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#22 吐婆国妃の輿入れ

「吐婆国より、ミンマー公主のおなーりー!」

「あ、あれが吐婆の方……?」

「意外と、そんなに変わらないのね……?」


 宮中はその日、ざわめいていたわ。

 西の吐婆(とば)国から、公主が輿入れしたとあってはまあ当然かしら。


 ―― よし、決めたぞ正妃よ……私は南の南壌(なんじょう)と結託している西の吐婆(とば)を懐柔すべく! 吐婆より王女を妃に迎える。更に北の廻骨(ウイグ)に東の欣羅(キルラ)、ここからも王女を妃に迎え! より我が大錦の、大陸の覇者としての地位を保ち続けねばな!


 禄斬が北の諸郡を占領し、それを北の遊牧国家廻骨(ウイグ)と大錦との連合軍で破ってからというもの。


 陛下のこのお言葉に始まり、西の吐婆に北の廻骨・東の欣羅。


 この三国の王女をお妃に迎えることになっていたわ。


 ◆◇


「……正妃様におかれましては、ご機嫌麗しく。」

「ええええ……ようこそ、大錦の都へ!」


 後宮で。

 ミンマー公主は流暢な大錦語で、妃たちに挨拶をした。


 大錦語は大陸の国際語だから、国の公主(クラス)なら普通に嗜んでいるでしょうけど。


 麗零様はそこに吐婆語訛りがあったら、いびりたかったみたい。


 でもそれがないから、ややつまらなさそうな顔してるわ。


「まあ分からないことは何でも聞いてくださいな……わたくしたちも、少しは力になれるかと。」


 麗零様はそう、ミンマー公主に笑いかけた。


 ◆◇


「ふう……後は廻骨(ウイグ)毘那(ビルナ)公主に。欣羅(キルラ)保明(ボミョン)王女を輿入れさせる、か……さながら後宮は大陸の縮図、って所かしら。」


 私は自室で、感慨深げに呟いた。

 そう、西に北に東の王女たちをお妃にするってことはそういうことでしょ?


「師匠。後宮は今、中々の騒ぎになってますね」

「! あら、去魔ちゃん。」


 と、そこに。

 去魔がまた、壁の外から話しかけて来ている。


「まあそりゃ、西の異国の地からやって来られたお姫様だからね。」

「でも……大丈夫ですかね。」

「ん、何が?」

「いや……吐婆から大錦を内部崩壊させるために送られて来た間者(スパイ)とか」

「な!?」


 ◆◇


「へえ……これが酥油(バター)茶ですか。何と味わい深い……」

「ええ、私たち遊牧民の味が大錦の方々のお口に合うかは分かりませんでしたが……お気に召されたようで何よりでしたわ。」


 そうして。

 いつも通りというべきか、ミンマー妃を交えての妃たちによる茶会が催されたわ。


 そこで供されたのは、酥油(バター)茶。

 ミンマー妃が持ち込まれた、吐婆の味。


 言い忘れてたけど、吐婆はもともと遊牧民族で。

 文字通り家畜から取れる乳、そこから作られた酥油(バター)と茶を混ぜ合わせたお茶よ。


 まあ、中々癖のある塩味で。

 好みが分かれる味だとは思うけど、意外に麗零様には口に合ったのか文句は言わず。


 他の妃たちも、顰めっ面を噛み殺して飲んでいるわ。

 まあ私も空気を読んで、飲んではいるわ。


 だけど最初は、中々抵抗あった。

 それは、さっきも言ってた酥油(バター)茶特有の好みが分かれる塩味もあるけど。


 ――吐婆から大錦を内部崩壊させるために送られて来た間者(スパイ)とか


 ……去魔にさっき言われたことが頭に引っかかり、やや毒盛りを恐れたこともあってのことでもあるわ。






「ち、ちょっとやめてよ!」


 時は、そのさっきの去魔との会話に遡るわ。


 去魔は割ととんでもないこと言って来た!

 いやいやそんな……だって、同盟を結ぶための結婚だったのよ?


「確かにそうなんですけど……でも、それはあくまで大錦の方から頼んでやらせてもらっただけのことですし。もしかしたら、隙を見て……ってことも。」


 う、うーん……

 でも確かに、考えられないことではないわ。


 もともと吐婆は、南壌という国と手を組んで康禄斬の乱による内乱状態の大錦を攻めようとしていた国。


 その国が、案外あっさり公主を輿入れさせて来たのはそういうことも……あり得ない話じゃないわね。




 ……とまあそんな訳で。

 私はこの酥油(バター)茶に手をつけることも躊躇われていたというわけ。


 まあ飲んでみて……私の好みには合う味だったからいいんだけどね。


「大錦と吐婆が歩み寄れたこと、嬉しく存じますわ。」

「ええわたくしもですよ。互いにこの大陸の覇者となり得る国同士ですから……」


 う、うーんだけど!


 今向かい合う麗零様とミンマー妃がお茶を啜りながらぢっと見つめ合う――というか睨み合う絵面を見ていると。


 ここに、大錦と吐婆の縮図を見た気がするわ――


 ◆◇


「はーあ……」

「……お疲れ様です、師匠。」

「ええ……まったく、疲れたわ!」


 その夜。


 私は後宮魔女の装いをして、いつもの通り屋根上にいたわ。


「肩叩きを!」

「あら、いやそんな気を使わなくても! ……ま、まあお願いしようかしら! でもごめんなさい、私細っこいからガンガン衝撃のある肩叩きは苦手で……肩揉みしてくれないかしら?」

「あ……は、はい!」


 あら、なんか今日は素直じゃない?

 こんな日二度とないかもしれないし。


 ここは、お言葉に甘えさせていただくわ!


 私はそう思い、去魔に肩揉みをさせた。


「はあ……まあここんとこ長く妖魔が現れなかったから、今までの疲れが一気に出たわ!」

「お、お疲れ様です! まあ禄斬の乱もありましたし……暫くは休めるといいですね!」


 さあ、どうかしら。

 宮中はこの通り、不穏な空気だし。


「ところで……陛下のお通いは?」


 ……む!

 もう……またそんなこと聞いて来て!


「はあ、もう! 下世話よ去魔ちゃん!」

「す、すみません……」


 ……まあいいわ。

 幸いというべきか、最近はもうないわ。


 どちらかというと、麗零様の元に通われてるんじゃない?


「そ、そうですか……」


 あら、去魔は黙り込んじゃった。

 ちょっと、あなたが始めた話よ?


 続けられないのなら、あまりそういう話すべきじゃないんじゃない?


 と、その時。


「ん!? し、師匠あれを!」


 去魔が徐に、そう言って。

 ふと後宮の廊下を指差したわ。


 いや、ちょっと誤魔化さないでよ!


 ◆◇


「こ、これは……?」


 だけど、その指差す方に行ったら誤魔化しじゃないことが分かった。


 そこには、ゴロゴロと宮女たちが倒れていたの。


「まったく、こんな廊下で寝ちゃうなんて……ん!? つ、冷たい!」

「え……くっ、本当ね!」


 去魔と私は、その倒れた宮女たちに触れて驚く。

 その身体は、とても冷たかったわ。


 しかもよくよく見れば、身体の所々に霜が付いていた。


「し、死んじゃっているんですか?」

「ええ、残念ながらね……これは、低体温症よ。」

「て、低体温症?」


 ええ、体温が異常なまでに低くなってしまう病よ。


 雪山とかでは寝たら死ぬって言うけど、それは気温の低い中寝るという体温調整不可能な状況に陥ることで起こるものなの。


 もっとも、ここは雪山じゃないわ。

 だとしたら、これは……


「……くっ!? な、何これ! 急に寒くなって……」

「は、はい師匠……さ、寒い!」


 と、そこへ。

 極低温の風が、吹きつけて来た!


 いきなりこんな寒くなるなんて、やっぱりこれは!


「く……妖魔、ね!」


 そうとしか考えられないわ!


 ◆◇


「ふふ……あれが噂に聞いた後宮魔女と……その弟子、とかいうものだったかしら? まあいいけど……ここで邪魔者を消しておかないとね!」


 そんな私たちを、屋根上で見つめる人が。

 それはやはりと言うべきか何とというべきか、ミンマー妃だったわ!


「ミンマー……いや、雪獅子妃よ。気分はどうか?」

「ええ、祖国吐婆のためになると思えば非常に清々しく存じます。」


 ミンマー妃が、そうして話しかけている相手は。

 やはりというべきかしら、狐之妖妃だったわ――

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