MISSION1(後):もっとお金が動くところが見たぁい♡
「今から今日の分の招待状を手に入れようってのは、難しいんじゃないかな。次の開催は二月後だけど、精々それに間に合うくらいじゃないか?」
意外とまともな提案をするおじさんに、わたしたちが本当に一般人なら『なんて優しいひと♡』なんて喜んだのかもしれない。
だけど、こちとら今日のお仕事でどうしてもVIPルームに行かないといけないのでぇ。
「まあ……。そうですの。では、次回のために有り難くご教示いただいてもよろしくて?」
「ええぇ〜! やぁだぁ……! ミリアムは、今日っ♡ フラウさまの素敵なところが見たいのぉ……♡」
聞き分けのよい淑女を演じるF様にしなだれかかるように抱き付いて、おじさんにもよく見える斜めの角度から上目遣いでうるうる。
(ふひ♡ チョロザコくんならこれでイチコロだけど、おぢさんは耐えられるのかな……?)
ついでにスリットから太腿もチラリズム。
「およしなさい、ミリアム? せっかくのご厚意なのだから、ワガママを言わないの(安売りしてんじゃないわよ、この愚物がっ)」
「やあん……怒られちゃった……(チャンスをモノにするだけですぅ。安売りじゃありませーん♡)」
くすんとド下手くそな泣き真似をしてF様から離れたわたしは、おじさんの手を取って微笑みかける。
長い手袋越しだけど、なんとなくネットリしてる気がして、借り物でよかったなぁなんて思いつつ。
「そうだぁ♡ お兄さんが、ミリアムたちのこと、一緒に連れて行ってくれればいいんじゃないです? ほらっ、そうしたらお礼になんでもしますからぁ〜♡」
「んんっ…………なる、ほど……?」
腐っても死んだ扱いでも、乙女ゲーヒロインスマイルに抗えるモブなんてそうそういるわけないんだよね。
おじさんお疲れ様ですっ。
「なんでもだなんて、気軽に言ってはいけないでしょう? 申し訳ありませんわ……。このように不躾な……」
「……っ、いや? 良い案だと、思うよ……? いやいや! 別にお礼がどうとかじゃ無くてっ……連れとして一緒に行こうってのが、だよ?」
わたしの腕を軽く引いて『その手を離しなさい』と言外に言うF様を無視して、おじさんの手に指をねじ込み恋人繋ぎに絡め取る。
もはや脳は沸騰寸前なんじゃないだろうかと心配になるほど顔を真っ赤におじさんは、慌てふためいたままわたしの望み通りのカードを切ってくれた。
「まあ! そんな……よろしいのですか?」
「わあ♡ ありがとう、おにいさぁん♡」
すかさず二人がかりで『お礼の先出し』で逃げ道を塞いで、"百合の間に挟まる男"になれそうな良い夢を見させてあげるべく、さっきF様にしたように腕に抱き付いて微笑むサービス精神旺盛なわたし。
ピクリとF様の眉が一瞬歪んだけれど、それどころじゃないおじさんが気が付くことはないだろう。
(あれぇ……。アッサリ成功したのに、なんで怒ってるんだろう……?)
F様ってば、わりと潔癖なくせに自分から脂の乗ったおじさんをターゲットに選んで、やっぱり不快だわとか思ってらっしゃるのかしら。
もしそうなら完璧冷徹暗部お嬢様のうっかり、かわゆすぎて滅されちゃいそう。
"招待状"といいながら、現物は目の部分に赤い宝石のはめられた黒いスワンのピンバッジだったらしい。
ボーイの格好をした警備員が封鎖していた特別室の扉は、おじさんがジャケットの内側に付けたソレをチラ見せすると、いともたやすく開かれた。
「この先は、本当ならオモテで二年は遊んでないと声がかからない特別な場所なんだよ。それに……ただ遊んでるだけでも駄目なんだ」
「そうなんですかぁ〜? わあ♡ お兄さんって、実はすっごいひとだったりするんです?」
適当に話を合わせながら、応えてくれるかは分からないけど、影の通信でF様と会話を試みる。
《ここ、魔力剥がしの結界張ってあるんですねぇ〜。だから今回、色変えの魔法じゃなくて魔法薬で髪染めたんですね?》
《……お前、本当にほとんど話を聞いていなかったのね。そうじゃなければ、わざわざわたくしたちが魔力パスの通じた魔道具を持ち込む必要なんてなかったでしょうに……!》
なるほど。
応えてくれて嬉しいしかないけど、あのときアルおじはそんな感じの話をしていたんだなぁ。
「――ほら、ここから先はもう別世界さ! 右も左も分からないだろうし、初めは一緒に付いていてあげようね」
上の空で長い階段を降りていたけど、どうやら目的地に到着したらしい。
フロアに入ってしまえば、あとは手筈通りに魔道具を起動するだけ。
「えへ♡ ありがとね、おじさぁん。でもね、もういいかな♡」
「えっ……?」
パッとおじさんから離れて、いつの間にかフロアの真ん中に立っているF様の腕に抱き付くわたし。
F様は忌々しそうにしながらもわたしを振り払わずに、親機とパスで繋がっている魔力ストックみたいな子機の魔道具を起動した。
「《暗転》」
冷たく鋭い声音がすぐ近くから発せられて、ぞくりと背が震えたのは歓喜からだった。
魔道具を起動するだけで良かったのに、フロア中を暗闇で包み込んで、F様は気怠そうに髪をかき上げた。
「《遮音》っ! ひゃわあぁ……♡ Fさまカッコよすぎですってば……! 殺す気ですか?」
「……殺しても死んでくれなさそうな女のくせに、なに言ってるのよ。突入部隊が来ればわたくしたちはもう用済みなんだから、撤収しやすい場所で待機するわよ」
「ふぎゅっ!」
ドレスのホルター部分を思い切り引っ張られて、首が締まって潰れた声が漏れる。
真っ暗闇で阿鼻叫喚な人たちの合間を縫って、出入り口にほど近い壁際へと連行された。
叫び声のひとつも聞こえないのは、《遮音》の対象を反転させて周りの音を遮断したからなんだけど。
騒音がキライなF様のためにとっさに発動させたんだから、少しくらい褒めてくれてもいいのに。
(いやまぁ。ホントに褒められたらびっくりしちゃうから、別にいいんだけどさ。それよりも……)
「なんでわざわざ《暗転》なんて使ったんです? 放っておいてもそのうち他の影が来るのに」
要らない労力を割くなんてF様らしくないなぁと思って聞いてみると、F様は仮面の奥の瞳を細くしてツンと顎を反らした。
さっきからなんだかF様のご機嫌が悪いみたいだけど、それはそれで悪役令嬢様の魅力が存分に溢れてて最高です。
「……お前、わたくしが離れなければ、突入まで賭場で遊ぶつもりだったでしょう?」
「えっ? なにかダメでした? っていうか、わたしが遊べないようにするためにあんな大技使ったんですか……!?」
まさかそんな理由だったなんて思わなくて、つい大きな声が出てしまった。
それなら先に言葉で伝えてくれれば良かったのにと思わなくもないけれど、実際あの大立ち回りは死ぬほど格好良かったし、F様もたまにはスカッと魔法をぶっ放したかったのかもしれない。
「ダメに決まっているでしょう! あくまでも任務なのよ? 何が悲しくてあんな中年と同伴で違法賭博場を回らなきゃならないのよ……!」
違った。
普通に責任感とハニトラ任務への苛立ちだったのかも。
「根が真面目なんですよねぇ……Fさまって……。あっ。さっきのおじさん、踏まれてる」
「フン……。"影"以外には何も見えない闇だものね。目が慣れることもないまま、全員捕縛されるといいわ」
闇のカプセルに閉じ込められたような状態の大量のモブさんたちは、みんながみんな手探りで出口を探すものだから、ぶつかり合ったり押し合ったり転んだり……。
なんともいえない地獄の様相だった。
「エゲツないですよね、Fさまのオリジナル禁術……。範囲から出ることも出来ないし……。あっアルおじ来ますね? 帰りましょうか!」
素晴らしき悪行を褒め称えようとした時に、すぐ近くにアルファおじさんの魔力の気配を感じた。
全員の魔力の波長を把握しているわけじゃないけど、組織のツートップのアルファとベータの魔力はなかなかに特徴的だから分かりやすかった。
「《暗転》は禁術じゃないわよ。少し改編しただけじゃない。……お前の魅了まがいの"すまいる"とやらのほうがよっぽど――」
《お疲れ、先行隊〜。今こじ開けるからもう帰っていいぞ〜》
F様が天才の所業をしれっと何でもないことのように話していたら、アルおじからの通信が入った。
結局《影潜》じゃなくて物理でこじ開けるんじゃん、とツッコミたい気持ちもあったけど。
暗闇でただ待機するだけなんてつまらなかったから、わたしは離脱の許可を素直に喜ぶことにした。
「わあい! 帰れるぅ! ……あれ、そういえばFさま、さっきまだなにか言おうとしてました?」
「……っ、もういいわ。忘れなさい」
なぜかむっすりと唇を尖らせていたF様に問いかけると、F様は思い切り顔を逸らして、追い払うみたいに手を振った。
「ええぇ? 気になりますぅ〜!」
「うるさいわね! 任務はもう終わりなのよ。帰りは別々だって文句は言われないでしょ……。帰るわ」
言うが早いか、F様は軽やかに地面を蹴っていきなりトップスピードで出口へ駆け出してしまった。
わたしには見えているけど、どうやら《隠匿》で姿も消しているようだった。
「やだ待って! 置いてかないで下さいよおぉぉっ……!」
慌ててあとを追ったけれど、不意打ちで初動が遅れたぶん、多分もう追いつけない。
少し前まであんなに優しいお姉様として可愛がってくれたのに、任務が終わった途端にポイなんて酷すぎる……!
(って、わたしが言えたことじゃないのは分かってるんだけどぉ)
本部まで別々に帰らなきゃならないのはさみしいけど、仕方ないね。
F様のことだから、またお部屋でこっぴどく今日の反省会もして下さるだろうし。
あんまりお待たせするわけにはいかないと、闇に溶けて煩悩まみれで駆け抜けていたら。
うっかりF様よりも早く帰り着いて、余分に額を小突かれるハメになったけれど、ある意味ではそれもご褒美でした。




