#30 三国妃相見える
「……ったく! こりゃあ枯らしても枯らしてもしゃーがないわね!」
私ははしたないけど、舌打ちをしたい気分になったわ。
目の前の木が、枯らした傍から復活して襲いかかって来るんですもの!
「こんなの……さながら雑草取りね!」
私はまた、舌打ちをしたい気分になった!
◆◇
「ひいっ!」
「な、何これは!」
これも、後で知ったことだけど。
私がそうやって麗零様の部屋の枝を潰そうとしている間にも、この妖樹の枝は。
天井を突き破り、保明妃とミンマー妃のお部屋にも侵入して来た!
「……ご機嫌よう、保明妃殿!」
「ご機嫌よう、ミンマー妃殿!」
「だ、誰……?」
「私は……廻骨の毘那妃です!」
「!? び、毘那妃殿!」
「な、何故……?」
そのまま声の主に呼びかける保明妃とミンマー妃だけど。
(私ですら)思いも寄らないことに、なんと毘那妃は、いきなり本名を名乗った!
いやそこは、妖樹公主と申します、とかボカさない訳?
と、思っていると。
「既に狐之妖妃様からお聴きしております……お二人はそれぞれ雪獅子妃に、不可殺王女でいらっしゃいますね?」
……えええ!?
ま、またもやいきなり踏み込むわねあなた!
「……な、何を!!」
「おとぼけになられずとも分かっております……あなた方が私と同じく、狐之妖妃から力を授けられた者であると!」
「む……そ、そんなはずはないわ! 私は……もが!」
毘那妃の言葉を、その時の記憶を失っているために否定するミンマー妃だけど。
突如として枝から花が開いて、その花粉を吸ったためか。
――さあ……吐婆仏教の伝説に登場する雪獅子! その氷や雪の牙に爪、とくと見せてみなさい……!
「(な……これは!?)」
彼女の頭に、雪獅子妃としての記憶が再び浮かんで来た。
「……いかがですかミンマー妃殿。思い出されましたか?」
「……ええ。」
「あら……吐婆の王女もそうだったとは初耳だわ。」
そうしてミンマー妃の記憶取り戻しが済んだ所で。
毘那妃は。
「あなたたちはこれまで、何を思われたかまだ戦えるというのに後宮魔女に一矢も報いなかったそうね? ……また機があるとすれば、どうかしら?」
「……つまり、どういうこと?」
また保明妃とミンマー妃に、呼びかけている。
「……皆まで言わせないでほしいわ、ここは大錦の周辺三国同士で組まないかと申しているのよ。」
「……なるほど。」
「そ、そんな! 同盟なんて、そんなの父の断りがなければ」
だけど保明妃はともかく、ミンマー妃は記憶を取り戻したばかりとあって混乱しているご様子。
「ミンマー妃殿! ではお聴きしますが……あなたが雪獅子妃としてお暴れになったのは、お父上のご命令あってのことだったかしら?」
「! い、いえ……」
「保明妃殿は?」
「……まあ、命令というのはないわね。」
「……ふふ。」
毘那妃は。
このミンマー妃・保明妃両名の言葉で満足されたみたいで。
「実を言えば、私も命令は受けていないの。私は、いえ私も! あなた方と同じく父の意思を汲み取っているだけよ。」
「意思を、ねえ……」
「そう、だから……私たちが手を組むはすなわち、これまでバラバラに行動していた者たちがたまたま! 同じ目標に向かい行動するだけのこと。そう……この大錦を滅ぼし、その地を祖国に献上するという目標のために!」
毘那妃は、そう啖呵を切る。
「そうよ。私たちは皆同じく、大錦という獅子の身中にいる虫。ならば……今、その獅子を喰らうこともできるということだけどどうかしら?」
「う、うーん……」
「なるほど。」
毘那妃の言葉に、しかし両妃はやや煮え切らないご様子。
「……まあ、この場で即決せよとは申しません。次の夜、返事をください……」
毘那妃も、答えを急かすことはせず。
そのまま言葉を、終えた。
◆◇
「ん!? え、枝の動きが止まった……?」
そんな三国妃の密談があったことはつゆ知らず。
私が驚いたことに、妖樹は動きを止めた。
◆◇
「な、なるほど……して、あのような大樹が後宮の一角にできたと申すか……」
「ええ、左様にございますわ陛下。」
翌朝。
後宮の一角にできた、既に都からも見えるほどに成長した大樹を見て陛下は頭を抱えられている。
「しかし正妃よ、よくぞ無事であった! またも後宮魔女には、礼を言っておかねばな……」
「へ、陛下! 左様なことより! は、早く兵を差し向けあの木をお切りになってしまわれてください!」
「あ……そ、そうであるな……」
だけど麗零様のご無事を喜ばれる陛下。
でも麗零様は私が話に出てきたことが気に食わないらしく、話を逸らされた。
「うむ……兵たちよ! あの木を」
「お、お待ち下さい陛下!」
「!? な……そなたらは!?」
「こら、無礼だぞ宮女に宦官共ごときが軽々しく陛下に触れようなどと!」
そのまま兵を動かそうとされる陛下だけど。
そこに阿青や我吽ら宦官に宮女たちが、押し寄せて来た!
「無礼とは何かしら! 私たち妃に向かって!」
「!? な……お、お妃方まで!?」
だけど、それだけじゃなく。
中級妃や下級妃まで、押し寄せて来た!
「お止めくださいませ、あの木をお切りになることだけは!」
「な、何ですかあなたたちは!」
押し寄せた彼ら彼女らが口々に言うのは、そのことばかり。
……その時その場を、一匹の蝶が舞いつつ人々の血を吸っていたのは内緒。
◆◇
「これは……よ、妖魔の術!?」
その蝶は私の使い魔で。
私は回収させた血を分析して、自室で驚いた。
今言った通り、この血の持ち主たち――阿青や我吽ら宦官に宮女、お妃方――は妖魔の術にかかったということが分かったから。
「師匠! あれは」
「! 去魔ちゃん……あなたは大丈夫!?」
「! え?」
と、そこへ去魔の声が聞こえて来て。
私は、思わずあの子にそう聞き返していた。
「だ、大丈夫というのは」
「あ、ごめん……外の人たちは何故か知らないけど、妖魔の術にかかってあの樹を庇っているみたいなの!」
「な!?」
そう、大丈夫ってのはそういうこと。
まあ去魔は……今の所は大丈夫そうね。
「でも師匠、あの樹を庇っているってことは」
「ええ……この妖魔の病原体は、あの樹よ!」
そう。
去魔も察した通り、あの樹が術の元っぽいわ。
……まあ当たり前のことだけど。
あの樹を庇ったお妃の中に、私や毘那妃にミンマー妃と保明妃はいないわ。
◆◇
「……お待ちしていたわ、ミンマー妃殿に保明妃殿。」
結局樹を庇う人たち(お妃方が含まれていたのが止めだったみたい)によって樹は切り倒されないままこうして夜を迎え。
その樹の根元に、ミンマー妃と保明妃がいらっしゃった。
「ええ、ご機嫌よう毘那妃殿。」
「ご機嫌よう保明妃。」
「ご、ご機嫌よう!」
「ええご機嫌ようミンマー妃殿……さて。あなた方のご意志は、どこにあるのかしら?」
―― 私たちは皆同じく、大錦という獅子の身中にいる虫。ならば……今、その獅子を喰らうこともできるということだけどどうかしら?
昨夜のこの答えを、毘那妃殿は樹を介して声を出しずばり尋ねる。
「ええ、そうね……」
―― こ、これが酥油茶ですか……ち、ちょっと独特な味ですけど、沁み渡ります……
――ええええ、そうでしょうよ! 私にも沁み渡ったほどなんですから……
「……そうね、大錦の奴らなんて……」
あらあらミンマー妃の脳裏には。
ありがたがるべきか、私と去魔が呑気に酥油茶をしばく場面が。
――このことは黙っておきます、だからお立ち去りください。
「ええ、大錦の奴らは大陸の――この世の中心で華やかな民と自惚れ周辺民族を辺境の夷狄などと呼んで憚らない者たち……」
そうして保明妃は。
私が見逃した時の場面を、思い浮かべられる。
……まあ、だけどしゃーがないのかもしれないわね!
私がよかれと思ってやったそれぞれのことも、両妃にとっては駄目なことだったみたい!
「ええ……やはり私たち気が合うみたいね! さあ……ならば! 私たち三国の長の娘たちで、この大錦という獅子を喰らいましょう!」
毘那妃は満足気に、微笑む。
「ええ……でもお断りします!!」
「……何ですって?」
……あらあら?
何と保明妃にミンマー妃は、一緒にお断りして来た!
「……どういうことかしら? 私たちなら獅子を喰らえると」
「その獅子を喰らうという言い方やめてくれないかしら! 私雪獅子妃だったんだから!」
毘那妃のお言葉に、ミンマー妃はそうお答えになるけど。
……え、そんな理由?
「私もよ! 獅子身中の虫ね……それは、私の不可殺ちゃんが後宮魔女に心臓を食われたことを揶揄されているようで不快の極みよ!」
え、保明妃殿もそんな理由!?
「……なるほど、分かったわ。……でも!」
「くっ!?」
「び、毘那妃殿……!」
……だけど毘那妃ったら、強硬手段とばかり!
妖樹の枝で両妃を、捕らえた!
「く……私たちの意思に任せるように言っておいて結局は問答無用だなんて……あなた、私たちを騙したわね!」
「ごめんなさいねえ……でも! これは狐之妖妃様のご意志……私でも止められないの……」
毘那妃は、口ではさも気が進まないように言われてるけど。
どうやら満更でもないようで、声には高笑いが混じっているわ!
◆◇
「こ、これは!」
「師匠!」
一方。
後宮の屋根上から妖樹の様子を見ていた私と去魔が驚いたことに。
妖樹は、大きく畝り始めたわ――




