#24 低体温症の治療
「き、狐之妖妃様……」
「雪獅子妃よ……任を全うせぬなどと、許されぬぞ?」
ミンマー妃は狐之妖妃に、追い詰められているわ。
「ま、まさかそんなことはございません狐之妖妃様! わたくしは祖国吐婆のため」
「ならば何故迷う? 迷いは任を果たせぬ前触れぞ……?」
「そ、それは……」
……だけど。
狐之妖妃はどうやってか、ミンマー妃の心を読んでいるわ。
「……まあよい、元よりそなたの意思など聞いてはおらぬ……さあ、中の"尾の九者"。此奴を務めに邁進させよ……」
「な!? く……き、狐之妖妃様あ! ぐっ……きゃああああ!」
ミンマー妃は、そのまま。
雪や氷を纏っていって、またあの雪獅子の姿に!
……だけど。
「私は……吐婆の姫! ならば祖国を見下す大錦の者たちに……制裁を!」
その意思は、完全に乗っ取られてしまったわ。
◆◇
「……がああ!」
「!? し、師匠!」
「な!? く……玉帝有勅、神硯四方。火精温水精、湯克冷気――薬克妖、急急如律令!」
そうして。
突如として、私や去魔の前に現れた雪獅子は。
私たちに向かい前右脚を振り下ろして来たから、私は薬学魔法を使いつつ去魔を抱えてその攻めを避けたわ!
「ぐるる……」
「これは昨日の雪獅子……? いや待って! な、何か昨日と違うわ……」
私はだけど、雪獅子の異様さに気づいた。
これは明らかに昨日とは違うって。
「がる……忌々しい大錦の後宮! 纏めてこの雪獅子の吹雪に凍りつき果てよ!」
「む!? ふ、吹雪が……さっきよりも、強力になって……」
雪獅子が叫び。
それと同時に、これまでにないほどに猛烈な吹雪が吹きつけて来た!
「このままじゃ、後宮が凍りついちゃうわ……玉帝有勅、神硯四方。火精温水精、湯克冷気――薬克妖、囲四方、急急如律令!」
私は、薬学魔法を発動し。
湯気の結界で、戦場を囲ったわ!
これで後宮の限られた範囲だけが、吹雪に晒されることになったんだけど。
「さあて……去魔ちゃん、あなたにはできれば結界の外に出てほしいけど。」
「……嫌です!」
うん、聞くわけないわよね……
「分かったわ……なら、行くわよ去魔ちゃん!」
「はい! ……え? ど、どこにですか?」
そうして私は、理解できないことを理解した上で去魔にそう言って。
「……雪獅子さん! やーいやーい、ここまでおいで!」
「な! し、師匠!」
「がる……このお!」
自分たちを囮にするために、雪獅子を挑発した。
すると今、怒りに囚われた雪獅子は。
私たちへと、真っ正面から向かって来たわ!
「行くわよ、去魔ちゃん!」
「し、師匠! つ、次はどこに!?」
私は去魔を抱えて屋根下に降り。
向かった先は、倉の中!
「く、ひとまずここに……玉帝有勅、神硯四方。火精温水精、四重五重熱気克冷気――薬克妖、急急如律令!」
「!? あ、暖かい……ぶ、分厚い熱気の結界ですか?」
……ええ、そうよ!
ここで時間を稼がないと。
……だけど。
「……ふん、熱気の結界とはね! 私の冷気を、こんなもので止められると思ってんのおお!」
「く!? け、結界が!」
あーもう、マジ!?
せっかく結界張ったのに、四重五重の結界も雪獅子の冷気は打ち破ってしまった!
「さあ、どうかしら私の冷気のお味は? そうよ、大錦の魔女……あなたはジワリジワリと殺してあげる!」
扉の向こうからは、雪獅子妃の声が響き渡っているわ!
◆◇
「し、師匠……も、もう駄目です……」
「な! ち、ちょっと去魔ちゃん! 駄目なのは寝ることよ、寝たら体温調節できなくて死ぬわよ!」
雪獅子妃の言葉通り。
熱気の結界はジワリジワリと破られ、倉の中は今や極寒の世界と化していたわ!
「ぼ、僕のことはいいですから……し、師匠はご自分のことを」
駄目だって言ってるでしょ去魔ちゃん!
まったく……
あなたはちょっと、命を簡単に投げ出そうとしすぎなのよ!
……とはいえ。
「どうしましょう、このままじゃ……私の薬学魔法でも対抗できないなんて!」
そう、このままじゃ。
それこそ、ジリ貧。
と、その時だったわ。
「ん!? こ、これは!?」
私がふと、傍らを見ると。
吐婆からミンマー妃が持ち込まれた、酥油の攪拌器と茶葉!
そう、ここは倉。
酥油の攪拌器と茶葉が、ここにあったわ!
そして酥油と茶葉と言えば。
「……酥油茶!」
私は、蜘蛛の糸を手繰り寄せた気がしたわ!
そう、これならいける!
「玉帝有勅、神硯四方。火精温水精、沏酥油茶! 酥油茶克妖魔之冷気、急急如律令!」
私は薬学魔法を使い、湯をその場で沸かし。
酥油茶を、淹れるわ!
◆◇
「がる! さあて、そろそろのびてる頃かしら……ここは、私が手ずから確かめるわ!」
雪獅子妃は、そう言うや。
倉の扉を破り、中に入って来た――
……んだけど。
「どうよ、去魔ちゃん?」
「こ、これが酥油茶ですか……ち、ちょっと独特な味ですけど、沁み渡ります……」
「ええええ、そうでしょうよ! 私にも沁み渡ったほどなんですから……」
「な、あ、あなたたち!」
あら、雪獅子妃は。
湯気の結界の中では、私たちが――今にして思えば場違いだけど――お茶会をしていたわ!
「あ、雪獅子! ……でも、あなたも飲まない? これはこの前輿入れされたミンマー妃という方が持って来られたお茶で」
……うん、これまた今にして思えば我ながら、何やってたのかしら?
妖魔である雪獅子妃も、私は酥油茶を勧めていた!
「な、何をやってんのよ後宮魔女とやら……あなたは敵、そう大錦も敵! だから私は……あなたたちを滅さなきゃ……ぐっ!?」
「!? ゆ、雪獅子さん?」
だけど雪獅子は、それを受けて苦しんでいる。
――ほほ……我が国の酥油茶がお気に召してくれたようで何よりよ!
――は、はい! と、とても美味しいです!
「それは大錦の者たちに理解できるはずがないもの……何故なの!? 何故、吐婆の味をあなたが!」
……これまた、今にして思えば。
この時の会話で、私は雪獅子妃がミンマー妃だと気づくべきだったけど。
私は気づかずに。
「そんなことない! ていうか、身体にいいものに吐婆も大錦も関係ないわよ! これは冷えた身体に沁み渡るわ、その良さは大錦人の私でも分かるわよ!」
「な……くっ!」
こう、雪獅子妃に言っていたわ。
すると。
「く……私の中の雪獅子妃! もういいわ、お願いだから……私を、殺しなさい!」
「え……くっ! ち、ちょっと! 雪獅子の中の人!」
雪獅子妃は、尚も錯乱して。
そのまま、自分を取り込んでいる雪獅子を駆って走り去って行った――
「……あれ? 師匠、冷気が止んでます!」
「あら? そう言えばそうね……」
それと同時に、冷気も止んだわ。
◆◇
「く……ぐ……」
「雪獅子妃よ、あくまで好機を潰すというのだな?」
「き、狐之妖妃様……」
そのまま、屋根上に逃れた先で雪獅子妃の前に。
狐之妖妃が、現れたわ!
「はい……私は今、何が正しいか分からず胸が張り裂けんばかりです……ですから、どうかあなた様ご自身の手で私を……」
ち、ちょっとミンマー妃!
あなたもそんな簡単に、命を投げ出さないでよ!
「……ふむ。よかろう……」
な!?
や、止めなさい狐之妖妃――
「……中の"尾の九者"よ、ミンマーより離れよ……此奴はまだ他のことに使えるからな。」
「!? き、狐之妖妃、様……」
と、何と。
狐之妖妃はそう言って、ミンマー妃の身体から何か影を抜け出させたわ!
そうしてミンマー妃から妖気は、消えた。
「……日が、昇って来ている。」
狐之妖妃は、眩しげにしているわ。
まあ、ともあれ。
半ば雪獅子妃の自滅に近い形で、宮中を蝕む低体温症は治療されたわ。




