十、散ずる百日草
カイエンが起きてきた時、ぼくたちは玄関ホールで昼ごはんを食べていた。
「なんだってこんなところで?」
と呆れ顔のカイエンに、ミミが
「しょうがないでしょ! いつ襲われるかわからないんだから、食事と入り口の見張り、同時進行なの!」とモゴモゴ答える。
「口に物を入れたまま喋るな」
カイエンはそう言って、吟遊詩人の横にどかりと座った。
そのまま、カイエンも簡易的な昼食をつまんだ。食事が終わり、一息ついたところで、「ぼっちゃんの前であれなんだが」と彼はぼくの方をチラリと見て言った。
「先生、笛で動物を操るってのは、可能ですかね?」
「動物、ですか」
仮面を被った赤髪の男は、顎を撫でながら
「昨日の夜は、俺が見張りをしていたじゃないですか。侵入者がいたら、わかりそうなものですよ。俺の目をかいくぐるなんて、よっぽどの手練れか、もしくは——」
「人間じゃないか、と」
「例えば、笛でヘビを操って人を絞め殺させる……なんてのは出来ますかね」
笛で、と言う言葉を聞いて、ぼくは身体がビクッとした。
「ああ……実は私の故郷でも、そのような物語がありました。とても人気で有名な作品です。まさに、笛の音で操って、ヘビに人殺しをさせたのですが」
「え!? そうなの?」
ミミが驚いて声を上げる。
カイエンも身を乗り出した。
(そんな……じゃあ、本当にユーリが二人を殺させたの?)
「いえ、あくまで『物語』なんですよ。事実ではありません」
吟遊詩人の男は、そう言ってため息をついた。
「実はヘビは音が聞こえないのです」
「ええ? そうなの?」
「はい。笛の音が聞こえるほど耳が発達していません。ですから、笛でヘビを操ることは出来ないのです」
「そうか……」
カイエンはそう言って頭をかいた。
「ヘビだとしたら、見落とした可能性もあるかと思ったんだがな」
そして、「悪かったな、ぼっちゃん」とぼくに頭を下げた。
「いえ……そんな」
そう言いつつ内心ぼくはほっとしていた。
大切なユーリが疑われている状況というのは、耐え難い。
そこで、ぼくはふとジニアのことが気になった。
「あの、そろそろジニアを起こしましょうか」
ぼくの提案に、吟遊詩人も頷いた。
「確か、使用人の方の部屋は一階の右奥でしたね」
そこで、四人でジニアの部屋に向かう事にした。
ジニアの部屋の扉をノックする。しかし、返事は返ってこない。
「ジニア、おーい。まだ寝てるのかな」
ぼくは何の気なしにノブへと手を回してひねった。
鍵がかかっている。
それはそうだろう。いつ殺されるかわからないのだから、部屋の扉は施錠するはずだ。
「ジニア、ねぇ。おーい」
また扉をノックする。しかしジニアは出てこない。
首の後ろに嫌な汗をかき始めた。
大丈夫。だって鍵は閉まっているじゃないか。
きっと彼女は疲れが溜まっていて、ぐっすりと眠っているのだ。
「アイビーさん」
ノックを繰り返すぼくに、吟遊詩人が低い声で言う。
「鍵を」
そう言われて、最初はなんのことかわからなかったが、そういえば、鍵の束をぼくが預かっていたことに気がつく。
沢山の鍵の中から、使用人部屋の鍵を探し出すのに手間取ったが、ようやく見つけ出し、扉を開けた。
「ジニア、わたしだよ」
入ろうとするぼくを制して、カイエンが先に中に入る。
そして、「先生!」と鋭い声で吟遊詩人を呼ぶ。
「え? 何? 大丈夫だよね? どうしたの? ジニア?」
ぼくの質問に誰も答えない。
吟遊詩人も、カイエンも、そしてジニアも。
ぼくの質問に何も答えない。
「ねえ、答えてよ。ジニア、ほら。どうしたの。ジニア!」
中にいるカイエンを押し退け、ベッドで横になっているジニアに駆け寄った。
一目で分かった。
彼女がもう、息をしていないことを。
首には、他の二人と同じような、赤い跡が残っていた。
吟遊詩人が、部屋の窓を確認する。
ガタガタと音を立ててゆするが、窓は施錠されている。
「窓も、扉も施錠されていた、ということですね」
「え……どういうこと? それなら、誰も中には入らないんじゃない?」
「その通りです」
吟遊詩人の男は、ミミの言葉に頷いた。
「私の故郷では、こう言った状況を『密室殺人』と呼びます」




