MISSION3.5(前):指一本触れさせませんよ♡
「Fさま。お薬抜くの、本拠地に拉致られてからの方が良くないです?」
「……そうね。お前は本当にそれで大丈夫なの?」
ソファに並んで座り、F様の肩に頭をもたれさせながら小声でヒソヒソとお話をする。
通信で済ませてもいいんだけど、表面でもなにか喋ってないと、(そんなものがあるのかは知らないけど)もしモニターで監視とかをされてたら不自然だからね。
「えへっ♡ もしかして心配してくれてます? 大丈夫ですよぉ、じわじわ自然治癒で抜けてきてますから♡」
「はあ……。馬鹿げた治癒力だこと。本当にお前、聖女の力があるのね……」
「えっ。信じてなかったんですか? わたし、影になってからFさまにウソついたことないですよ……?」
チョロザコ王子との婚約を解消させようとしていた時は、ウソをつかなかったとは到底言えないけど……。
でも、今はもうあんなマネはしなくてもいいから、F様にはいつも素直な気持ちを伝えまくっている。
「フン、物は言いようよね。誤魔化したり言わないことはあるくせに――」
「Fさま?」
不意に言葉を途切れさせたF様を見上げると、F様はチラリと扉の方に視線を向けた。
「…………ミリアム。お客様がお越しのようだわ」
「んん……。団体さんっぽいですね……」
気配を確認してみると一人や二人じゃなさそうだったけど、雑な足音からあんまり手練れという感じでもなさそうでちょっと拍子抜けしてしまう。
適当にゴロツキでも雇ってるのかな。
「寝たふりでもしてなさい。余計なことをされると面倒だもの」
「ええぇ……」
敵さんと対峙したら、大人しく捕まる前にちょっとくらい煽ってみようと思ってたのに。
とかいう些細な不満は、F様がわたしの身体をころんと倒して頭をお膝に乗せてくれたことですぐにどうでも良くなった。
◆ ◆ ◆
本当に目をつむっているだけで、まんまと敵の本拠地である人攫い後の監禁場所に潜り込めちゃったわけなんだけど。
『今この場で可愛い恋人に手ぇ出されたくなかったら、大人しく二人で箱に入ってな』
なんてのたまう悪どい男に、フラウ様モードで『くっころ姫騎士』みたいなリアクションをするF様が尊すぎて、思ったより全然ちっとも退屈じゃなかった。
狭い箱の中に詰められて、F様と密着しながらアルおじたちと通信でお話ししてるうちに、あっという間に着いちゃった感じ。
箱が開かれる直前に二人して狸寝入りしてたんだけど、米俵みたいに担がれるのが初めてで、面白かったけどわりと苦しかった。
牢屋みたいな場所に放り込まれた時、最後に薄目を開けて確認したけど……。
F様を粗雑に転がしたあの男だけは絶対に許さない。
「Fさま……お怪我ありませんか?」
物音がすっかり止んでから起き上がる。
F様も立ち上がって衣服をはたいているところだった。
「あんな程度で怪我なんてするはずないでしょ。それよりもお前の方こそどうなのよ。さっさと《治癒》でもかけて正常になっておきなさいよね……!」
タイト気味なドレスをたくし上げて、適当なところで縛るF様。
機動性重視なのは分かるけど……。
お上品なドレスを着崩しておみ足が膝丈くらいまで露出しているのが、なんだかとっても背徳的なんですが大丈夫そうですか?
「それなんですけど、移動中に全部抜けちゃいましたぁ」
「……っ、異常なのがお前の『正常』だったわね」
治癒をかけるまでもなかったことを伝えると、F様は何ともいえない顔をした。
わたし自身、『いたって平凡な人間です!』だなんて言うつもりもないけど、暗部の全員がどこか異常だと思うからむしろ正常なんじゃないのかな。
《わたしたち、このまま待機でいいんですか?》
暇を持て余していてもアレなので、アルおじに指示を仰いでみると、すぐに返事が返ってきた。
《いま徐々に囲ってんだけどよ、お前ら先に他の被害者がいねーか確認しといてくんねえか?》
《複数いた場合は、一箇所にまとめておけばいいかしら?》
《おう。まあ、見張りとかややこしかったら待機でいいわ。騒ぎになんねぇなら伸してもいいけどよ》
F様は横からしれっと大事なところだけ確認を取ると、鉄格子の前で何やら作業をし始めた。
鍵開けかなぁと思ったけど、どうやらもっと物騒なことをしているみたいで、鉄格子がみるみるうちに溶けて牢の意味を成さなくなっていく。
《はいはいっ! 暴れたいでーす!》
《本格的に暴れんのは、こっちが踏み込んでからにしろ》
F様のバイオレンスな様子に感化されて挙手をしたけど、至極真っ当な『待て』を発動されてしまった。
《はあい……》
《そんじゃ、また後でな》
半笑いのイケおじボイスが聞こえなくなって、わたしは無心で作業を続けるF様の元へと近寄った。
後ろから覗き込んでみると、F様は溶かした鉄を手頃な大きさに圧縮して、密度のエグそうなインゴットのようなものに加工しているところだった。
「Fさま、それ再利用するんです?」
「そうねぇ。鈍器か飛び道具程度には使えるんじゃないかしら」
潜入衣装のままで手持ちの武器も心許なかったけれど、脱出の手段も兼ねながらサクッと現地調達しちゃうなんてさすがF様!
開放感たっぷりの、ドアなし壁のみの空間へと劇的アフターしたこの場所は、使い勝手のいい倉庫くらいにはなるだろう。
「そういえば、見張りとか来ないですね。いま来たらびっくりして叫ぶと思いますけど」
「まだ眠っていると思ってるんでしょ。好都合だわ」
鼻で笑ったF様は鉄塊をいくつか忍ばせて隠匿をかけた。
わたしもF様謹製の鉄インゴットを記念品としてひとつ拝借して、同じく隠匿で姿を消してから通路へと躍り出たのだった。
◆ ◆ ◆
不可視のままで一方的に仕掛けられるなんて、影って最強では? と思うけど、実はそうでもない時もある。
カジノの時みたいな『魔力剥がし』の結界や『対影用の特殊な守護結界』がある場所だと本当に厄介なんだよね。
幸いここにはそういった類いの仕掛けは無さそうだから、やりたい放題できそう。
「ふふん! ここから先は遠慮ナシなので、どれだけドクズどもが出てきたところでF様には指一本触れさせませんよ♡」
ナイト気取りで気合を入れていると、F様は白けたお顔でわたしの顔を見た。
「……お前の出番なんてあるかしら?」
「ゔ……。確かにF様のチートみたいな強さじゃ、わたしのほうが足手まといになりかねませんけど……。たまには守られてくれたっていいじゃないですかぁ……」
「下らない……。性に合わないわ」
わたしの願望をクールに叩き落として。
F様は、一つの鉄塊をポンと軽く上に投げてそれをキャッチすると――
そのまま流れるようなフォームで、少し先の牢屋の前であくびをしている男めがけて思い切りぶん投げた。
ヒュオッ……と空を切る音がしたかと思うと、間を置かずに鈍い音がして、わずかな呻き声しか漏らせなかった見張りの男がその場にくずおれた。
影を糸のように貼り付けた鉄塊は、地面に落ちることもなく自動リールみたいにF様の手元へと戻ってきた。
「ひっ……!? な…………なに、――!?」
「っ、《沈黙》」
どうやら牢の中で拉致被害者が突然見張りが襲撃を受けたところを目撃していたらしく、叫び出しそうになったところをF様が強制的に黙らせてしまった。
「エッ、Fさまぁあっ!? 確かに悪党だしコロコロしちゃっても良いかもしれないけど、躊躇いなさすぎではぁあ!?」
「あんなので死ぬほうが悪いのではなくて? ……なによ……生きてるじゃない。騒ぐんじゃないわよ」
驚いて叫ぶわたしをよそに、F様は淡々と倒れた見張りの生死を確認して、気怠そうに呟いた。
「いやいやいや……被害者を禁術で黙らせるのもやり過ぎですよ……! はあぁ!? かっこいいなぁ、もう……」
どこまでもブレない尖り切った悪役ソウルに痺れて、わたしの情緒が乱高下する。
ちょっと自分でもなにを言っているのか分からないまである。
「あのねえM。わたくしだって、一応加減はしたのよ? 処理が面倒になるじゃないの。それに、悲鳴が上がればすぐにでも新手が来るかもしれないでしょう」
少しだけバツが悪そうに行動の意図を解説してくれるF様、好きポイント500億点。
「なるほど理解です! Fさま、わたししばらく被害者の担当するので、順番にお片付けと鍵開けしておいてもらえます?」
もはや推し全肯定マシーンと化したわたしだけど、さっきの悲鳴をキャンセルされた子のことも気にかかっていた。
ので。効率的な役割分担として、要救助者を先導する役割を買って出てみた。
「わたくしを顎で使おうと言うの!? ……まあいいわ。泣き喚く女たちの相手なんて御免だもの」
「じゃあいったん《隠匿》解いて、どこかに固まっててもらえるように誘導してきますね♡ 《解除》っ」
本当は勇姿をずっと眺めていたいけど、いつから閉じ込められているのかもわからない女の子たちを、得体の知れない恐怖の中で放置しておくのも忍びないもんね……。
多分いま、捕らわれている人たちにとっては、わたしたちって『目に見えない新たな侵略者』とか『闇から全てを蹂躙する謎の怪異』みたいなもので。
並のホラー映画よりも怖い体験をしてると思う。
「お待ちなさい。面倒だから、先にこのフロア全体に《沈黙》をかけておくわ。適当に防ぎなさい」
駆け出そうとしたところを呼び止められて、ものすごく雑なパスを投げられたわたしは、慌てて防御魔法を構築した。
「んふっ……! 《聖盾》」
合理至上主義すぎて、人の心とかないんかとツッコみたくなるような所業に思わず笑ってしまう。
広範囲に禁術ブッパだなんて、魔力量が桁外れなF様にしか出来ない芸当だと思うけど、大技の使い所が完全に極悪なんですよ!
「《沈黙》…………ふう。行っていいわ」
たしかに一人一人個別に解呪するのも面倒だし、わたしも被害者を一ヶ所に集めてからまとめて解呪しようかなぁ。
長く"極上のヴィラン様"と共に過ごしてきたわたしも、元からガラじゃなかったけれど、今やヒロインなんてものとは遠くかけ離れた悪役寄りの思考に染まっていたのだった。




