#13 麗零の企みと去魔の奮闘
「ふふ……さあて、どこを狙ってほしいかしら?」
後に砂漠の蠍娘だと判明するこの妖魔は、その名のごとく。
頭と目元を殻が覆い、更に生える髪は全て蠍尾という異形を持っている。
まさに、蠍娘そのものの姿。
「貴様の相手は、この禄斬ぞ!」
「ああら頼もしいわね……でも心許ないわ!」
「なっ!?」
そのまま、果敢というべきか蠍娘に挑む禄斬だけど。
蠍娘はその蠍尾に似た髪を天井に突き刺し、宙を舞う。
「この、ぐあっ! こ、この!」
「ふうん……ああ、あんた駄目だわ! 醜すぎて、刺すに値しないのよ!」
「ぐはっ!」
「ろ、禄斬ちゃん!」
戸惑いつつも剣を振るう禄斬に。
蠍娘は罵倒を返して、彼の身を蠍尾で巻き付けて拘束してしまった。
「人の心配をしている場合かしら? ……私が刺すべきは、あなたと決めたというのに!」
「ぐっ! くっ……」
「は、養母上!」
そのまま、蠍娘は。
禄斬を捕まえている蠍尾以外の、余った蠍尾を麗零様に向け。
麗零様を、刺してしまわれたわ!
「は、はあ、はあ……」
「養母上!」
「さあて……これですっきりしたわ、じゃあまた!」
そうして目的を果たすと。
砂漠の蠍娘は禄斬の拘束を解いて、どこかへ消えた。
「は、母上……も、申し訳ございません! 誰か、誰かおらぬか! い、医師を」
「ま、待ちなさい! ちょうどいいわ……今すぐ妃をひそかに全て集めなさい! 今にきっとわたくしを治療するために後宮魔女は出て来る……その時欠けている妃こそ、後宮魔女よ!」
「は、ははあ!」
だけど麗零様は、なんと。
やっぱりというべきなのか、自分が刺された偶然を利用してでも私を――後宮魔女を炙り出そうとしていたわ。
◆◇
「はあっ、はあ……」
「大丈夫か、麗零妃!」
「も、申し訳ございません陛下! 私がついていながら……」
そうして、麗零様がいらっしゃる部屋で。
陛下は傍らにいらして、禄斬もオロオロしている。
「よい、そなたに怪我がなかったならばそれは! ……しかし、件の蛇女や獏姫などと同じく妖魔が、かような所にまでいるとはな。」
陛下は禄斬を咎めなかったけど。
そうね、私も驚いたことに。
この砂漠の穏やかな緑州都市にまで、妖魔がいるなんて――
「し、失礼いたします! お、お妃方全てをお連れいたしました!」
「はあ……え、ええ入っていただいて……」
麗零様は息も荒く、入って来た宮女にそう告げた。
その後で私たち妃は、上級妃から私たち中級妃までこの緑州都市に来ている全員が麗零様の部屋に集められたわ。
「(ふふ……まあ見た所お妃全員がいらっしゃるわ。さあて)聞こえて、いらっしゃるかしら後宮魔女さん! わ、わたくしはこの通り苦しい、わ……だから! は、早く救いにいらして!」
うーん、抜け抜けと。
「さあ……どう、なさったの、かしら……ごほっ! 出て来られない、動機でもあるの、かしら……?」
麗零様は苦しみながら、目を私たち妃に向ける。
まったく、見上げた根性だわ。
自分が死ぬかもしれないってのに、この状況で後宮魔女の炙り出しをするなんて。
「麗零妃よ、もう止めよ! ええい、医者はまだか!」
陛下は、そんな麗零様を宥められている。
と、その時だったわ。
「お呼びでしょうか、正妃様?」
「な……あ、あなたは!?」
そこへ突如として、"私"――後宮魔女が現れて。
ふふ、麗零様は驚いていらっしゃる。
でも、お生憎様。
私たちにはあなたのお考えなんて、お見通しだったんですよ!
◇◆
「な……何ですって!? あ、あなたが私の身代わりになる!?」
「はい、僕に後宮魔女の格好をさせてください!」
とはいえ。
私も去魔からこの話を持ちかけられた時、すぐには受け入れられなかった。
時は、ちょっと戻って。
宮女が、麗零様が刺されたことを触れ回った直後のことだったわ。
「今回、あの正妃様が師匠はじめお妃方を疑っていらっしゃるせいで師匠は動けないでしょう? だから、僕が!」
「お止めなさい、去魔ちゃん! 相手がどんな妖魔かも分からない、あなたに身代わりなんて」
「じゃあ師匠は! このまま正妃様がどうなられてもいいっておっしゃるんですか?」
「う……」
まったく、相変わらずこの子は!
話が早いのは助かるけれど、そんな!
本当にこの子は……
「まったく……人の気も知らないで!」
「え? わぷ! し、師匠……」
私は、毎度の通りというべきか。
そのまま去魔を、抱きしめた。
「いいかしら、去魔ちゃん。私があなたをこれまで後方に行かせていたのは、あなたを危険に晒す訳にはいかないと思ったからよ! 私が動けないからってあなたを動かしたら、あなた確実に妖魔と直接対峙しようとする! そうでしょ?」
「はい……そのつもりです!」
いや、そんなに誇らしげに言われても。
それがダメだって言ってるのよ!
「だったら尚のことお止めなさいと言っているけど、伝わっていないみたいね……だったらお止めなさい! あなたができることじゃない!」
大事なことだからはっきり言ったわ。
そうよ、私もまだまだ大概未熟だけど。
あなたは、それ以上に未熟だわ!
そう、私は更につけ加えた。
「……分かりました。」
あら、意外に素直だわ。
まあ、こういう所はやっぱり子供らしいわよねー
「……だったら、この戦いで僕もやれるって証明してみせます!」
……ズコー!
いや全然分かってない!
だーから、証明するまでもなくあなたは未熟だから諦めろってのに!
「毎回毎回、僕は子供扱いされていますけど! 僕は師匠から学びたい以上に、師匠を守りたいと思うからこそ半ば強引に弟子にならせてもらったんですそれを! そんな風に言われてはいそうですかと引き下がれません!」
む……
まあそうね、考えてみれば。
こんなやり取り、今に始まったことじゃないわ。
毎回毎回この子は、私に食ってかかって来る。
これで本当に、師弟関係なの?と疑ったことも数知れず。
そうね、あなたをそう簡単に説得できないなんて分かり切ってる。
「そうね去魔ちゃん……しゃーがないわ!」
「おお! は、はい師匠!」
「……とでも、言うと思ったかしら?」
「……え!?」
いいえ、今回はしゃーがなくないわ!
かつてこんな砂漠を旅した末に喉が渇いたけれど"盗んだ泉"という名前の泉を嫌って飲まなかった偉い人の話を知っているかしら?
私はどんなに渇したって、あなたに危険を冒させることだけはできない!
「一体なんなのかしら?」
「麗零様に、何が?」
と、その時。
廊下からは麗零様のお部屋に向かう妃たちの声が聞こえて来た!
「……師匠、さあどうしますか? このまま誰も行かなかったら正妃様は亡くなります。でも師匠御自ら行かれたら」
「う……そ、それは」
むう……
いえ、でもダメよ!
今日はしゃーがなく……
「さあ師匠! これでも、師匠御自ら行かれるっておっしゃるんですか? それとも別の妙案が?」
……しゃーがなくなくないわ!
◆◇
「さあ、お見せください……」
「さ、触らないで!」
そうして、今。
結局私は、しゃーがなくなくないってことで。
薬学魔法で私が布で顔を隠した時の似姿を去魔に使わせ、麗零様の治療に当たらせているわ。
――しゃーがなくなくないから……分かった、頼むわ去魔ちゃん! ただし……応急処置だけをあなたにやってもらう! それから先の妖魔への対処は……私がやる方向で!
でも去魔には、こう釘を刺しておいた。
彼は不満げだったけど、これが最大限の譲歩なんだからね!
「や、やはり噂は本当だったか……」
「は、養母上を治せるのだな!」
「ええ……お初にお目にかかります。」
去魔扮する後宮魔女は、陛下や禄斬への挨拶もそこそこに。
麗零様の、治療に当たる。
「い、いや! へ、陛下に禄斬ちゃん!」
「玉帝有勅、神硯四方……」
「こ、この者を捕らえて下さい! この者は」
「金精克木精所司五情之怒――夢幻之香使正妃安眠而夢想良夢、急急如律令!」
「くっ! ああ……」
「れ、麗零妃!」
「き、貴様! 養母上に何を!」
ああもう、麗零様が眠ったと思ったら。
また煩いのがいたわね!
「ご安心を、眠っていただいただけでございます。毒は興奮なさることで回りが早くなりますから、ここはまず巡りを遅らせる必要があるのです。」
「そ、そんなことが信じられるか!」
「待て禄斬! ……それで正妃を眠らせてくれたのだな? 分かった、そなたに正妃は任せよう。」
「な! へ、陛下!」
ああ、ありがたいことに陛下は禄斬を宥めてくれたわ。
まあでも確かに、こんな激しい非難かまして来る奴なんて去魔じゃなきゃ冷静に対処できなかったかも。
私は今、イライラが頂点に達しちゃっているもの。
とはいえ。
「ありがたきお言葉ですわ陛下。……しかし、急いで根治せねばなりますまい。正妃様のお体が今、腫れていらっしゃいますから」
「な!? は、養母上!」
ああもう、だからあんたはうるさいっての禄斬!
一回黙りなさい!
「禄斬。」
「! は、ははあ! も、申し訳ございませぬ陛下!」
うん、陛下がまた宥めてくださった。
さあ去魔。
「ありがとうございます、陛下に禄斬様。……さて。このご様子は、身体が毒に対し過敏に反応して自らを傷つけているということにございます。なので……その意味でも、やはり正妃様には寝ていただくのがまずは効果的かと存じます。」
「な、なるほど……」
「う、うむ……」
うん、中々やるじゃない去魔!
まあ確かに、私はあなたをちょっと侮っていたわ。
……だけど。
「……しかし、毒は毒。やはり、取り除かねばなりませぬ。そのためには……元となる妖魔が要ります!」
「!? な、何!」
そう、ここからは根治の話。
根治の為には、毒の大元である砂漠の蠍娘――正しくは、彼女がその身に宿す抗体が必要。
だから、ここからは私の番よ去魔!
さあ、交代しないと!
◆◇
「さあて……毒が総身に回るまで、時間は短いわね」
「見つけたわ、妖魔!」
「!? あんたは……なるほど、噂の後宮魔女ね!」
あら、話が早い。
後宮魔女は屋根上に佇んでいた砂漠の蠍娘を発見したわ。
ん、後宮魔女?
何で"私"って言わないのかって?
それはね……
「(師匠、見ていてください……こんな奴、僕が!)」
……結局、これまたしゃーがなくなくなかったのよ!
私、去魔と交代できなかったの!




