#14 毒物過敏症の治療
「あなたが後宮魔女……なら飛んで火に入る夏の虫ね! 私の獲物になってもらうわ!」
「あら……それはこっちの台詞よ!」
後宮魔女――に扮した去魔――は、砂漠の蠍娘に対してそう啖呵を切る。
うん……ごめんと言うべきかしら。
結局私は、弟子を死地に送り込んでしまったわ!
◆◇
「では……このわたくしが、今すぐ妖魔から抗体を取って参ります!」
この少し前。
この時から後宮魔女に扮していた去魔は、そう陛下や禄斬や他の妃たちに告げる。
そうよ……
さあ去魔、抗体を取るために交代よ!
って、いやもちろんつまらない駄洒落言うつもりはないわよ?
「ま、待て後宮魔女! ……私も行く。」
……って!
ち、ちょっと何言ってんのよ禄斬あんた!
「禄斬殿。」
「わ、私は! 私が不甲斐ないばかりに、養母上を……だから! せめて次こそ、お役に立ちたいのだ!」
む……禄斬……
ま、まああんたの麗零様を思う気持ちは本物なのね、それは分かったわ!
だけど。
それじゃ私たちは交代できないわ!
だから去魔、ほら早く断って!
「禄斬殿……分かりました、お願いします!」
そうそう禄斬、去魔もこう言って……
って、断らんのかいい!
「後宮魔女殿……」
「どちらにせよ、僕……ではなく私は、直接剣を交えたりはできませんから! ですから禄斬殿には是非、その刃を振るっていただきたく思いまして。」
いやいや、むしろ乗り気なのは何でよ!
ん、いや待って。
まさかこの子――
「(師匠、申し訳ありません……こうでもしないと、僕に矢面には立たせてもらえないでしょう?)」
くっ……やられた!
もー、つくづくこっちの気も知らないでえ!
でも油断してたわ、まさか自分が最前線に立つためにこんな手を使うなんて!
「では陛下、お妃方……行って参ります。」
「うむ……頼むぞ!」
「は、陛下!」
っておいい!
私が内心すごく困惑してる横で、勝手に着々と行く方向で準備してんじゃねええ!
「(本当に申し訳ありません師匠……必ず、妖魔の抗体は持ち帰りますから!)」
むむ……
まあそうね、とはいえ私には止めようがない。
はあ、本当にあの子にはしてやられたわ。
これが、既成事実って奴なのね。
◆◇
「飛んで火に入る夏の虫、ね……だけど! あなたこそ虫なんだから、これはどうかしら? ……玉帝有勅、神硯四方、火精司五味之苦、薬克妖……急急如律令!」
「む!? なるほど、火属性の薬ね!」
そうして、現在に至るわ。
去魔は自分で自分を矢面に立たせた責任感からか、今砂漠の蠍娘相手に先制攻撃を加える。
だけど。
「でもお生憎様……私にはその薬は通用しないの! さあ、次はあなたが獲物よ!」
「く、おっと!」
うーん、何かの因縁というべきかしら。
火属性の薬っていつもいつも、効きそうで効かないのよねー。
今回も、砂漠の蠍娘には効かず。
彼女からその一本一本が蠍尾になっている髪を伸ばした攻めを受けて、去魔は何とかそれを躱して行くわ!
「ははは、どうしたの? あの方の言っていた通り、本当に薬が効かなければ何もできない小娘ね! さあさあ、もう終わりかしら!」
「くっ! ……うん? あの方?」
と、その時。
去魔は――私にとっても――聞き捨てならない言葉を口にした。
そう。
あの方とは、つまり。
「それは……狐之妖妃のことか!」
「あら? やっぱり気づいたかしら!」
尚も砂漠の蠍娘の攻めを躱しながら、去魔は彼女にそう問うた。
私もこの時知ったけど、今にして思えば。
こんな所にまで出張して来るなんて、狐之妖妃は足取りが軽すぎでしょ!
「だけど……隙ができているわよ!」
「くっ! ……ぐ!」
き、去魔!
後宮魔女に尚も扮している去魔は、砂漠の蠍娘が言うようにうっかり隙を作ってしまい。
そのまま蠍娘の髪に刺されそうになり紙一重で避けた!
と、思いきや。
右足に蠍娘の髪が掠めてしまい、かすり傷だけど痛みは大きく。
去魔はそのまま、左足と両腕で何とか屋根から降りた。
「ああら、逃げちゃうの? 意外に腰抜けなのねえ、後宮魔女って!」
「く……何を」
あわや、去魔が絶対絶命の危機に陥った、その時だったわ。
「玉帝有勅、神硯四方! 木精克土精所司五志之思――幻惑之香使妖惑、急急如律令!」
「む!? こ、これは……幻術の類かしら!」
突如として、砂漠の蠍娘の周囲を煙が覆い。
周囲は歪み、認識できなくなったわ。
「く……どこよ後宮魔女お!」
「これは」
「去魔ちゃん! ……もー、だから言ったでしょ? あなたにはまだ無理だって!」
「! し、師匠!」
物陰にいる後宮魔女に扮した去魔を後ろから抱きしめたのは。
真の後宮魔女である、私深愛よ。
◆◇
「師匠……何故ここに」
「そりゃ、心配だからに決まっているでしょ? まあ来てみれば……あなた自身が傷を負う体たらくで、やっぱりねって感じよ。」
「う……面目ないです。」
私は去魔に、意地悪とは分かりつつもちょっと嫌味を言った。
でも、今回は去魔が悪いんだからね?
あんな手段で私を欺いて、そりゃ嫌味の一つも誰だって言いたくなるでしょう!
「だけど師匠、僕は」
「ちょっと沁みるだろうけど、我慢して! 玉帝有勅、神硯四方! 附子毒所司陽之熱克蠍毒所司陽之熱、急急如律令!」
「うっ! あ……あれ? い、痛みが引いて……」
去魔はまだ、何か言いたい気分だったんだろうけど。
私は構わず、薬学魔法を彼の右足傷に処方したわ。
すると。
薬に含まれる附子の毒が、去魔の蠍毒を打ち消した!
「え? と、附子の毒ですか!? さ、蠍毒と打ち消し合う……なら! 早く正妃様にも」
去魔は、そう言って来たわ。
ええ、言われるまでもなく。
あなたがさっき施した応急処置に加えて、私は更にこの薬を処方したわ!
でも、それだけでは駄目。
あなたの場合は掠めただけだったから、この薬で充分だったけど。
麗零様は結構毒が打ち込まれていて、おまけに毒物過敏症まで起こしているから。
やっぱり、あの蠍娘の抗体そのものが必要よ!
「そ、そうでしたか……まだまだですね僕、すみません……」
いいのよ、もう。
さあ、今度こそ交代しましょ!
「え? だ、駄目ですよ! 師匠は早くお帰り下さい、そ、そもそも! こんな風に抜け出して来ちゃっちゃ、バレちゃいますよ!」
ああ、それは無問題よ!
陛下も含めて、お妃方も皆夢幻の香で眠らせてあるから。
それより、あなたこそ。
禄斬はどうしたのよ?
「ああ、それは……その。他の人はやっぱり巻き込むまいと思いまして、師匠が皆さんにやったように夢幻の香で今眠ってもらってまして……」
あらら、まあその心意気はしっかり受け継いでくれた訳ね。
でも……
バチン!
「いっ!? ……い、痛いですよ師匠!」
私は、はっきりとした意志を持って去魔の頬を平手打ちにした。
でも去魔、私は謝らないわ。
だって――
「バカ! あなたって子はいつもいつも本当に……大人びていることは立派だけど、無謀なことは大人とは言わないから! 禄斬を巻き込むまいと思えたんなら、それと同じぐらい自分の限界を見極めて自分を巻き込まない考え方をしなさい!」
「し、師匠……わっぷ!」
私は、少し涙ぐみつつそう言いながら。
今晩何度目か分からないけど、去魔を抱きしめた。
「……分かったわね、去魔ちゃん?」
「は、はい……ごめんなさい、師匠。」
私の言葉に去魔も、そう答えながら。
少し、涙ぐんだ。
◆◇
「ああ、じれったいわ……さあ、出て来なさいよ小娘! さもないと……このサメールカンダイ中に毒霧を撒くわよ!」
だけど、砂漠の蠍娘は痺れを切らし。
その蠍尾髪を、広範囲に広げて威圧している。
「それはよくないわね……では、私がお相手するわ!」
「! あら……えらく素直じゃないの!」
そう、今度は――まあ、蠍娘には知らないことだけど――身代わりじゃなくて、私なんだから!
さっき去魔には言ったけど、麗零様に施した応急処置はそんなに長くは保たない!
だから。
「あなたが持っているであろう毒への抗体……頂戴させていただきます!」
私は、そう高らかに宣言した。
「ふふ……ええ、やって見るがいいわよ! さあ……これが抗体よ!」
ん!?
お、驚いたことに蠍娘は。
自分で抗体と称して、何やら針を引き抜いて見せた!
「でも……これでもできるかしら?」
え、これでもって?
私が戸惑っていると、何と。
「……うっ!」
さ、蠍娘は。
私の前で、膝を突いた。
「な……そ、それは!?」
「ええ……私、実は自分が一度蠍毒で死んでるの! だからこの抗体を私から取っちゃったら……私が死んじゃうわよ!?」
「……くっ……」
砂漠の蠍娘は、こうして。
私に麗零様と自分、二人の命を天秤にかけて見せつけて来たわ!




