#23 雪獅子妃の吹雪
「し、師匠!」
「去魔ちゃん!」
私と去魔は、今吹雪に吹かれている。
この時はまだ分からなかったけど、ミンマー妃があの狐の妖妃から授かった妖魔の力で起こされた吹雪に!
「く……師匠!」
「案じなくていいわ去魔ちゃん! こんなこともあろうかと……玉帝有勅、神硯四方。火精温水精、湯克冷気――薬克妖、急急如律令!」
でも、私は、あらかじめ作っておいた薬により。
湯気の障壁を展開し、冷気を防いだ!
「さ、さすがです師匠! で、でもここは一度引きましょう……このままではジリ貧です!」
去魔は私に、そう進言してくれたけど。
「いいえ、退けないわ去魔ちゃん! ここから先は妃たちの寝所……私たちがここで引いたら、皆さっきの宮女たちみたいに低体温症で死んでしまうわ!」
「な……そんな!」
そういうこと。
ここは他の妃たちを守るための防壁として、死守しなきゃしゃーがないのよ!
◆◇
「へえ……自ら身体を張るとはいい度胸だわ。ならば……こちらも応えなくてはね!」
この様子を見ていたミンマー妃は、私や去魔からは死角になるように屋根から降り。
そのまま、雪や氷を纏っていく!
「さあ……吐婆仏教の伝説に登場する雪獅子! その氷や雪の牙に爪、とくと見せてみなさい……!」
ミンマー妃は。
雪や氷でできた獅子・雪獅子を纏い。
中で、ほくそ笑んだわ。
◆◇
「……ふん!」
「な……し、獅子型の氷塊!?」
そうして。
急に吹雪が弱まったと思っていた所に、この時はまだ分からなかったけどミンマー妃操る雪獅子が乱入して来た!
「し、師匠!」
「く、雪の獅子とはね……ならこれはどうかしら? 玉帝有勅、神硯四方、火精司五味之苦、薬克妖……急急如律令!」
「ん!? ふん、炎なんてねえ!」
私はそこで。
炎の薬を撒いて、雪獅子を牽制するわ!
……いや、したかったんだけど。
「ほほ、無理よ! 雪克炎の間違いじゃない? 我が氷は大錦の炎には敵うまいわ!」
「く!? なんて冷気なの……」
……はあ!
やっぱりというべきか、いつも効かないのよねえこれ!
まったく、しゃーがないけどこれは本当に因習ね!
「さあさあ……我が雪はあなたの炎にだって湯気にだって克つわ! 逆に凍らせてあげる……」
「く! し、師匠!」
「むう……去魔ちゃん、少しだけ引くわよ!」
「は、はい!」
私と去魔は、湯気の結界諸共少しだけ後ろに退がる!
「ほほほほ! そうよそうよ……須く平伏すがいいわ大錦の者たち! あなたたちは大陸の覇者を気取っているみたいだけど。そんなものは吹けば飛ぶような覇者! 私の吐婆が総攻撃に移ればこんな国、一捻りよ……」
雪獅子の中でミンマー妃は、そうおっしゃられた。
◆◇
「ではここに……錦婆会盟を宣言いたします!」
「うむ……異議はない。」
このミンマー妃と陛下のご婚姻の前に、話は遡るわ。
この背景にはやはり大錦と吐婆の同盟締結があるのだけど。
「これで大錦と吐婆は統一国家として歩み出すことになりましょうな、ははは!」
「(統一国家……? まさか、大錦の方が吐婆を降して東西を一つにしようなどと考えているんじゃ)」
その場に、吐婆の讃譜(吐婆語で皇帝の意)の公主として同席していたミンマー妃は。
陛下のこのお言葉に、取っ掛かりを覚え。
「(……ならば、私が大錦に降嫁するこの機は実に好機だわ……! 外からは攻めづらくとも、内からは攻め易い……そうよ、今に見ていなさい大錦! 私が思い知らせてあげる、落とされ降され呑み込まれるのはあなたたちであると!)」
こう、決心していたのね……
◆◇
「そうよ……こんな国は滅びてしまえばいい! 大陸の覇者など気取るこんな国は!」
「!? お、女の声……?」
そうして、今に至るけど。
まあくどいだろうけど私はまだ、この時はミンマー妃の正体を知らなかった。
だから今、湯気の結界や炎さえも凍らせてくるこの雪獅子の中から女の声がして驚いているの!
これは、誰かしら? って。
「あら私としたことが……まあいいわ! とにかくこんな国は、滅びちゃっていいのよ!」
ミンマー妃は、少し焦ってるけど。
すぐに気を取り直して、また湯気の結界に食い込んで来ている!
「さあ味わいなさい……雪獅子の冷気を!」
「し、師匠!」
「く……」
そうして。
雪獅子の冷気はついに、湯気の結界を越え。
私や去魔に、襲い掛かって来る!
「ほほほほ、どうかしら後宮魔女とやら!」
「え、ええざむ゛い゛わね……ハーックション! でも確かに……こんな国、滅びちゃえばいいのかもしれないわね?」
「……何ですって?」
「し、師匠!」
だけど私は。
そこで、そうぶちまけたわ!
「康禄斬の乱は、はっきり言ってこの大錦自体の腐敗体質が招いた身から出た錆だったし……その時吐婆と南壌が越安(大錦の都)を滅ぼせばよかったのかもしれないわね!」
「あら……やけに素直じゃないの。でも、なら話は早いわ……さあ! そこをお退きなさい、その先にいる妃や皇帝を」
「……だけど! それで尻拭いをするのは兵たちや民たち。それじゃ駄目なの……彼らまで命を投げ出さなければいけない訳じゃない! 殺しあわなくったって、正々堂々と"勝負"はできると思うわ!」
「!」
ええ、そういうこと。
何も、殺しあわなくていいじゃない!
私がそう叫ぶと。
ミンマー妃は何か、思い出されているみたい。
◆◇
「父上、この文は……」
「おお、ミンマーよ! よいか……これは大錦との間に結んだ錦婆同盟の印となる文だが。ここには、今後両国の紛争に武力は用いぬと書くつもりである!」
「な……ま、誠ですか!?」
錦婆会盟の前夜に、時は遡るわ。
ミンマー妃はお父上たる讃譜のお言葉に、驚かれている。
「父上、そんなことを言われては! あの大錦は必ずつけあがって来るでしょう!」
ミンマー妃はお父上に、諫言しているわ。
「まあ落ち着け我が娘よ! ……戦いとはな、何も武力の強さのみで決まるものではない。ここはまず我らより先に大錦に、互いに武力は捨てようと宣言する! そうした思い切りのよさもまた強さであるぞ。我らはまずその強さでも大錦には負けぬと示すのだ! ははは!」
「父上……」
だけど、逆に。
ミンマー妃が諌められてしまったわ。
……まあ、とはいえ。
次の日、錦婆会盟の場で陛下が余計なことをおっしゃったために。
ミンマー妃は、逆に武力主義に傾かれることになったんだけどさておき。
◆◇
「……ん? え?」
「な……れ、冷気が止まった……?」
そうして、再び後宮での戦いに戻るけど。
私と去魔は、自分たちを襲っていた冷気が止んだことに驚いたわ。
雪獅子――ミンマー妃が止めたのよ。
「ふん、なるほど……一応、どこにも民を憂う者はいるということなのね。」
「な……?」
雪獅子は何やら、感慨深げにしているわ。
そして。
「……今日は、ここまでで勘弁してあげる! 次はないと思いなさい、後宮魔女!」
「え……あ、待ちなさい!」
雪獅子はそのまま、屋根伝いに走り去って行くわ。
◆◇
「まったく、今度は後宮内で謎の凍死とは……」
「ええ、憂鬱ですわ正妃様……」
翌日の昼下がり。
麗零様は早速、あの凍死騒ぎについて言及されていて顔を曇らせていらっしゃる。
ええ、そうね……
私は、昨日のあの一件で風邪気味なのと。
はあ、またこのお茶会だなんて……
ああ、憂鬱ね……
「……ん!? お、美味しい!」
「あら……あなたは確か。深愛殿、だったかしら?」
「え? ……あ、も、申し訳ありません差し出がましい振る舞いをいたしました!」
あらら、私ったら。
ダメじゃない、悪目立ちしちゃ……
とはいえ、今回は仕方ないの。
「ほほ……我が国の酥油茶がお気に召してくれたようで何よりよ!」
「は、はい! と、とても美味しいです!」
うん……本当に。
この酥油茶、とても美味しい!
何でか、昨日よりも更にそう感じられるの!
「この大錦では、確か医食同源という言葉があったわね……なら、この酥油茶もそれに当たるのではないかしら。」
な、なるほど……
風邪気味で憂鬱な私の身体には、いい具合に薬になったのかしら?
「あらあら、ミンマー殿! よく学ばれていらっしゃるわね、我が国のことを!」
「ええ、恐れ入ります正妃様……」
麗零様に、ミンマー妃は頭を下げられている。
ええ、でも本当よね。
医食同源。
大錦人の、それも漢方医学も基になっている薬学魔法を使う私が逆に吐婆人のミンマー妃に教えられるなんて!
不勉強で恥ずかしいわ……
◆◇
「よし、やっぱりこんなんじゃ駄目ね! 私も精進しないと!」
「し、師匠……張り切られてますね。」
その夜。
私と去魔はいつも通り屋根上に出て、雪獅子の――正確には、雪獅子妃の襲撃に備えていたわ。
「当然よ! 吐婆のミンマー殿に大錦について教わるなんていい発奮材料だし……あと、酥油茶ですっかり元気になったわ!」
「な、なるほど……でも、酥油茶ですか。僕も飲んでみたいですね……」
ええ、是非是非!
おすすめよ、去魔!
◆◇
―― 尻拭いをするのは兵たちや民たち。それじゃ駄目なの……彼らまで命を投げ出さなければいけない訳じゃない! 殺しあわなくったって、正々堂々と"勝負"はできると思うわ!
「忌々しい後宮魔女……父上のお考えと同じなんて!」
あらあら。
その時、ミンマー妃は。
私のことを、恨めしげに考えた後で。
――ほほ……我が国の酥油茶がお気に召してくれたようで何よりよ!
――は、はい! と、とても美味しいです!
な、わ、私――深愛妃としての姿を晒している私のことを考えている!?
ま、まさかこの時私が後宮魔女だとバレた!?
「忌々しい大錦人……今更味が分かったように装ったところで!」
……わけではないみたい、ホッ!
……じゃなくて!
いやいや、装ってる訳じゃなくて本心ですから!
「……迷っているのか?」
「! き、狐之妖妃様……」
む、そこへ。
心を読んだように、狐之妖妃が現れたわ。




