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#11 せめてもの救い

「ば、梅毒……よ、よく分からないけど……ま、末期ってことは……」


 去魔は尚も、驚いた様子ね。

 つくづく無理もないわ。


 まあ普通の子に比べたら苦労してるとはいえ、その年では何が何やら分からないわよね。


 梅毒がどんな病気か、とか。


 でも、いいの。

 そんなことは、子供のあなたが知らなくて!


「さあて、向き合った所で……薬を、処方してあげましょ。」

「え!? な、治るんですか!」


 私がそう言うと、去魔は顔を明るくする。

 そうね、多分この子は私なら治せると思っている。


 今まで私の薬学魔法は、確かに色んな病を治して来たもの。


 だけど――


「……ごめんなさい。梅毒は治せないの。」

「……え!?」


 ああ、私がそう言ったら。

 去魔の顔から、笑顔が消えていく。


 うーん、ごめんなさい去魔。

 あなたにそんな顔をさせてしまって。


 でも、重ね重ね申し訳ないけれど。


「私には、いいえ今の医師全てには梅毒の原因は分からないの……だから本当にごめんなさい去魔ちゃん!」

「師匠……」


 そういうことなの、去魔。

 分かってちょうだい。


「た、助から……ないって言うの私、が……? ふ、ふざけないで後宮、魔、女……あ、あんたここまで……私、を追い詰めた、んだから……は、や……く……」


 朴娘は虚な目を開き。

 天に向かって、手を上げる。


 あなたにもごめんなさい、朴娘。

 私、軽率にあなたを救うと言ってしまった。


 そして今も、本来あなたの前で真実を告げるべきじゃなかったんだけど。


 ごめんなさい、本当にごめんなさい……

 でも、もうあなたは……長くないの。


 さすがにそこまでは、言えないけどね。


「で、でも……それなら、何の薬を……?」

「ええ、梅毒は治せないわだけれど……せめて苦しまないよう、夢幻の香を焚きます! それで少しでも朴娘が、楽でいられる夢を見せるの。」

「は……はい! それしか、ないですよね……」


 私は去魔に告げると。

 去魔も納得して、動き出してくれたわ。


 でも。


「い……や……おね……がいよ……助け……て……」

「……ごめんなさい……」


 ごめんなさい、朴娘。

 本当に私、こんなことしかできないの。


 だから……許して。



「玉帝有勅、神硯四方! 木精(シルフ)土精(ノーム)所司五志之思、脾所司歌唱之妖夢」


 せめて、見せてあげる。


「……夢幻之香使朴娘夢想幸福之夢 急急如律令!」


 幸福之夢(幸せな夢)を!


 ◆◇


朴娘(ポーニャン)様、お目覚めください!」

「……ん? あれ、私……」


 朴娘は目覚める。

 戸惑っているみたいね、無理もない。


 今いる場所は明らかに、後宮ではないから。

 そう、ここは――


「も、元の妓楼……? あ、あと朴娘、様……?」


 それだけじゃなく、自分が様付けで呼ばれる立場じゃないと思っているからそのことにも戸惑っているみたいね。


 様付けなんてそれじゃ、まるで。


「い、一番の売れっ子妓女みたいじゃない……」

「今さら何おっしゃっているんですか朴娘様! ほら、皆外で待っていますからお早く!」

「え……ち、ちょっと!」


 他の妓女に急かされ、自分の部屋から出て来た朴娘は。


「おお、朴娘じゃ!」

「なんとお美しい……」


 たちまち妓楼の客や、他の妓女たちから喝采を浴びる。


「皆が私に傅いている……? 私が、美しい……?」


 ええ、ご自分を見てごらんなさい!


「……! は、肌も髪も艶を湛えてる……? そ、それに綺麗な着物を着て、いる……?」


 朴娘は自分の髪や顔に触れて、着物を見て合点したわ。


 そう、これはまさしく煌びやかな売れっ子妓女そのものの姿。


「そ……そうよこれよ! 私はこうなりたかった! 皆に私を認めて欲しかった! あ……あははは! ええいいわいいわ、さあさあもっと私を持ち上げて!」


 朴娘は、喜びを露にしている。

 ええ、喜んでくれたようなら何よりよ。


 私にできるのは、これくらいだから――


 ◆◇


「あ……あはは……全ての男が、私を求めて声を……上げて。全ての妓女が、私に、嫉妬の声を、向けているわ……ああ、愉悦の、至極よ……私に、皆、傅き、なさい……」

「……朴娘、笑って、いますね……」


 現実では。

 私たちが見守る中、既に虫の息の朴娘は。


 その残り少ない息吹をもって、最期の喜びの声を絞り出してくれてる。


「……安らかに、お眠りなさい。」

「……安らかに。」


 私と去魔は、事切れた朴娘に向かい手を合わせる。


「……私は無力ね。薬学魔法なんてあったって、一人も治せない時も多いなんて……」

「な……そんなこと言わないでください、師匠!」

「去魔ちゃん……」


 私が思わず弱音を吐くと。

 去魔は、慰めてくれた。


「ありがとう……でも駄目なのよ。治せない病もあるなんて……薬学魔法があったって何にもできないなんて……」


 ――なら、仙丹(エリキシル)があればどうかしら……?


 ……え?


 と、その時。

 私の頭に、女の声が響いたけれど。


 こ、この声って。


 き、狐之妖妃!


「! し、師匠?」


 私は驚いて辺りを見渡し。

 去魔もそんな私に驚き、訝しんでいる。


「(狐之妖妃……私はあなたを、絶対許さない……)」


 私はそんな去魔をよそに、一人拳を握りしめる。


 ◆◇


「ふむ、なるほど……まさか妓楼より女官を連れてくるなど。」

「ええ陛下! あの娘は間違いなく病をこの後宮に持ち込んだのですわ、不届きにも!」


 翌朝。

 私たちは結局、ことの顛末を文にしたためて朴娘の傍らに置き。


 朴娘の亡骸は布をかけて、そのまま部屋に戻ったわ。


 そうして超金剛様を通じて文の内容を聞いた陛下は悲嘆された。


 だけど麗零様はご自分が嵌められたこともあってか、やっぱりご機嫌斜めね。


「し、しかし恐れながら……此度の件は、件の後宮魔女殿により解決したようでして」

「あら! わたくしの前で、その話をなさるの?」

「ひ、ひいい! い、いいえ滅相もない……」


 あら、超金剛様がその話をなさろうとすると。

 麗零様は、金剛様を睨まれた。


 まあそうね。


 誰も触れないのに自分からそのお話を出すのは、この麗零様がいらっしゃる前では軽率だったわ、金剛様。


 でも、庇ってくださってありがとうございます。


「そもそも……あの娘ごと病をこの後宮に持ち込んだのは、その後宮魔女とやらではないとまだ言い切れませんわ! なら……疑わしいわよね?」

「ひいい! は、はいその通りにございます!」


 あーあ、やっぱり。

 麗零様はお話をいつも通りと言うべき結論に、またこじつけられている。


「養母上……怒られてはお美しい顔が台無しでは」

「! あら……そうね、禄斬ちゃん!」


 で、またも。

 しれっと陛下の傍らにいるのはこの男・禄斬な訳ね。


 ◆◇


「何よ何よ……私だって自分の無力は分かってんの! だから」


 その頃、私は。

 実家に文をしたためている最中だった。


 それは商人である実家に、お願いをするため。

 西の事物に何か()()()()()はないか、あったら欲しいというお願いを。


 そう、もしかしたらあるかもしれないから。

 私たちの大錦にはるか昔から伝わる不老不死の薬・仙丹と同一視される西の薬。


 エリキシルに関する事物が――


 ――なら、仙丹(エリキシル)があればどうかしら……?


「癪だけど……そうね! エリキシルがあれば……」


 朴娘もあの蛇女も、蛇女に食べられた番兵も救えたかもしれない。


 そう思うと私は、何度も言うようだけど癪だけど!

 この文をしたためずにはいられなかった。


「……師匠。」

「! 去魔ちゃんね……ごめんなさい、今文を書いてる最中だから待ってて!」


 と、その時。

 壁の外から去魔の声が聞こえてきた。


「師匠。あんまり、思い詰められないでくださいね。……確かに師匠のお力でも救えなかった人たちはいますけど、救えた人たちもいますから。」

「! 去魔ちゃん……」


 私はその去魔の言葉に、ふと手を止める。


「今すぐ行くわ。」

「え? 文は書き終えられたんですか?」

「それは後回し……去魔ちゃんを抱くことが先回し!」

「な! し、師匠!」


 まったくこの子は、本当に子供らしくないことを度々。


 でも、いいわ。

 ありがとう、去魔。


 ◆◇


「養母上! この度は誠に」

「ああ心配はご無用よ禄斬ちゃん! わたくしはこの通り達者ですから。」

「はっ! 何より喜ばしきこと、この禄斬感無量でございます!」


 そうしてその夜。

 やっぱりこの養親子(おやこ)は、密会しているわ。


 やがて。


「私のかわいい禄斬ちゃん……あなたに、砂漠の都市を――あなたの生まれたソグダイの街を、案内してほしいわ。」

「……はっ!」


 麗零様は禄斬に、そう告げた。


 ◆◇


「はあ……はあ……私の獲物、そろそろ来ないかしら……」


 場所は変わって。

 ここは西と、私たちの大錦――東を結ぶ砂漠上の東西行路。


 この東西を分断するように横たわる砂漠の中にありながら、東西を結ぶ役割を果たすのはそこに点在する緑州(オアシス)都市。


 先ほど麗零様と、禄斬の話にもあった場所ね。


 その中でも一際大きなサメールカンダイ――私たちは康の国と呼んでいるわ――では。


 一人の娘が、屋根上に佇んでいた。


「……首尾はいかがかしら。」

「!? は、ははあ狐之妖妃様!」


 その娘は傍らに突然現れた狐之妖妃に、娘は跪いた。


「砂漠の蠍娘……ご安心なさい。じきにあなたが求めるものが、東からやって来るから……」

「!? ま、誠ですか!?」


 狐之妖妃のその言葉に。

 その娘――砂漠の蠍娘は、顔を明るくする。


 こうして。

 火種はこの西にも燻っていたのだけど、私にはまだ知る由もなかったわ。

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