#26 不可殺の鉄喰い
「これは……どういうこと?」
私は信じられない思いで、倉の中を見渡した。
「だ、大刀もその他武器という武器もボロボロです! こ、これは一体」
去魔もかなり驚いているけど、まあ落ち着きなさい!
ここで私たちが動揺したって、しゃーがないでしょ!
「そ、そうですね……だけど! こ、これって本当にここだけのことなんでしょうか? まさか、戦場も」
……ええ、相変わらず勘がいいわね去魔!
そうよ、私もそのことが気がかり。
ただ、それも今心配してもしゃーがないことよ!
「去魔ちゃん、それも今心配してもしゃーがないの! とにかく……今は妖気の元を辿りましょ!」
「は、はい!」
そう、今気にすべきは。
やたらと妖気は感じるのに、未だに見つからないその元よ!
◆◇
「千里の眼薬、力を貸して。玉帝有勅、神硯四方……木精司五塵之色、視千里、急急如律令!」
「師匠! それは」
ええ、千里の眼薬。
これを眼に差せば、もしかしたら探せるかもしれない!
この妖気の、元が――
「!? い、いたわそこに!」
「え!? ど、どこです!?」
はい、早速いたわ!
去魔、そこよ!
「そ、そこって言われても……」
「鼠くらいの大きさしかないから、まあ目に止まらなくても同然だけど! ……ひとまず、私とあなたで追い詰めれば」
「!? ひ、ひいえ!」
「! 危ないわ、去魔ちゃん!」
私は去魔に(我ながら雑な)指示を飛ばして妖気の元を追わせようとするけど。
去魔はその過程で、ボロボロとはいえ未だ殺傷力の残る大刀を倒しかけ。
私は慌てて彼を抱えて、倉から出たわ!
「し、師匠……」
「ごめんなさい、ここを探し回るのは危ないわ! ここは……妖気の元を燻り出しましょう!」
「い、燻り出す……?」
私の言葉に去魔は、ふふふ驚いてるわ!
まあとにかく、見てなさいってば。
◆◇
「見たかしら、大錦の者たち? ……これが我が欣羅の受けて来た屈辱の報いよ……!」
保明王女はこの有様を見て、微笑んでいる。
「申し上げます! 王様、大錦が高可羅・白斉旧領に植民政府を置きつつあります! この半島を大錦の一部にするつもりですぞ……」
「ううむ……舐められたものだ!」
時は、少し前。
欣羅が高可羅・白斉を滅ぼして半島を統一した頃に遡るわ。
今も言った通り、大錦は半島のそこかしこに植民政府を置いて半島そのものを併呑してしまおうと考えていた。
まあ欣羅が半島を統一したのは、元々半島の大部分を支配していた高可羅を大錦が度々侵略しようと攻撃していて。
大錦はその足場として白斉を侵略して最終的には念願の高可羅支配を果たして、それに便乗する形でのことなんだけどね。
「……大錦の植民政府を攻める!」
「!? お、王様!」
欣羅王――保明王女のお父上は、そうおっしゃったわ。
そして、前にも言った通りここからが欣羅の巧みな外交手腕の窺える所で。
欣羅は植民政府を攻撃・駆逐して、その度に謝罪使を兼ねた遣錦使を派遣し大錦から大軍が送り込まれて来るのを避けて来た。
そうしてすっかり駆逐し終えた後、半島――ひいては欣羅はまた遣錦使を派遣して自分たちは大錦の一部ではなくその朝貢国に降りますと言って独立を守ったの。
……でも、ちょっと待って。
ここまで自分で言ってる内に思えて来たことだけど、そんなに不満持つ要素ある?
確かに、この前のミンマー妃といい大錦から支配されそうになったのはあなたたちからすれば屈辱的なことかもしれないけど。
そこはある程度妥協しないと生きられないのが今の大陸じゃない?
「大陸の覇者を気取ってるんじゃないわよ大錦! 私たちを常に辺境の夷狄と侮り虐げて来た国、虫唾が走るわ……だから、狐之妖妃様からいただいたこの力で!」
……なるほど、まあミンマー妃と似たような理由なのね。
勿論、例によってこの時は知らなかったのだけれど。
でも、こんなこと知ってようがいまいが私にはしゃーがないこと。
だからね……
「!? ん……どうしたの不可殺!? こ、これは!」
私は、ただやるのみなのよ!
◆◇
「こ、これって香ですか師匠……ゴホッ!」
「玉帝有勅、神硯四方……ゴホッ!」
そうして、私は。
今、倉にもくもくと煙を撒いているわ。
そう、これは去魔が察したような香ではないわ。
これは狩などで使われる、巣穴から獲物を引き摺り出す――というか炙り出すための煙よ!
「さあ出ていらっしゃい、妖気の元! 土精所司五金之金克水精所司五金之鉄――薬克妖、急急如律令!」
まあだけど、これも薬学魔法だけどね!
中にある妖気の元は、鉄を食べてるみたいだから。
それに対抗できる薬ってことで、これを今調合してみたの!
「で、でも……これで本当に出て来るんですかね? その、妖気の元とかいうものが」
「! ええ、噂をすれば影よ去魔ちゃん!」
「!? え?」
そう、今スタコラ出てきたのよ!
その妖気の元――先述の保明王女が言っていた不可殺――がね!
「追わないとね……千里の眼薬! 玉帝有勅、神硯四方……木精司五塵之色、視千里、急急如律令!」
私は、また眼薬を差して。
その鼠ほどの大きさの、不可殺を追うわ!
◆◇
「これは……なるほど。あれが噂に聞く後宮の魔女なのね面白いわ!」
この様子を尚も見ていた保明王女は、悔しげにしながらも笑みを浮かべているわ。
◆◇
「し、師匠!」
「むう……あいつ! 小さい分すばしっこいのね!」
私たちはその時。
逃げ惑う不可殺を、必死に追いかけていたわ。
私は小瓶を取り出し、そして。
「玉帝有勅、神硯四方! 土精克水精所司五金之鉄、急急如律令!」
その小瓶を傾けると。
土の鎖が、不可殺を捕らえ――
「む、小さすぎて捕まえにくいわ!」
――損ない。
不可殺はその小ささ故にすばしっこく、また捕まえにくくなっていて。
相変わらず、ステテコ逃げていくわ!
「く、どうすれば……せっかくあの小さいのの性質である鉄と相対する金を司る土の魔法にしたのに!」
「ええ、当たらないと意味ないです!」
そーなのよねえ!
あー、どうしたらいいのよ!
……いや、ちょっと待って!
「……いいえ、かくなる上は! 玉帝有勅、神硯四方! 水精所司五金之鉄、生鉄鎖! 急急如律令!」
「え!? し、師匠!?」
あら、去魔が驚いているわ。
まあ、無理もないわよね。
私はむしろ、不可殺の大好物である鉄の鎖で奴を捕らえようとしてるんだから!
「そ、そんなことしたら師匠! あ、あいつその鉄鎖にほら、食いついて! ……え?」
「ええ、むしろ願ったり叶ったりよ! 玉帝有勅、神硯四方! 土精克水精所司五金之鉄、急急如律令!」
ええ去魔、まさにこれぞ狙い通りなの!
今去魔が言った通り、不可殺はこれまで私が作り出す鎖を避けてばかりだったけど。
鉄鎖にはむしろ、食らい付いて来たから。
私はすかさず土の鎖を生成してその鎖が、不可殺をついに捕らえたわ!
「す、すごいです師匠! こ、これで」
「!? 去魔ちゃん……下がるわ!」
「え……ぐっ!」
く、だけど。
好事魔多しとはよく言ったもので!
私がせっかく不可殺を捕らえていた鎖は、突然脆くも砕かれてしまったわ!
咄嗟に私は去魔を抱えて、後ろに下がったけれど。
「く……これって!」
「あなたが後宮魔女、ね……私の可愛い可愛い不可殺ちゃんを可愛がってくれたようで、お礼をしないとね!」
「! あ、あなたは……」
そこへ。
まあまた例によってこの時は正体を知らなかったけど、牛の顔が描かれた布で顔を隠した女――保明王女自ら――がお出ましになったわ。




