#25 さながら後宮は大陸の縮図
「ううむ、これが酥油茶か……ううむ、これが吐婆の味か、ゲホッ! ……う、うむ、旨い、ぞ……!」
皇帝陛下はお椀を傾けて。
顔を顰めそうになさるのを必死に堪えていらっしゃる。
ううん、どうやら第一印象はあまりよろしくないようだけど。
まあこれも汎民族(大錦人の多数派血統)のみならず、大陸の民たちの上に立とうとなさる者の通過儀礼のようなものですからどうかお受けください。
「おほほ、ほらミンマー殿! 陛下のお気に召したようよ!」
「ええ、正妃様恐れ入ります。……光栄至極に存じますわ、陛下。」
ミンマー妃は深々と、頭を下げている。
◆◇
「ふう……まあ今回は酥油茶に救われたな〜、私も去魔ちゃんも」
「はい師匠! 噂をすれば僕も」
「! き、去魔ちゃん……」
私が自室で、独り言ちていると。
いつも通りというべきか、去魔の声が壁越しに聴こえて来たわ。
「酥油茶ですか……僕もとてもハマってしまいまして! もっと飲みたいんですよね〜」
あらあら。
去魔は、すっかり酥油茶にハマったみたい。
「あらあら……でも、ごめんなさい。あの酥油茶、陛下がお褒めになったことを皮切りに宮中で飲む人が続出してね。今じゃ、貴重品よ。」
「そ、そんな! せっかく山場を乗り切った直後なのに……」
あら、去魔はガッカリしたような声音ね。
……でもね。
「いいえ、でもこれからよ! これからは……この後宮そのものが大陸の縮図になるんですから……」
私は深く、ため息を吐いた。
そう、これからは――
◆◇
「……毘那妃と保明妃の、おなーりー!」
廻骨の毘那公主、欣羅の保明王女が輿入れされたわ。
―― よし、決めたぞ正妃よ……私は南の南壌と結託している西の吐婆を懐柔すべく! 吐婆より王女を妃に迎える。更に北の廻骨に東の欣羅、ここからも王女を妃に迎え! より我が大錦の、大陸の覇者としての地位を保ち続けねばな!
以前陛下が仰った、この言葉通り。
既にお迎えしている吐婆のミンマー妃に加えて、このお二人が輿入れされたわ。
そう、これで。
「よくぞ参った、両妃よ!」
「はっ、陛下!!」
毘那妃と保明妃は深々と、陛下に頭を下げる。
これで、さながら後宮は大錦と周辺国家が睨み合う今の大陸の縮図になったという訳。
◆◇
「吐婆に続けて更に北の廻骨に東の欣羅からもお妃が輿入れされて来たけど……」
「は、はい! 吐婆は大錦とようやく盟を結んだ国で、廻骨はかねてより大錦と同盟国だったことは知ってますけど…… 欣羅ってどんな国なんですか?」
――東の半島を、長きに渡る三国時代を経て統一した欣羅……これも今は下手に出ているが、いずれ牙を剥かぬとも限らぬ。
これも、陛下が以前おっしゃっていた通り。
東の半島の三国時代。
そこを統一した欣羅――三国時代というぐらいだから、他に二国あって。
それらは高可羅、白斉と呼ばれていたけど、やはり滅されて欣羅に併呑されたわ。
だけど欣羅は、それだけじゃ飽き足らず。
半島にあった大錦の植民地を攻撃して、乗っ取り。
名実共に、半島を統一してしまったの。
そんなことをしたら、私たちの大錦から怒りを買って攻め滅ぼされてしまう――
誰もがそう考えたでしょう。
実際植民地を乗っ取られた直後は大錦もその気だったけど、そこからの行動が欣羅の外交力を窺わせるものでね。
何と欣羅は、そのすぐ後に大錦へと供物を送って下手に出てきたの。
つまり、あくまで独立国としての体は取りつつ攻め滅ぼされないように大錦への朝貢国となったって訳。
こりゃあ、かなり強かな国よね〜。
「はあ……そんな所の王女様って、どんな人なのかしらね……」
だけど、そんな時だったわ。
◆◇
「何!? 厥丹と銅鑼がまただと!?」
「は、はい!」
陛下は報せを受けて驚かれた。
康禄斬の乱に加勢して大錦に仇なした二つの遊牧民族が、またも大錦の北に攻めて来たとの報せをね。
「すぐに兵を北へ送り込め! 奴らに目に物見せてやらねば!」
「は、ははあ!」
陛下は、そう命じられたわ。
「(またも北の厥丹と銅鑼が暴れ出したか……西と北と東を固めておいて正解であったな……)」
そう陛下はお考えみたいだけど。
……何か、嫌な予感がするのは私だけかしら?
◆◇
「こんな時に早速北で反乱が起こるなんて……康禄斬の乱以来の危機ですね。」
「ええ、そうね……」
私と去魔は、それから数日後。
またまたいつも通りというべきか、後宮の屋根上にいたわ。
それはやっぱり、前に言った嫌な予感のためだけど。
「ん!? 去魔ちゃん……倉の方から、妖気を感じるわ……」
「……え!? く、倉の方から……?」
……嫌な予感は、的中しつつあったようね。
◆◇
「北の蛮族たちよ……再び我らに刃を向けしことへの報い、ここにてしかと受けよ!」
その頃、北の郡では。
康禄斬の乱以来となる、厥丹と銅鑼と大錦のぶつかり合いが起きていたわ。
だけど。
「くっ! 何!?」
「ははは、何だ! そんな鈍の大刀でよくも我らに!」
「ば、馬鹿な! 何故だ!」
大錦の兵たちは驚いている。
何故なら彼らの大刀は今彼ら自身が言った通り。
厥丹の兵たちの蛮刀と打ちつけた傍から、脆くも折れてしまったから――
◆◇
「何か聞こえるわ……」
「ええ……これは、破砕音ですかね?」
私たちはそのまま、倉に向かったけど。
今去魔が言った通り倉の中からは、何かをバリバリと噛み砕く音が響いているわ。
「ん……去魔ちゃん、ちょっと待ってて! 玉帝有勅、神硯四方……風精司五塵之色、視千里、急急如律令!」
私は眼薬を差し、針の穴から天を――じゃなくて。
扉の隙間から、倉の中を覗いたわ。
すると。
「な!? ぶ、武器が……!」
「え? ど、どうしたんですか師匠?」
私は息を呑んだ。
何と、そこに収蔵されてる武器は。
全部、何やら刃毀れしていたわ。
◆◇
「そう……かつての高可羅領を使って派遣した密使はうまくやってくれたようね。ここで大錦を崩せば……我が欣羅は、大錦をも併呑できるわ……」
保明妃は、ほくそ笑む。




