#29 廻骨の公主
「ううむ……此度の騒動は実に難しきものであった! しかし……またも後宮魔女が解決してくれるとは! つくづくあの者には、感謝せねばな!」
「ええ、まさにその通りですわ陛下……」
不可殺王女の騒動から、一夜明け。
少しとはいえ宮殿も町も壊れたから、今は復興と救助が急がれているわ。
まあ相変わらず麗零様は、面白くないみたいだけどさておき。
「……しかし。そなたの祖国も何とかやってくれた、喜ばしいぞ毘那妃よ!」
「はっ……喜ばしきは私にございますわ陛下。」
毘那妃は、深々と頭を下げられた。
「うむ! これからも一層の友誼を廻骨とも結びたいぞ!」
陛下もすっかり、上機嫌なご様子。
◆◇
「うーん。保明王女が妖魔の力をお使いになられていた、ねえ……じゃあ、もしかしたら……」
私はその時。
件の不可殺王女――欣羅の保明王女について考えていた。
当たり前だけど、不可殺王女の件は保明王女が輿入れされてからのことだった。
そして雪獅子妃の時も、吐婆のミンマー妃が輿入れされてから雪獅子の件があった。
じゃあまさか、雪獅子妃もミンマー妃?
「……てことは……」
……廻骨の毘那妃も、妖魔?
私はこの時、(今にして思えば遅すぎだけど)それをようやく疑い始めた。
「そうだとしたら……まるで後宮で大陸の代理戦争が起きているみたいじゃない。」
私は、そう口に出さずにはいられなかった。
そう、この宮殿の小さな一角で。
「……これから、どうなるのかしら。」
◆◇
「さあさあ、今日も見回りじゃ見回りじゃ!」
「うう、怖いのう……最近は妖魔が出過ぎじゃからなあ。」
さてさて、その晩。
いつ振りか、宦官の阿青・我吽が後宮の見回りをしているわ。
「ん? な、何じゃあれは……?」
と、その時。
ふと水の滴る音で、阿青が気づいたことには。
廊下に伸びている枝から、何やら水滴が滴っている。
「……! い、いい匂いだ……」
「お……おい阿青!」
阿青はその水から、何か甘い匂いがすることに気づいたわ。
でも、それは甘いといっても果物や樹液の甘さじゃない。
それは何か懐かしい、自分の生の初めに聞いたような甘さ――
「阿青!」
「……我吽、お前も飲め。これはよいぞ、実にいい……懐かしい甘さだ……」
「まったく、少しだけだぞ! ……ん!? な、何だこの甘さは」
……その先に何があるのか、二人はこの時知る由もなかった――
◆◇
「ええ、此度もあの後宮魔女殿によってわたくしたちは助かりましてよ。」
その次の日。
久しぶりというべきかしら、麗零様主宰のお茶会が開かれている。
そしてお茶は、やはり吐婆の酥油茶。
「ええ……そうですね。私も助けられました……」
そう語るは、欣羅の保明王女。
ええ、私が助けたの。
自分の手をこれ以上汚したくなさに――
「ところで……どうも、お妃を新たに加えてから次々と妖しき者による事件が次々と起こりますわね。」
……ぶっ……いや、堪えなきゃ!
あ、危ない……
酥油茶吹く所だったでしょ!
「ええ、そもそも……深愛妃殿。あなたが来られる前は、そう言えば妖魔の出ることなどなかったのです。」
「そ、それはつまり麗零妃様。つまり……」
いやいや、待ってよ。
まさか、私が後宮魔女だってバレた?
「ええ……あなた、何か妖しき者たちについてご存じではないかと思いましてね。」
……んん?
これは後宮魔女、かもしれないと疑われているのか。
はたまた妖魔かと疑われているのか、どちらか分からないけど。
「お、恐れながら麗零妃様……何のことやら。」
「あら、そう……わたくしの見当違いだったかしら。」
私はそう、しらばっくれた。
「そうね……それは失礼したわ。」
麗零様は果たして。
そのまま納得してくれたのか、茶を啜った。
「でも……この前の妖しき者は確か、不可殺と言いましたわね。それは……欣羅語訛りの汎文読みですわ。」
「!? ごほっ、ごほん!」
な……
麗零様も、まさかそれに気づくなんて。
私も驚いたけれど、何より驚いたのは保明王女だったみたいでむせているわ。
「その前の……後宮での宮女たちが凍死した一件ですが。確か……吐婆には、雪の獅子の言い伝えがあると聞いたことがありますわ。」
「……恐れながら正妃様。真に仰りたいことは何ですか?」
麗零様のこのお言葉に、質問を返したのはミンマー妃。
「……いいえ。ふと頭を掠めた、ちょっとした疑問ですわ。」
麗零様はそう、お茶を濁しつつお茶をまた啜った。
……でも、言わんとしていることは分かった。
どうやら麗零様は、カマをかけたつもりのようね――
◆◇
「……きっと今宵、動きがあるわ。」
「今宵、ですか……師匠、それは勘ですか?」
その日の夜。
私はいつも通り、去魔と後宮の屋根上で待機していた。
「勘、というよりは……もはや、確信ね。……千里の眼薬、力を貸して。玉帝有勅、神硯四方……木精司五塵之色、視千里、急急如律令!」
私はそう去魔に告げて、千里の眼薬を目に差し。
その目を向けるは、勿論。
◆◇
「……さあて。動くかしら、妖しき者よ……」
そう、麗零様のお部屋。
カマをかけられていたのは、何と囮になるため。
禄斬の一件といい、あれだけご自分の手を汚すまいとしていた彼女がこんな手を取られるなんてね。
かなり痺れを切らされたということかしら。
……と、その時だったわ。
「きゃっ!? な、こ、これは!」
麗零様が、驚かれたことに。
何と天井が破られ、何やら巨大な枝が下ろされた!
「これは……巨大な木……?」
麗零様はおずおずと、目の前の巨大樹を見つめられている。
すると。
「! こ、これは……あ、甘い匂いのお水……?」
その巨大な枝から伸びている小枝から、何やら水滴が滴っている。
それは、阿青たちが遭遇したあの一件と同じだったわ。
「……でも、これは懐かしい甘さを感じるわ……」
だけど。
麗零様も、満更でもないご様子。
「……玉帝有勅、神硯四方! 金精克木精所司五行之木、急急如律令!」
「な!? あ、あなたは……後宮魔女!」
……でも、お取り込み中申し訳ありません!
私はこの妖魔による病を薬学魔法で治療させていただきます!
「申し訳ありませんが正妃様、私は薬学魔法を使う後宮魔女! 後宮を蝕む病をその病巣諸共取り除かせていただくのが役目なのです!」
「く……余計なお世話よ!」
あらら、そんな心外な……
でも、もう大丈夫です。
ほら、私の薬を食らった木は、もう枯れて行きます!
「だけど……これは文字通り、根本を叩かなければよね……む!」
とはいえ。
今枯らしたのは所詮枝葉だから、根本を叩かなければまた新しい枝葉が生えて来たわ!
「師匠!」
「麗零様をお連れしなさい。ここは、私が食い止めるから!」
「は、はい!」
「む……! あなた、どなた?」
私は去魔に指示を出し。
麗零様を、連れ出させた!
「さあて、根本を探りたいけれど。この枝葉も何とかしなければよね…… 玉帝有勅、神硯四方! 金精克木精所司五行之木、急急如律令!」
私はぶつぶつ、独り言を言った上で。
また目の前の枝に、薬を打ち込むわ!
◆◇
「あら、これが後宮魔女……まあいいわ。正妃様の前に、まずはあなたから潰してあげるから!」
この様子を見ていた巨大樹の根源たる毘那妃は。
私に対して歯軋りをしたけどすぐに歪んだ笑顔になり、そう啖呵を切ったわ!
――この高原も狭い。この大陸の広さに比べればな……
「そうよ大錦、あなたたちが我が物顔で横たわるこの大陸……広くするためには、退いてもらわねばならないわねえ!」
……結局はかねてからの同盟国廻骨すらも、全くの味方という訳でもなかったようで。
むしろここから、後宮における大陸の代理戦争が本格的に幕を上げつつあった――




