九、不在の友を思う
「一つよろしいでしょうか?」
吟遊詩人の男が、ヒョイと手をあげるた。
「念のために申し上げておきますが、私たちではありませんよ。暗殺者は」
彼の言葉にぼくは思わず目を丸くする。
けれど、ジニアは顔色を変えず、じっと男を見つめた。
そして「それを証明できますか?」と静かに言った。
「ちょっとジニア、失礼だよ」ぼくは慌てるが、ジニアは一歩も引かない。
「そうですね……夕食後、私たちは全員ダイニングホールに残り、アイビーさんとお話をしていました。ですので、デイジーさんを殺害する機会は三人ともなかったと言えます」
ぼくは「そうだ、わたしと一緒だったよ」と頷いた。
「カメリアさんが襲われた時、おそらく深夜から明け方にかけてだと思われますが、私とミミさんは客室で休んでいて、カイエンさんは屋敷内を見回っていました。ですので、無実を証明するのは難しそうですが……」
「しかし、どう考えても、二人を殺したのは同一犯だろう」
カイエンが口を挟む。
「デイジーを俺らが殺し、カメリアを別の誰かが…というのは考えにくい」
「そうですね」とジニアが頷く。
「旦那様から信頼されて、こちらにいらした方々ですものね。大変失礼いたしました。どうか無礼をお許し下さい」と彼女は頭を下げる。
「いえいえ、当然ですよ。なにせ、私たちが来た途端、こんな事件が起こってしまい……」
と吟遊詩人は答えた。
「この島に来るよう依頼したのがお父上ではなく、別の誰かなのではないか、と考えるのも、自然な事だと思います」
ジニアらしいな、とぼくは思った。
本当だったらジニアだって、お客に失礼な疑いなどかけたくないだろう。
皆が嫌がるような損な役回りを、自分から進んで買って出てくれる。
彼女だって、本当は心細いに違いないのに。
何かあってはいけないので、屋敷の見回り中は、五人で固まって行動する事になった。
まずは、ユーリの部屋だ。
屋根裏部屋へと続く扉を開けたところで、笛の音が大きくなる。
「ユーリ? いるのかい?」
進もうとしたところでカイエンに止められる。
まずは自分が、と階段を上がっていき、少し待つと合図があった。上がっても大丈夫ならしい。
ぼくたちが上がっていっても、ユーリは変わらず笛を吹いている——そう思った時だった。
「あ……ああ…………」
ユーリは手をワナワナと振るわせ、笛を取り落とした。
その視線の先には、吟遊詩人の男がいた。
「……? どうかされましたか?」
男は、首を傾げユーリに訊ねる。
その声を聞くと、ユーリはハッとした。そして「いえ、人違いです」と、か細い声で言った。
まるで、吟遊詩人の姿に見覚えでもあるのか、随分と驚いているようだった。
ユーリは、落とした笛を拾うと、それを口元に持っていった。
「ちょっと、ユーリ!」
ジニアが、つかつかとユーリに近づく。
そして、ユーリの頬を叩いた。
再度笛が落ちる。それをまたもや拾おうとするユーリをジニアは掴み、そのまま壁に押し付けた。
「いい加減にしなさい。デイジーも、カメリアも死んだのよ。次はあたしかもしれない、アイビー様かもしれない、誰がやられるかわからない。そんな状況なのに、何で呑気に笛なんか吹いているのよ」
ジニアは半分、泣いているようだった。仲の良かった同僚が、突然知らない人になってしまったようで、混乱しているんだと思う。
「おい、もうその辺にしな」
カイエンが止めに入り、二人は離れた。
吟遊詩人とミミが部屋の中を見て回っている。
「人が隠れられるような所はなさそうですね」
結局なんの成果もないまま、ぼくらは、屋根裏部屋を後にした。
そのまま三階を見回ることにした。ジニアが各部屋の鍵を持ち、一つ一つ開けていく。そして、誰もいないか確認してから施錠する。それを繰り返していると、ユーリの笛の音が聞こえてきた。
「もう……もう、あの子一体なんなの……」
いつも冷静なジニアが、かなり感情的になっている。
「大丈夫? ジニア。少し休む?」
ぼくが言うと、ジニアは泣き笑いのような顔を浮かべ、「申し訳ございません、アイビー様。先程もお見苦しいところを……」と言った。
そのままぼくらは、二階、一階と見て回った。
使っていない部屋もかなりあるのだが、吟遊詩人の男は、何が気になるのか「ここは元々何のための部屋ですか?」と一つ一つ聞いてくる。
その度に、ジニアが「ここは執事の部屋として使われる予定でした」だとか、「おそらく料理人の部屋だと思われます」と説明する。その辺りのことは、ぼくも曖昧だ。
屋敷を一階まで見回ったが、暗殺者が隠れているような気配は全くなかった。
ふとジニアを見ると、顔色が悪く、足元もふらついている。
「ジニア、大丈夫? 具合が悪い?」
「ごめんなさい、ちょっと私……部屋で休んでいてもよろしいでしょうか」
カイエンが頷いて、「交代で休むことにしないか」と言った。
「俺も、夜に備えて仮眠をとりたい」
そういえば、昨夜はカイエンが、寝ずの番をしてくれていたのだ。
二人はそれぞれ部屋で休むことになった。
ぼくはジニアから鍵の束を受け取った。屋敷中の鍵が集まると、ずしり重くてまるで手枷みたいだ。
「すみません、アイビー様。後をよろしくお願いします」
ジニアはそう言って部屋に入って行った。
そして、事件は繰り返されることになる。




