MISSION2(後):ふぇぇ……酔っちゃいましたぁ♡
「そうだといいんですけど……。んっ……♡ このお酒、キレイなだけじゃなくて美味しいですね……」
「気に入ったなら、同じもの準備しておくよ?」
ぜひ、なんて笑ってみせたけど、やってくれるじゃないのこの男。
《Fさま! コイツほぼ黒確定ですよ! 親切ヅラしてとんでもない度数のカクテル寄越してきました》
美味しいのは美味しいけど、「飲みやすいのにしな」なんて甘いこと言ってこんなの差し出されたら、大抵の女の子はすぐ潰れちゃうようなシロモノじゃん。
ルビーみたいな美しい赤色の液体を物憂げに見つめながら、これ見よがしにため息をついてみる。
「確かに美人だけど、あんな冷たい恋人? なんか放っといて、オレらと飲もうやあ♡」
「ほら。さっきみたいにやんないの? グイッと一気にさぁ〜」
立ち飲みみたいに席にも座らずに、わらわらとわたしの周りに集まってくる被疑者たち。
脳内でF様の『この世の全てを恨んだ呪詛みたいな寝言』を思い出して、うっとりと頬を染めながら、微笑みかけてやる。
きっとすでに酔いが回り始めているように見えるはず。
「……楽しいことがしたいから、飲み比べ、しませんか? この真っ赤なキレイなお酒で♡」
《お前っ……なに勝手なことしてるのよ!? 今すぐに『冗談でした』とでも言って取り下げなさいっ!》
サファイアからエメラルドに変えられた瞳を大きく見開いて、F様が通信で叫びながらガタンと椅子を鳴らした。
けれど。
沸き立つ男たちの歓声に飲まれて、その音は大して目立つことはなかった。
《イヤですよ♡ 元はと言えば、Fさまが先にシナリオから逸れちゃったんじゃないですかぁ。返事もすぐにしてくれなかったし、こっちで選別しちゃいますからのんびり監視しててください♡》
《…………潰れたらお前ごと捕縛してやるから。覚悟なさい》
甘いオシオキなんかじゃなくて、F様なら本当に牢屋にぶち込むところまでやるんだろうなぁなんてガチ考察をしながら。
泥仕合になりそうな飲み比べ大会を主導するべく、わたしは参加者たちの真ん中でグラスを掲げたのだった。
◆ ◆ ◆
定期的にF様と影の通信でレスバをしながら酒盛りを続けて、数十分後――
「うふふっ♡ あはっ、あはは! よわぁい。ざぁこ♡ ざぁこ♡」
死屍累々になった店内で、デスゲームに参加しなかったF様を含めた数人だけがドン引きした顔でこちらを見ていた。
合間に店主にも何杯か飲ませたのでヘロヘロになってしまって、途中からはカクテルが作れなくなってストレートで飲めるお酒ばかり飲んでいた。
「おっ? イケメン風味のマスターはまだ意識ありますねぇ〜。でも手ぇ震えてますよぉ? 『飲みやすいのにしときなよ』とか言って盛る気満々だった度数高めのルビー色のカクテル、ご自分で一気飲みした気分はどうですかぁ? ざぁ〜こ♡」
「な、なにいってんのか、さっぱり……。うえっ……」
今世では初めて飲むような高いお酒の味にテンションが上がり過ぎてしまったのか、浮かれモードでつい○○ガキみたいな煽りが口から漏れ出てしまう。
店主もベロンベロンになりながら雑に誤魔化してくるけど、『バレちゃった?』みたいな顔でヘラヘラ笑っているので、これは押せば吐くと思う。
いや、物理的に押せばそっちでも吐くかもしれないけど、自供的な意味でね?
《ちょっと……。やっぱりお前、酔ってるんじゃないの……! なにが大丈夫よ、この愚鈍っ!》
《ふえ? 酔って……ないです、よ? えへ♡ ふわふわして楽しいだけです♡ お仕事ちゃんと出来るんで、見ててくださぁい!》
調子に乗っていたらフレイヤ様からお叱りが飛んできたけど、ミラちゃんは仕事が出来る女なので安心してほしい。
(んん……? ふれいやさま? Fさま? ふらうさま……?)
ちょっと訳がわからなくなってきたけど、まあいいや。
とりあえずおさかな釣ろう。
「もぉ、いまさら無害ぶらなくってもいいってば! うぅ……つまんないよぉお……。もっと気持ちよくなりたぁい♡ なにかイイモノないですかぁ?」
立ち上がって、カウンターに手だけを残して奥に沈み込んでいる店主を覗き込むと、ぐわんと視界が揺れてたたらを踏んだ。
(あれ……? 足元ふらつく……。このチートな身体で酔えるお酒とか、マジでやりやがったなこの雰囲気イケメン……。えー……楽しいぃ……♡)
とっさに手をつくと、死にかけた店主の手の上に着地したので、そのまますりすりと指先を撫でてみる。
「イイモノ……? もしかしてミリアムちゃん……これ欲しいの?」
ぼんやりと顔を上げた店主は、片手はわたしの指に反応して握り返してきたけれど、もう片方の手で自分のベストの奥を漁って小さな包みを取り出した。
「うん? それなぁに? 気持ちよくなるの?」
「まぁねえ。ハゲのデカいやついるでしょ? コイツが仕入れてんだけど、代わりに捌いてやってんの……うっ……」
あっさり吐いちゃった店主から手を離して、差し出された包みを受け取る。
カウンターの上で広げてみると、懐紙の中からはエグい紫色をした錠剤が三粒ほど出てきた。
「あははっ♡ やっぱりあのスキンヘッドのおじさん、見たまんまのヤバいひとらったんらぁ〜!」
床の上に積まれたシカバネの真ん中あたりから覗くつるつる頭を見て笑っていると、いつの間にか背後まで来ていたフレイヤ様がわたしの肩に手をかけた。
「もういいわミリアム。帰るわよ」
《聞こえたでしょ、アルファ。交代よ》
まちがえた、今はF様でフラウ様だった。
肉声も通信も冷え切った温度で告げるF様は、あまりにもクールビューティーでかっこよかった。
《うーっす。お疲れぇい》
「はあい♡ ありがとマスター。ばいばい♡」
ひらひらと手を振って出口のほうへ反転したら、勢い余ってよろけて、誰かの腕を踏んづけてしまった。
「ほぎゃっ……!? わっ、と、と……」
おかしいな。
最後まで華麗に去る予定だったのに、わりと無様じゃない?
(まあいっか♡ アルコール回るなんて久しぶりすぎて超たのしいもん♡)
「は……? なに、帰っちゃうの……?」
事態が飲み込めていない店主が間の抜けた声をもらしたけど、振り返ったりはしない。
「ここからさきは、わたしのしごとじゃないんれすよねぇ〜」
《お前らが離脱したら即踏み込むからな? 早くはけろよ〜》
アルおじが急かしてくるけど、わたしは限界までこの状況を満喫したい。
だって、この身体で酒に飲まれることができるなんて、思ってもみなかったんだもん!
「ふぇぇ……酔っちゃいましたぁ♡ ふらうさま、だっこぉ……♡」
ブリザードみたいに冷たい目をしながら手の届く距離に居てくれるF様に、ダメ元で甘えてみると……。
「はぁ…………掴まりなさい」
「ひえぇ……♡ だいすきぃぃいっ……♡」
なんとF様はクソデカため息をついて、腕を差し出してくれた。
ぎゅっとしがみついて、浮かれた千鳥足で扉までの短い距離を並んで歩く。
《おっし、行くぞ野郎共〜。さーん!》
「えっへへ♡ フラウさまも少しは飲みました?」
カランとドアベルを鳴らして、夜の冷たい風が店内にすべり込む。
無視されながら、頬に当たる冷気の心地よさに目を細める。
《に〜ぃ!》
開いた扉のスキマから、薄汚れた世界の闇から、ただの暗闇へと帰っていくわたしたち。
一歩踏み出した瞬間。
ふわりと身体が浮いて、F様に抱き上げられた。
(あっ…………これは本気でヤバいやつだ……♡)
《いぃ〜ち!》
ガチャンと背後で扉が閉まる音が響いて――
《オラァァア! ハゲと店主以外もいったん全部締め上げろォ!》
浮遊感から一転。
「ぎゃんッ!!」
地面に投げ飛ばされたわたしの口から、最初の悲鳴が漏れた。
それを皮切りにして、閉じた店内からも絶叫や騒音が上がり始める。
「いっ…………いたぁあい……。外に出た瞬間にポイ捨てなんてひどいですよぉ……!」
「酷いのはお前の醜態よっ……! いつまで見苦しい姿を晒しているつもりなのよ!」
びたーんと街路に投げ出されたまま、仰向けにF様を見上げる。
(ふへ……♡ 本気で怒ってる……。投げられるの分かってたのに、受け身取れなかったぁ……♡)
月をバックに背負って仁王立ちするお姿は、お忍び町娘の衣装でも……きっと影の黒装束でも、なにひとつ霞むことのない傲慢なまでの気高さと品格に満ちていて。
わたしはやっぱりこの方が好きだなあとしみじみ思った。
「みっともなく伸びてないで、お座りなさい」
「はぁ〜い♡ ……ん、しょ……っと。《完全治癒》」
モブおじを踏んづけた時に捻った足と、打ち付けられた背中の痛み、そしてふわふわ気分だったアルコールが全て消えて何もかもがクリアになる。
正座待機で仰ぎ見れば、薄暗い月明かりの逆光のなかでF様の瞳が揺らいで、二人同時に息を飲んだ。
「っ……! お前…………その魔法、聖女の……!?」
「まあ……そうなんですよね。実は」
だって、乙女ゲームのヒロインだから。
今までわざと隠してたわけじゃないけど、自分から『わたし聖女なんです♡』なんて言う気にもならなくて黙っていただけ。
「Fさまとわたしだけの、秘密ですよ」
「…………どうして」
「聖女だってバラせば死罪にならなかったんじゃないかって、思ってますか?」
ここまで純粋に呆然とするF様がめずらしくて、ついじっと見つめてしまう。
どうせならまん丸なブルーサファイアの瞳が見たかったなぁ。
「Fさまは、わたしが聖女として生きられると思いますか?」
「無理、ね……」
「そういうことですよ! 周りに知られるときっとややこしいので、黙っていてくださいね? わたしはただのM。Fさまの相棒のMのままでいたいんです」
とっておきのスマイルもF様にだけは一ミリも効かなくて、苦虫を噛み潰したような顔でじっとりと見つめられる。
取るに足らない雑魚だと思ってたわたしが、"フレイヤ様"よりも『重用されるべき存在』だったことが、許しがたくてしょうがないんだろうな。
「……わたくしは、お前が相棒だなんて認めた覚えはないわ。お前のことなんて大っ嫌いだし、お前のせいで毒杯を賜ったことも、許していないの……!」
「はい……。そんなところも好きです」
ぶっちゃけると、フレイヤ様って本当に苛烈で底意地の悪い嫌がらせや裏工作も散々してきてるし、最後のアレはわたしのせいじゃないと思うけど。
ブレずに『全てお前が悪い』と憎しみに転換するヴィランとしての矜持が愛おしいから、ずっとそのままでいてほしい。
「フン……! いくら聖女の固有魔力を有していたとして、所詮お前は気持ちの悪い駄犬でしかないのよ!」
「う〜ん……。おっしゃる通りで……」
最推しが死罪を告げられた瞬間。
なんかもうどうでも良くなっちゃって、どうせなら一緒に終わっちゃおうと投げ出したわたしは、確かに駄犬でしかなかったと思う。
「……っ、来なさい。こんな所で夜を明かすつもりはないわ」
「あれ……。今日は置いてかないんですか?」
慌てて立ち上がり、颯爽と歩き出すF様を追いかけながら問いかける。
F様はさらっと自分とわたしに隠匿と遮音の魔法をかけて、一瞬だけ振り返った。
「帰り着いてからだけじゃ、時間が足りないのよ。今日の任務のお説教もあるけれど。なんだか無性に腹が立って仕方がないから、わたくしの鬱憤が晴れるまで罵られていなさい!」
「わあお……。朝までコースですか?」
「そんな馬鹿げたことするはずないでしょう? 眠くなったら寝るわよ」
しれっと同じ方向に走る馬車の屋根に音もなく飛び乗りながら、F様がそんなことを言う。
「んふっ……! そうなんですか? 実はそんなにお怒りでない?」
可愛すぎて変な声をもらしながら、わたしも隣に着地する。
姿も見えないし気配も無いけれど、急に二人分重くなったことで流石に速度が落ちたし馬がびっくりしてそうだった。
「お前、自分がどれだけ叱責に値する行いをしたかの自覚がないのね。溜飲が下がらなければ起きてからも続きをするに決まっているじゃない」
「あっ……そういう……」
日を跨いでも継続されるシステムということは、寝て起きたらリセットされるわけじゃ無いF様の恨みつらみと本気のお説教なら、おそらく三日は罵倒され続けることになると思う。
「だいたいお前は――」
早速始まった怒涛のダメ出しを聞きながら、F様が寝落ちしたら蜂蜜キャンディを調達しに行こうと決めたわたしだった。




