#12 疑いの目
「ふう、暑いわね……」
「申し訳ございません、お妃方!」
東西を結ぶ交易民族ソグダイの緑州都市・サメールカンダイへの道中。
やはり砂漠なので私たち妃や陛下の乗る輿の周りには宮女たちがいてつきっきりで、扇いでくれている。
西の国々と、私たちの大錦帝国を繋ぐ――いいえ、ある意味で分断している東西公路に横たわるこの砂漠。
ここを当て所もなく歩くなんて。
私たちに限らずそれこそソグダイの人々にとっても、ほぼ間違いなく自殺行為になるけど。
「へ、陛下! ついに見えて来ました、あれがサメールカンダイです!」
「ほう、あれが……あれがそなたの国だな、禄斬!」
「は、如何にも……」
陛下はお乗りになっている輿から禄斬の輿(彼が超巨漢だけにとても重いわ)に声をかけ。
禄斬は恭しく頭を下げているわ。
ううん、まあ丁寧なことはいいんだけど!
あんたが身体を動かすと、輿担いでる人たちが厳しいことになんのよ空気読みなさい!
まあ、何はともあれ。
これでようやく、サメールカンダイに着きそうだわ。
◆◇
「あー、水があるってこんなに素晴らしいなんて!」
「ええ、本当ね……」
そうして私たち妃は。
水辺で足湯ならぬ足水をして涼を取った。
そう、こんな砂漠だからこそ。
水のありがたみがよく分かるわ……
「ところで……こんな所にも、後宮魔女は出るのかしら?」
ぶっ!
……って。
いや私、今水は足に浴びてるけど別に飲んでないから噴き出さないんだけどね!
何ですって、後宮魔女がここにも出るか?
「れ、麗零様……な、何故そう思われるのですか?」
私は麗零様に、そう尋ねた。
「いやねえ、もしここに妖しき者が出るとしたら彼女も出て来るんじゃないかってふと思えてね。……そうだわ、ここにも出られるってことは! このお妃の中の誰かが、後宮魔女ってことではないの?」
う……
なるほど、このお方は。
私――後宮魔女が、このお妃の中にいると疑っていらっしゃる!
待って、まさか。
それを確かめるために、この康の国へ?
「……まあ、妖しき者も後宮魔女もわたくしにとってはどちらも忌々しいわ! だからこのお妃の誰がそうであろうとお願いよ、出て来ないでちょうだい後宮魔女……」
麗零様が、冷たい目で私や他のお妃を見ていらっしゃる!
うん……まあ今の時点ではバレていないんだろうけど。
そうね、今回ばかりは麗零様に同感だわ。
後宮魔女が出て来るってことは、妖魔が出て来るってこと!
妖魔が出て来るってことは、誰かが傷つくってこと!
嫌よ、そんなの……
お願いだから出て来ないでよ、妖魔!
◆◇
「では……いつも東西を結んでくれるこの都市に、乾杯!」
その日の夜。
陛下は杯を高く掲げられている。
私たち妃も、当然出席していて。
杯を高く掲げて、今日の行幸を祝う。
それから杯を、口に運ぶ。
「(む! こ、これが話題の西の葡萄の美酒……うーん、ちょっと辛いわ……)」
うーん、やっぱりお酒は大人の味。
「しかし陛下。改めて厚く御礼申し上げます……かような西の辺境まで、よくぞ。」
ああ、そう言えばあなたもいたわね禄斬。
「いやいや、ここは我が大錦にとりても欠かせぬ所ぞ! ここなくば、砂漠を越えて西の事物がやって来ること能わぬからな。」
ええ、その通りですわ陛下。
私の薬学魔法も、西の事物なくしては為し得なかったもの。
そういう意味では禄斬、あんたの祖であるソグダイの人たちに感謝ね。
あ、もちろんあんたには感謝しないけどね?
「ははあ、ありがたいお言葉!」
「ふふふ、苦しゅうない苦しゅうないぞ禄斬!」
「ええ、私の可愛い禄斬……」
うっ……
はあ、やっぱり腐敗の臭いしかしないわ!
陛下と麗零様に、あの禄斬。
あなたたち三人自らにしてみれば、家族団欒なんでしょうけど。
傍から見たら、かたはらいたいって奴よ!
ああ、ダメダメ目が汚れちゃうわ。
ここは。
「あら可愛い踊り子たちね……」
「おお、これが胡旋舞か! うむうむ。都でも目にするが、やはり本場は違うのう……」
そうそう、可愛い踊り子たちの舞いでも見て目の保養をしないと!
「陛下、わたくし妬いてしまいますわ……」
「あ! い、いや正妃よ、私はあの者たちに踊り子として見惚れていただけじゃ! だ、断じて女として見惚れていた訳では」
あらあら、麗零様はご機嫌斜めで。
陛下は必死に取り繕っていらっしゃる。
見れば、他のお妃方も妬いていらっしゃる感じが滲み出ているけど。
私は……うん、これっぽっちも妬く気持ちが湧いてこないわ! (ひどい)
「では……私も舞ってご覧に入れましょう!」
え、ええ!?
ち、ちょっと止めてよ禄斬!
せっかく踊り子たちが目の保養してくれたってのに、あんたがまた目に入って来たら目の毒よ!
そもそも、一回鏡見てみなさいよ?
そんな大っきすぎる身体で、舞なんて舞える訳が……
「ふっ、はっ!」
……って、嘘!?
え、何これ?
現実に起きていることなの?
禄斬は自分のその言葉に違わず、巨体からは想像もつかない身軽さで華麗に胡旋舞を舞ってみせた!
し、信じられない……
薬学魔法を見慣れていて自分で使っている私をして、これこそ魔法じゃないのと思わせてしまうほどだわ。
まあ、とはいえ。
あの巨漢がこんな華麗な舞を披露してるのは、やっぱり目の毒なのは変わりないんだけどね!
「おおこれはこれは……こんな奇跡を見られるとは、我僥倖を感じるぞ禄斬!」
「はっ、ありがたきお言葉!」
あら、陛下。
そうね。
この行幸は、場合によっては私にとっても僥倖かもしれない。
あ、いや別にダジャレじゃないんだからね!
でも、本当に僥倖かもしれないの。
この東西の事物が行き来する緑州都市に、もしかしたらあるかもしれないの。
――なら、仙丹があればどうかしら……?
あの狐之妖妃が言っていた、不死の薬の手がかりが!
◆◇
「うう……砂漠って、夜は冷たいのね……昼は暑すぎて、これじゃ身体壊すわ……」
「お気をつけてください師匠、お身体に触りますから……」
「あら、ありがとう去魔……ちゃん!?」
私がその夜、あてがわれた部屋で文を書きつけていると。
徐に布を肩に掛けてくれた主を見た私は、驚いたわ。
それは今私が言った通り、去魔だった。
「すみません……ついて来ちゃいました。」
あら頭に握り拳を当てて、舌を出して。
むう、可愛い……いいえ、駄目そんな甘くっちゃ!
ここは師匠らしく、厳しくいかないと。
「み、宮仕えのお仕事はいいのかしら!? あなたがいつの間にかいなくなっていることがバレたら、大変な騒ぎになるわよ!」
「いいんです師匠!」
あら、この子。
なあに、師匠に口答えする気かしら?
私はそう、身構えたけど。
「ここは緑州とはいえ、狐之妖妃の魔手が及んでいないとは限りません! そんな中で師匠にもしものことがあったらと思うと……」
「去魔ちゃん……」
う、うーん……
そ、そうね心配してくれるのはありがたいわ!
「それに……また陛下と夜会われると思うと、いても立ってもいられなくて……」
「! ……あら。」
え?
もしかして、そっちの方が主な理由?
クスクス。
「ふふふ……」
「な、何がおかしいんですか! ぼ、僕は真剣に師匠のことを」
「可愛いわ去魔ちゃん!」
「あっぷ! し、師匠……もー、こっちの気も知らないで」
私が去魔を抱きしめると。
ふふ、この子ますます言うようになったじゃない。
うーん、でも駄目ねえ私。
やっぱりこの子には、甘くしちゃうわ……
「だ、誰か! 誰かあ! せ、正妃様が!」
「ん? な、何事!?」
と、その時だったわ。
この砂漠の真ん中の、文字通りの平穏な緑州を不穏にする声が響いたのは。
◆◇
「だ、誰!? わ、わたくしは正妃よ、無礼者!」
「養母上、お下がりください!」
その原因は、麗零様の部屋。
禄斬に守られる彼女の前にいるのは。
「さあて……私の獲物は、あなたかしら?」
この時点では私もまだ面識なかったけど。
この緑州で獲物を虎視眈々と狙っていた、砂漠の蠍娘だったわ――




