#10 夢遊病の治療
「! これは……」
「お、お妃方や宮女たちがこんなに……朴娘はどこに?」
私と去魔は、屋根上に出て愕然としたわ。
そこには今去魔が言った通り、女たちの夜宴と化していたの。
――ようこそ、我が夜宴へ……
「! あなた……獏姫――朴娘ね。」
と、その時。
私の頭の中に、あの朴娘の声が響き渡った。
ええ、私は夜宴のお誘いに乗ってあげたわよ。
――さあ、あなたに最後の機会を与えてあげるわ……この中から、私を見つけてごらんなさい!
「なるほど……分かったわ、なら!」
私はそこで、目を瞑る。
そう、この前と同じく。
私もわざと、獏姫の術にかかり。
直接、獏姫の夢の中に――
と、思ったけど。
――キャハハ、誰があなたを夢に招くと思ったかしら後宮魔女! もはやあなたは、私が夢ごと潰す価値もない……精々起きた状態でじわりじわりと、本来救うべき人たちが夢ごと潰されていく様を眺めて苦しむがいいわ!
「あら……なるほどね!」
はあ、やっぱり!
まああんなことがあったから、そうそうお招きはいただけないとは思ったけど!
――そうよ……図に乗るんじゃないわよ、後宮魔女! 私のあの姿を見たあんたなんか、本来ならその場で捻り殺してもよかったものを……今こうして助命したこと自体がかなりの譲歩なのだから!
「ええそうね……そこは感謝します。」
まあ正確には、どうにか私が逃げ切っただけで助命してもらった覚えなんかないんだけど。
この場で、それは言えないわね。
――さあて……どうするの後宮魔女さん?
「くっ……」
勝ち誇ったような笑いを含み。
獏姫は、私を煽って来る。
◆◇
「そうよ……私は見つけられない、あなたなんかには! だけど……」
朴娘は言いながら、自分の胸に手を当てる。
「お願い……誰か私を見つけて。」
あらあら。
つい今しがたの言葉とは裏腹に、彼女は弱音を吐く。
うーん、この本心をもっと早く知っていれば……
いえ、それは言っても仕方ないわ!
そうよ私も、この時は知っていなかったけれど。
あなたを救おうって気持ちは、本物だったんだから!
「お、お妃方や宮女たちがいっぱい寄って来ますよ師匠!」
「ええ、どうしたものかしらね……」
さてその頃。
私と去魔は考えアグぬいていたわ。
さて、困っちゃうわね〜。
朴娘を早く見つけないといけないのに。
今去魔が言ったように、私たちは無数のお妃や宮女たちに阻まれている。
――ほほほ、さあどうなさったの後宮魔女さん! もう手詰まりかしら?
「まあそんな所ね……行くわ去魔ちゃん! ここは逃げるわよ!」
「ええ!? ……は、はい!」
しかし私たちは。
逃げるを上計にするとばかり、退き始める。
――あら……つくづく情けないのねえ! あれだけ啖呵を切っておきながら!
「……去魔ちゃん。あの煙は、そろそろ皆の足元を流れる頃かしら?」
「……はい! そろそろ潮時です!」
でも、私は。
勝ち誇る獏姫の声をよそに、密かに側を走る去魔と示し合わせていた。
◆◇
「ふふふ……あーあ、ザマあないわね! あれだけ言っておきながらこの体たらくとは。まあいいわ……さあ女たち、もっともっと舞いなさい!」
獏姫たる朴娘は今、夢の中の自分の部屋で文机に向かい。
夢遊病を感染した人たちに、指示を出しているわ。
「そうよ……さあそろそろ誰か潰さないとね!」
そうして獏姫は、目を巡らせる。
どうやら夢に従って動く妃や宮女の中から、私への当てつけとして潰す者を選ぶつもりみたい!
「……ん!? な、何よこれ!」
と、その時だったわ。
獏姫が驚いたことに。
何と妃や宮女たちは、急に動きを止めると。
その場にバタバタと、倒れて行く。
「な、何が……? いいえ、こんなのあり得ないわ! 何をしているの私のお人形たち、誰が止まっていいと言ったの? 早く、立ち上がりなさい!」
驚いた獏姫は、妃や宮女たちに更に指示を送るけど。
彼女たちは、ピクリとも動かない。
いいえ、それだけじゃないわ。
「!? こ、これは……私の部屋が、歪み出した!?」
獏姫の周囲――彼女の部屋は。
急に歪み出したの。
「ば、馬鹿な……何故? ここは私の夢! 私の思い通りにならないなんてこと」
獏姫はご自分の夢が思い通りにならないことにご立腹のご様子。
ええ、無理もないわ。
「まさか……後宮魔女! また、あんたが何かやったのね!」
ようやく、お気づきですか。
ええ獏姫様、あなた様は舞を舞っていらした。
あなたの夢の性は、歌歌う夢と同じく脾――土精。
だったら――
「さあ……玉帝有勅、神硯四方! 木精克土精所司五志之思、脾所司歌唱之妖夢――
夢幻之香克獏姫之夢、急急如律令!」
幻惑の香を改めた、夢幻の香!
それを後宮中に振りまいて、あなたの夢に今干渉させてもらっているわ!
「くっ……おのれ……おのれ後宮魔女おお!」
獏姫は怒りの声を上げた。
◆◇
「し、師匠! あれは」
「ええ……今度は現で再び相見えたわね、獏姫様!」
翻って、ここは現。
私の香のせいでお妃や宮女たちはまるで死屍累々……いえ、まあ死んではおらず倒れているだけなんだけど。
その中でただ一人、ケロっと佇んでいるのは朴娘。
獏姫、その人ね。
「ふん……せっかく私が見ていた夢を、どこまでも邪魔をするのねえ忌まわしき女あ!」
「くっ……ええ、そうよ! 私は後宮魔女! 邪魔して何が悪いかしら?」
「ふん……そうね、その通り!」
獏姫――いいえ朴娘は高らかに笑い。
その燃え盛る怒りは、私や去魔の頭に直に送り込まれて来る!
「……と、言いたいところだけど。私にも悪いところはあったわ。」
「……へえ?」
「……って!? し、師匠!」
だけど私は、そこで朴娘に謝り。
それには朴娘も去魔も、拍子抜けした様子だわ。
無理もないわね、でもね。
「まあだからといってあなたがやったことが許される訳じゃないわ! だから私があなたに対処しなきゃいけないのは変わりない……だけど認めるわ。私、あなたを救うって最初に言った時! あなたのこと知った気になって色々言っちゃってた!」
「……へえ?」
「し、師匠……」
そう、そのことは謝らないといけない。
「おかげであなたの、触れられたくない部分に触れてしまった! ごめんなさい、それは悪かったわ……」
「……ふん! なら償ってくれるの? この場で自らその首を刈って私に差し出してくれる?」
「な……そ、そんな!」
私が謝ると、朴娘たら。
そんな過激なお願いをして来たわ。
「いいえ、私ができるお詫びはただ一つ! あなたにこんなことはもうさせないこと、あなたのその悪夢を……終わらせてあげること!」
「ふ……ふふふはははは!」
私のその言葉に。
朴娘は、天を仰ぎ大笑いする。
でも今度は、真顔になって私の方を向く。
「……いいでしょう。なら終わらせてみなさいよ、もっとも! 私のこの夢は悪夢なんかじゃない、素晴らしき理想の権化よ!」
「……! く……急に、眠気が!」
と、その時。
朴娘のその言葉を合図としてか、私の頭を凄まじい眠気が襲う。
でもこの感じは。
「……覚えがあるわ獏姫様。私を、再び招いてくれるのね!」
「ええ……やはりあなたは私自ら潰すわ! さあいらっしゃい……獏姫の部屋へ!」
私は、覚悟を決めた。
「し、師匠!」
「引き続き、夢幻の香をよろしく頼むわ……」
私は寝入り端に、去魔にそう告げた。
◆◇
「ようこそ……獏姫の部屋に!」
「あら……今日は最初から扉が開かれているのね、光栄だわ!」
そうして、夢の中。
私が朴娘と対峙するその部屋に、もう私たちを隔てる扉はなかった。
そこには直に真の姿を晒した、朴娘の姿が。
「ええ、その光栄さを胸に抱いて! 冥途の土産とするがいいわ……さあ!」
「くっ……玉帝有勅、神硯四方!」
朴娘が言葉と共に、部屋を歪ませて私を潰そうとして来た。
だから私も、呪いを唱え始めたわ!
「木精克土精所司五志之思……」
「! むう……姫の前で何という無礼を働くの! 後宮魔女めが……私にただただ平伏しなさい!」
私の呪いにより部屋の歪みが治されかかったけれど。
朴娘も負けじと、再度部屋を歪めて来た!
「くっ……負ける訳にはいかないの! ……脾所司歌唱之妖夢……」
でも私も、諦めない!
「あら……なあに後宮魔女! 散々私を怒らせて、まだ怒らせる気なの!?」
ええ……その通りよ、ごめんあそばせ!
「……夢幻之香克獏姫之夢……而……使獏姫、其之悪夢終! 急急如律令!」
「く……よくもまあ、性懲りも無く言えたものね!」
獏姫をして、その悪夢を終わらせる――
ええ、その誹りは覚悟の上よ!
だけど……
「くっ!? へ、部屋が、外側に膨らんで……い、いやああ! 私の夢が壊れる! 忌まわしい現に引き戻されるうう!」
つくづくごめんあそばせ、獏姫様。
私には……こんなことしかできない!
◆◇
「師匠、師匠!」
「……ん? あ……ぽ、朴娘は!?」
そうして、私は現に帰って来た。
心地よい、去魔の声に起こされて。
「そ、それが急に倒れて……ぼ、僕には何が何だか分からなくて!」
倒れた……
そう、やっぱり。
「……後は私がやるわ、あなたはもう下がって。」
「い……いいえ! 僕は師匠の愛弟子ですから!」
……ふん、やっぱり言うわねあなた。
自分で愛弟子って、普通言うかしら?
「分かったわ……じゃあお願い、まずは朴娘と向き合って。」
「は……はい!」
私はそうして去魔を連れ。
倒れている朴娘の所へ歩み寄る。
「お願い……助け……て……」
朴娘はその肌全てに赤い瘡を作っていて。
また、髪も薄くなり息も絶え絶えな様子。
「し、師匠……これって!?」
「ええ、これがこの娘の夢遊病の源――末期の梅毒よ!」
「な……!? そ、そんな……」
去魔は驚いている。
無理もないわ、私も初めて見た時は面食らった。
そう、この娘は女官狩りに遭ったと言っていたけれど。
その時の勤め先は恐らく……妓楼ね。




