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後宮の魔女〜輿入れした薬学魔法マニア妃は宮中を魔改造ならぬ魔法改造する〜  作者: 朱坂卿
第九症 野馬台の土蜘蛛遣錦使の大錦症候群と裏宮妖女の難産
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#38 大錦症候群の治療

「あなた……裏宮妖女さん?」

「ふふ……おーっほほほ!」


 私が驚いたことに。

 狐之妖妃を、私たちが術で操った土蜘蛛に襲わせようとした矢先。


 狐之妖妃を――自分の母親を庇う形で裏宮妖女が生まれ出た!


「くう……我が弟子よ!」

「は、はい師匠! ……玉帝有勅、神硯四方! 土精(ノーム)所司五志之思、夢幻之香使妖魔襲狐之妖妃! 急急如律令!」


 だけど私は、素早く去魔に指示を出し。

 再び夢幻之香を焚かせたわ。


 すると土蜘蛛は、先ほどまでひっくり返りジタバタしていた体勢から立ち直り。


 そのまま、また素早く狐之妖妃に向かって行く!


「ふう……魔王開封、四凶所被流於四方! 木魔(オリエンス)土魔(アマイモン)所司五志之思、急急如律令!」

「!? く、蜘蛛が!」


 だけど、それに対して裏宮妖女は。


 向かい来る土蜘蛛に右手を翳し、私の夢幻之香を掻き消すと思われる魔薬妖術を振るい。


 土蜘蛛の操りを無効化した!

 それで土蜘蛛は、くるりと向きを変えて私たちに向かって来る!


「まったく……笑止千万ですね、土蜘蛛! 母上に救われその恩に報じたいと宣いながら仇に操られようとは……しかし、その罰はしかと受けてもらいます!」


 裏宮妖女は笑い、そして。


「魔王開封、四凶所被流於四方! 水魔(アリトン)木魔(オリエンス)所司五志之怒、魔薬使妖魔強、急急如律令!」


 魔薬妖術を、土蜘蛛に施し。

 更なる強化を促して来た!


 ◆◇


「ぐっ!? こ、これは……先ほどの薬より強い……ぐっ、がはっ! なるほど……これが」


 その頃。

 長我麿は部屋で床に伏せりながら。


 自分の分身とも言える土蜘蛛が浴びせられた魔薬妖術と共鳴して、もがき苦しんでいるわ!


 ――ふふ、苦しいでしょう土蜘蛛? しかし、まだまだ終わりませんよ……操られたとはいえ母上を襲いし報いは、これから!


「ぐっ……はい、狐之妖妃殿……あなたへの、恩返しになるならば!」


 長我麿は苦しみながらも。

 むしろ顔には、喜色を浮かべているわ。


 ◆◇


「まったく、しゃーがないわね……やるしか!」


 私は大いに、戸惑うけど。

 元より、ここは戦場!


 やるより他に、しゃーがないのよ!


「玉帝有勅、神硯四方! 金精(エーテル)木精(シルフ)所司五行之木、急急如律令!」


 私は破れかぶれに、幾度か既に破られた薬学魔法の調合を試したわ!


「あらあら、もう手詰まりですか後宮魔女? …… 水魔(アリトン)木魔(オリエンス)所司五行之木、魔薬使妖魔強、急急如律令!」

「む! 蜘蛛が!」

「し、師匠!」


 ああら、だけどやっぱりというべきか。


 土蜘蛛にはまったく効かず、裏宮妖女は更なる強化を魔薬妖術により土蜘蛛に施して来た!


「くっ! もう!」


 私は暴れ回る土蜘蛛を前に、歯軋りする。

 いたちごっことはまさにこのことね、キリがないわ!


「玉帝有勅、神硯四方! 金精(エーテル)生金鎖、捕妖魔! 急急如律令!」

「あら……おほほ、まだ過去に失敗したやり方に縋るしかないとは滑稽ですわね!」


 むう、また裏宮妖女が何か言ってるけど!

 しゃーがないでしょ、実際手詰まりなんだから!


 私は破れかぶれで、土蜘蛛を金鎖により拘束した。


「師匠!」

「分かっているわよ、私の弟子! さあて、どうしたものかしらね……どうやってあの裏宮妖女を……ん?」

「? し、師匠?」


 ……ん、裏宮妖女?

 私はそこまで言いかけて、口を噤んだわ。


 ――離宮(lígōng)ではなく、裏宮 (lǐgōng)!?


 去魔から離宮で報告を受けた時の記憶が、蘇って来たから!


「……そういうことね、なら! 我が弟子、また夢幻之香を!」

「はい! ……え!? で、でもそれじゃあまた魔薬妖術に」


 あらあら、私がそう言ったら去魔はキョトンとしているけど。


「いいから、早く!」

「は、はい! 玉帝有勅、神硯四方! 土精(ノーム)所司五志之思! 急急如律令!」


 私は四の五の言わせず、去魔に夢幻之香を焚かせたわ!


「あらあら……なあに、まだ懲りずに妖魔を操ろうと言うのですか? だけどご存じの通り無理です…… 魔王開封、四凶所被流於四方! 木魔(オリエンス)土魔(アマイモン)所司五志之思、急急如律令!」


 だけど、やはり裏宮妖女も!

 魔薬妖術を土蜘蛛に施して、対抗して来たわ!


「ええ、でもいつも通りじゃないもの! ……土精(ノーム)金精(エーテル)所司五行之金、急急如律令!」

「な……ふん、調合をそれで変えたおつもりですか! しかし……木魔(オリエンス)火魔(パイモン)所司五行之火、火克金、急急如律令!」


 む、私が調合を変えたら!

 あっちも、調合を変えて来たわ!


「またこれじゃいたちごっこじゃないの! ……金精(エーテル)水精(ウンディーネ)所司五行之水、水克火、急急如律令!」

「くっ、まだまだですわ! …… 火魔(パイモン)

 土魔(アマイモン)所司五行之土、土克水、急急如律令!」


 ふう、こっちが調合を変えればあっちも変えて来て!

 今自分でも言ったけど、これじゃ本当にいたちごっこね!


 ◆◇


「ぐうっ……ん? な、何やら、眠気が……」


 再び、長我麿の部屋では。


 さっきまで長我麿は私と裏宮妖女の薬によるせめぎ合いに苦しんでいたけれど、ついに。


 私の薬の方が効いて、眠りに落ちるに至ったわ!


「ん……あれは野馬台の……故郷の、三笠山から見える月、か……?」


 そのまま、長我麿は。

 私が彼の記憶から引き出した、野馬台の思い出を見ながら。


 そっと眠りに、落ちて行く――


 ◆◇


「くっ、はあはあ……おのれ、後宮魔女! あなたは……」

「ふふ、はあはあ……ありがとう、おかげであの蜘蛛の元を断てたわ……」


 再び、後宮の屋根上では。


 私と裏宮妖女がちょうど、せめぎ合いを終えた所。

 ふ、やっぱり私が勝った!


「! し、師匠危ない!」

「え……きゃあ!」


 だけど、その余韻に浸るも束の間。

 突如として火が放たれ、私を去魔が庇い諸共に屋根下に落ち。


 土蜘蛛は一瞬の内に、焼き尽くされたわ!


「だ、大丈夫我が弟子?」

「はい、師匠こそ……」


 まったく、マセガキね。

 でも……ありがとう。


「さあて……お仲間の妖魔もそんな簡単に消しちゃうの?」


 私はそうして。

 宙に尚も浮かぶ狐之妖妃と裏宮妖女に、そう嫌味を言ってやったわ!


「ふん……元より、其奴は用済みであったまでよ!」

「は、母上! わたくし、後宮魔女に止めを!」


 狐之妖妃はそう答え。

 裏宮妖女は、何が何でも私を潰そうとする勢いだけど。


「ふふ、裏宮妖女……今宵はここで終いとしよう! そなたが産まれたのみにても良いことよ……」

「! 母上……」


 だけど狐之妖妃は、そう言って。

 裏宮妖女の頭を、撫でた。


「そういうことですから、後宮魔女! 我が母上の温情に感謝なさいな……では! 魔王開封、四凶所被流於四方! 火魔(パイモン)所司五行之火、急急如律令!」

「む! 玉帝有勅、神硯四方! 水精(ウンディーネ)所司五行之水! 急急如律令!」


 そうして裏宮妖女は、挨拶代わりとばかりに魔薬妖術による火をぶちまけて来たから。


 私は即座に、薬学魔法で打ち消したわ!


「し、師匠!」

「ええ、私は大丈夫よ去魔ちゃん……だけど。仇はもう、いないわね……」


 私たちが、空を見上げれば。

 狐之妖妃も裏宮妖女も、大口を開けていた裏宮も。


 姿を、消していたわ。


 ◆◇


「もう、これで大錦症候群は大丈夫そうですね……後はこの香炉を。眠れないようでしたら、これを焚いてください。」

「ええ、ありがたき御心遣い……」


 その数日後。


 壊れた後宮の修繕が続けられる中、後宮魔女の装いをした私による長我麿の治療が今終わろうとしていたわ。


裏宮 (lǐgōng)……」

「!? ……え?」


 だけど。

 私が(カマをかける意味もあって)発した大錦語の音に、長我麿はピクリと反応した。


 ええ、反応しましたとも反応しましたとも。

 それはもう、()()か何かかしらと思うほどに!


「……あなたへ狐之妖妃がしました言伝。離宮(lígōng)ではなく、裏宮 (lǐgōng)だったようということはご存じですわね?」

「え、ええ……申し訳ない。私が聞き間違えてしまったようでして……」

「なるほど……あくまで四声の発音間違いと?」

「え、ええ……」


 少々問い詰めるようになってしまったけれど。


「……あなたは、陛下の……いいえ。私の味方ですか?」

「!? ……私は、忠や義を尽くす、それのみにございます。」

「……そう。お話へのお付き合い、ありがとうございます……」


 私は更に問い詰めるように言うけれど、これ以上は何も出せないと思って引くことにしたわ。


 ……でも、間違えるはずがないのよ。

 汎詩に堪能なほど、大錦語に通じているこの長我麿が、ね――


 ◆◇


「いやあ、此度の妖魔の騒ぎも長我麿の気の病も同時に鎮めるとは! さすがは後宮魔女、天晴れであるな!」

「ええ、陛下……」


 その頃。

 いつも通りというべきか玉座の間で陛下から私の話を聞かされて、麗零様はお冠ね。


「(後宮魔女、今に見ていなさいよ……)」


 ◆◇


「ふう、ふう! や、やっと着いたか……故郷、大錦じゃ!」


 その頃。


 大錦への到着を喜んだのは、遠路はるばる吐婆の更に西の国・天竹(てんちく)に大錦から行って仏典たんまり持って帰って来た僧侶・玄壮(げんそう)三蔵法師!


「……しかし。早く陛下にお知らせせねば! この仏典のことも……あの()()のことも……!」


 だけど帰郷の喜びも束の間。

 玄壮は顔を強張らせたわ!


 ――我が名は華燿(かよう)夫人……ふふ……


 !? え!?

 な、ななな何と!


 玄壮が思い浮かべた女・華燿(かよう)夫人は。

 他ならぬ、あの狐之妖妃の姿だった!

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