だって紡がれたことのないたった二音が、F様の唇からこぼれた。

 

 

「ミラ」

 

 

「………………はえ……?」

 

 

 比喩じゃなくて、本当にその一瞬、心臓が止まったと思う。

 

 理解が追いつかなくて、わたしはただ瞬きを繰り返していた。

 いま起こったことが本当に現実のものか定かじゃなくて、時が止まったみたいに呆然と立ち尽くす。

 

「あのっ…………いま、なんて……」

 

 聞き慣れた"M"でもなくて、甘やかな響きを乗せた"ミリアム"でもない。

 名前を捨てることになる前から呼ばれたことなんてなかった、わたしの……。

 

「下衆からの小汚い謝罪なんて、わたくしは要らないわ。そんなことよりも、騎士団も合流したらしいしさっさと撤退するわよ」

 

 集中が途切れてシュルシュルと風の刃が掻き消えていく。

 F様はいつも通りの呆れたような冷たいお声でそんなことを言って、わたしの問いには答えてくれなかったけれど。

 

 

「…………はいっ♡」

 

 そんなことはどうでも良かった。

 満面の笑みで応えたわたしは、壊れたように泣きじゃくるだけの男にも眠りを与えて。

 今度こそちゃんと隠匿をかけてF様の背中だけを追いかけた。

 

 

 

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