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MISSION3(後):他の人に見られたくないんです……♡

 

 

 目だけがくり抜かれた、顔全体を覆う怪人みたいな白いマスクをつけた会場スタッフらしき男が、トレイを持って近付いてきた。

 

「今宵、一番の美女にと。さる高貴なお客様からの贈り物です」

 

 くぐもった声でそう告げると、男はそっとF様の前にグラスの乗ったトレイを恭しく差し出した。

 

「まあ……。そんな、どうしましょう……」

 

 照れたように頬に片手を当てて、困ったわと微笑むF様。

 

「こちら、滅多にお目にかかれない幻の白ワインです。ぜひ一口だけでもお味見されてみては?」

 

 あくまでも善意の口ぶりに、何がなんでも飲ませたい思惑が透けて見えて、これは絶対ダメなものが仕込まれてると丸わかりだった。

 

《あの。F様指定だけど、ザルなんでわたしが飲んでもいいですか?》

 

《良いんじゃない? どうせ君らがセットで動くのは、見てたら分かってるはずだし。どっちが飲んでも変わんないと思うよ》

 

 よーし、先輩のゴーサインも出たし、これはわたしのモノです!

 わたしならアルコールも薬物も聖魔法と耐性でほぼ無意味だし、F様も止めはしないはず。

 

「そんなに希少なものなんですの? では、本当に一口だけ……」

 

「ダメですよ! フラウさまはあまりお酒が強くないんですから……」

 

 F様が控えめに手を伸ばしかけたところで、横からわたしがグラスを掻っさらう。

 少し声を張ったから、仕向けてきた男にもどういう状況なのかは伝わっているはず。


「そんなに幻のワインの味が気になるのなら、わたしと……して、味見してください♡」

 

 言葉は濁しながら、唇をちょいちょいとつついてみせると、三人が一斉に目を逸らした。

 仮面の給仕だけが感情のない黒い瞳でじっと成り行きを見守っているけど、止めようとするそぶりすらもなかった。

 

《っ、不意打ちやめろよ! 噴きそうになったわ……!》

 

「もう……! ミリアムったら……こんな所で、はしたないわ……」

 

「ふふっ、大丈夫ですよぉ♡ みんな仮面やベールで視界も悪いし……。もっとすごいことしてる人たちもいるんだから、きっと気にしてませんよ♡」

 

 わたしとしては、別に『あわよくば』なんて精神は持ち合わせていないけれど。

 百合劇場として最大火力で攻めながら、透き通った黄金色の液体をこれ見よがしに飲み干した。

 

「まあ! 一息で飲み干してしまうなんて……。駄目じゃないのミリアム……そんな飲み方をして、いけない子ね」

 

「うふふ♡ 本当にとっても美味しかったですよ♡ お味見されますか?」

 

 体調を気遣うふりをしたF様に、両手で頬を包まれて、夢見心地にトロンとする。

 実際に強力な媚薬が仕込まれていて、ほんのちょっとだけクラクラしてきた。

 

《いやぁ、想定よりもやっばいの入ってました。どこかのチームにこの薬の出所も探ってもらったほうが良さそうですね……》

 

《了解。アルファに伝えとく》

 

「ねぇミリアム。あなた顔が赤いけれど、大丈夫なの……?」

 

 さすがF様、ナイスパスです。

 

「えへ……。実はなんだか身体が熱くなってきて……酔っちゃったかもしれません……♡」

 

「もう、無茶なことをするからよ……。そこの貴方、お水を頂ける?」

 

 F様がわたしの手から空のグラスを取り上げて白仮面の男に返すと、そっと頷いて一度その場を離れていった。

 

「はあっ……♡ ごめんなさいフラウさま。知らないひとがフラウさまに、ふぅ……♡ 美人だからって、プレゼントを運ばせたの……嫉妬してしまって……」

 

 フラフラとその場にへたり込むわたしと、同じようにしゃがみ込んで介抱しようとするF様。

 本気を出せばわたしを片手で放り投げられるほどのゴリゴリ腕力なのに、ふたりしてか弱い演技を突き詰めているのがおかしくて、俯いているうちに笑っておいた。

 

「おバカさんねぇ。わたくしにはあなただけだと分かっているでしょうに……」

《お前、本当に少し回っているでしょう。隔離されたらちゃんと抜いておきなさいよ》

 

「ふええ……♡」

 

 表も裏も、どっちも極上すぎて限界ですよF様……。

 高い自然治癒力で少しずつ媚薬の効果が薄れていくけど、わたしは反比例するように素でメロメロになっていく。


「どうしましょう、どこか休める場所はないかしら……」

 

 トレイの上を水差しとコップに変えて戻ってきた白仮面の目元が、ほんのりと誤差レベルで細くなる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。……ほら、お水よ。飲める?」

 

 給餌の態度が白々しいなぁと思いながらも、F様に介助してもらってコップの中身を飲み込む。

 

「けほっ……!」

 

「きゃっ、大丈夫? 慌てずゆっくりお飲みなさい」

 

《追い酒なんですけどぉ!? 全然余裕だけど笑うしかないです!》

 

《嘘だろ……? えげつねえな……》

 

 水と見せかけてまたアルコールを盛られていると知って、F様が怪訝な顔でコップを下げた。

 

「無理に飲み干す必要はないわ。……どう? 少しはラクになったかしら……」

 

「っ♡ だめ、です……。ボーッとしてきて……なんだか、わたし……」

 

 下を向いてF様に取り縋るようにしがみ付くと、背をさすりながら抱きしめてくれた。

 フラウ様状態だと、本当に大抵のことは何をしても受け入れて下さるから、ただでさえ狂っている自覚のある情緒がもっとおかしくなりそうだった。

 

「宜しければ、休憩室にご案内致しましょうか?」

 

「えっ? ええ、お願い……! ミリアム、少しだけ歩ける?」

 

「む……むりですぅ……♡ ごめんなさい……」

 

 完全に流れに乗ったけれど、最後まで気を抜いたりしない。

 弱々しく呟くと、横から腕が伸びてきてふわりと抱き上げられた。

 

「……私がお連れします。ミリアムお嬢様、今だけは無礼をお許しくださいね……」

 

「ルイス……。ありがとう……っ、でも……お部屋に着いたら、フラウさまと二人きりにしてくれる……?」

 

 Lさんが、慈愛と悲哀の混じり合った絶妙な表情で頷いたと言うのに。

 

《振られててカワイソー》

 

《うっせーな! 元々そういう役だろーがっ》

 

 飛んできたCさんの野次のせいで、裏側通信はぐちゃぐちゃになる。

 

「そうねミリアム……。コンラッドも、中までは入らないで。扉の前で待っていてね」

 

《いちいち騒ぐなって言ってるでしょ!? ちょっとアルファ! よくもわたくしをこんな駄犬の群れに放り込んだわね……!?》

 

 きっちりと役をこなしたあと、盛大にキレ散らかしたF様は、ついにアルおじにまで通信を繋いで苦情を言い始めた。

 たぶんここ、今回の潜入で一番大事なシーンなのに、わたしたちってどうも締まらないなぁ。

 

《そう怒んなって! うるせえ珍獣ども三匹も同時に御せるのなんて、一流調教師のFサマしかいねぇだろぉ? つーか、追尾班もとっくに張ってんだからよ、さっさと攫われてくんねえか?》

 

 さっさと攫われてくれって、言葉だけ聞くと最低な鬼畜おじさんなんだけど、実際にはわたしたちへの信頼の証なんだもんね。

 これだからみんな、どれだけ適当に見えてもアルおじのことキライになんてなれないんだよ。

 

「……っ、お嬢様が、お望みなら……」

 

「ルイス、コンラッド……ごめんなさい。こんな姿……フラウさまにしか……。他の人に見られたくないんです……♡」

 

 無言で先導する仮面給仕に続いて、開け放たれた静かな部屋へと入室する。

 Lさんはわたしをソファへ優しくおろすと、意味深な目配せを残して、そのままCさんを引きずって扉の前まで移動した。

 

「あの……。貴方も出ていってもらえるかしら?」

 

 F様が給仕を軽く睨むと、男はニセモノの水差しのトレイをテーブルに置いて深く一礼した。

 

「これは失礼致しました。御用があればまたなんなりとお申し付け下さい」

 

 そう言い残して給仕が部屋の外に出たあと、LCコンビがニヤリと笑って休憩室の扉を閉めて。

 手筈通りに、やけに薄暗い照明の部屋にわたしとF様の二人だけが取り残された。

 

 

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