第30話:エプロン勇者と「真理のバケツ」
お読みいただきありがとうございます!
第30話は、離宮に加わった「新人清掃員」たちの過酷な修行の日々を描きます。
伝説の武具を失ったヴォルグたちが次に手にしたのは、フェイト特製の規格外な掃除用具でした。
「掃除とは何か」という根源的な問いに直面し、精神を削りながらも磨き続ける元勇者たち。
フェイトの指導によって、彼らの能力が思わぬ方向へと開花していく様子をお楽しみください!
離宮の裏庭では、かつて「光の勇者」と称えられたヴォルグが、震える手でバケツを抱えていた。
彼が今対峙しているのは、魔王軍の幹部でも凶悪なドラゴンでもない。離宮の厨房から排出された、油汚れ一つないはずの「排水パイプ」である。フェイトの基準では、そこにわずかな水垢が停留することすら「空間の汚染」と見なされるのだ。
「いいか、ヴォルグ。力を込めて擦るんじゃない。汚れの『意志』を読み取り、それを優しく【分解】の概念へ導くんだ。君の動きは雑すぎる。それでは汚れを散らしているだけだ」
フェイトはそう言いながら、自ら手本を示すように指先一つでパイプに触れた。彼がなぞった跡からは、目に見えない微細な魔力の塵がキラキラと霧散し、金属が産声を上げたかのような輝きを取り戻す。
「わ、わかっている……! だが、このスポンジ……重すぎないか!? なぜ魔力を込めないと動かないんだ!」
「それは『概念重圧スポンジ』だからな。持つ者の精神に曇りがあれば、それは鉛より重くなる。君が今、自分の境遇を呪い、過去の栄光に縋っているから重いんだ。心を『無』にし、ただ目の前のヌメリと対話しろ」
ヴォルグは歯を食いしばり、半泣きになりながらスポンジを動かす。一方でミレーヌは、洗濯場において、フェイトが独自に開発した「高周波洗浄魔法陣」の調整を任されていた。
「ミレーヌ、水流の回転数が一秒間に二回足りない。それでは繊維の奥に潜む『昨日の後悔』が落ちきらないぞ。もっと魔力の波形を鋭く、かつ繊細にコントロールするんだ」
「そんなこと言われたって……! 私は聖女なのよ!? 泥だらけの靴下を洗うために神の奇跡を授かったわけじゃ……!」
「いいや、清潔こそが最大の奇跡だ。汚れを放置した聖女など、ただの不衛生な人間でしかない。……ほら、また泡立ちが濁ったぞ。集中しろ」
フェイトの容赦ない指導が飛ぶ中、離宮は奇妙な活気に満ちていた。
かつては世界を救うという大義名分のもと、自分たちの足元の汚れすら見ようとしなかった者たちが、今は必死に一筋の曇りを消すために魔力を振り絞っている。皮肉なことに、戦場にいた頃よりも彼らの魔力操作は精密になり、精神は研ぎ澄まされつつあった。
「……フェイト様。彼ら、意外と筋が良いのではありませんか? ヴォルグさんの拭き掃除、少しだけ『螺旋円運動』の理に近づいていますよ」
エルシアが感心したように呟くと、フェイトは満足げに頷いた。
「ああ。やはり基礎体力がある分、汚れとの格闘にも根性がある。……よし、ヴォルグ。そのパイプが終わったら、次は離宮の屋根に溜まった『宇宙からの塵』の除去だ。宇宙の真理に触れるチャンスだぞ」
「宇宙……!? もう勘弁してくれ、フェイト! 俺はただの勇者でいいんだ、銀河規模の清掃員になりたいわけじゃない!」
絶叫するヴォルグの声は、磨き上げられた離宮の壁に美しく反響し、どこまでも清らかに吸い込まれていった。
彼らが真の「掃除の真理」に到達するまで、フェイトのスパルタ教育が終わることはないのであった。
第30話をお読みいただきありがとうございました!
「昨日の後悔」まで洗い落とそうとするフェイトの洗濯術、もはや物理現象を超えて精神医学の域に達していますね。
ヴォルグも、魔王と戦っていた頃よりよっぽど真剣な顔でスポンジを握っているのが皮肉なところです。
「宇宙からの塵」の清掃という、さらなる無茶振りに彼らがどう応えるのか……。
エプロン姿が板についてきた元勇者一行。
彼らがいつか「真理のバケツ」を極める日は来るのでしょうか。
このシュールな師弟関係を応援してくださる方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価で応援をお願いします!
次は、掃除の修行を終えた(?)ヴォルグが「清掃奥義」を編み出すお話にしますか? それとも、修行中の彼らの前に、かつて自分たちが助けたはずの町の人々が現れて気まずい思いをする話にしますか?




