ぎこちない甘え方
3日後の昼、クロエは掃討班メンバーと共にリップオフの駆除をする為にダイアンの指示を聞いていた。
「もう一度言う。現場に着いたら左右に散会。右はアルバート、バージル、ナック、マリー。
左は俺とエリザベート、あとクロエだ。」
すると、マリーが反論した。
「ちょっとダイアン、バージルは左じゃなかった?」
「あれ?そうだっけ?」
今後はナックが注意した。
「そうだったよ。しっかりしてくれ、最近指示が散漫になってるぞ。」
ダイアンは素直に頭を下げた。
「すまない。バージルが左になるんなら、右は誰が移るんだ?」
エリザベートが優しく諭した。
「誰も移らないわ。さっきそう話したじゃない?」
「そうだった。じゃあ頼むよ。全員車に乗ってくれ。」
ダイアンの指示を受けたメンバーはダイアンの散漫さに腑に落ちず、しぶしぶ車に乗った。現場に着くと、メンバーはダイアンの指示通りに散会してリップオフと戦闘を始めた。
「どうもリップオフが多いのはこっちのようだな。」
バージルは強く頷いた。
「右側のチームから緊急の連絡は来てないし、たぶんそうなんじゃないかな?」
エリザベートは残りのリップオフを見渡して言った。
「でも、あと10体いるかいないかよ。」
クロエは勝利を確信して明るく叫んだ。
「このまま私達でいけるわ!」
ダイアンはクロエにアイコンタクトを送って強く頷いて命令した。
「すぐ終わらせるぞ!」
残りのメンバーは口を揃えて了承した。
ダイアンは近くにいたリップオフの群れに突っ込んでいくと、剣を振りかざして攻撃を与えた。
「あと5体だ!」
それを聞いた3人は喜ぶと、残りのリップオフに攻撃を開始した。ダイアンもすぐ加勢しようと3人の方へ向かったその時、傷を負ったリップオフがダイアンの行く手を阻んだ。ダイアンは動揺を隠しきれず、目を見開いてリップオフに怒鳴った。
「ふざけんな。お前はさっき倒したはずだ!」
バージルが即座にたしなめた。
「落ち着けよ。珍しいな、ダイアンが仕留め損ねるなんて。」
クロエもダイアンに落ち着くように促した。
「バージルの言う通りよ。頭を冷やして!」
「バカ、落ち着いてるよ!」
ダイアンはクロエに文句を言いながら目の前のリップオフを刻んで倒すと、残りのリップオフを刻んで戦闘不能にした。リップオフは全滅したが、バージルとクロエへのダイアンの態度に腹を立てたエリザベートはダイアンを叱った。
「全然落ち着いてないじゃない!ほんとに大丈夫?いつもはこんな些細なことじゃ怒らなかったでしょ?」
「確かにそうだな。冷静じゃなかった・・・」
ダイアンはゆっくりと首を縦に振ると、剣をしまって頭を抱えた。その態度に全員は何も言えなくなって固まった。バージルは笑顔を3人に向けて他のメンバーとの合流を促した。
「とにかく他のメンバーと合流しよう。ダイアンも頭が冷えたみたいだし、もう平気だろ。」
ダイアンは即座に頷いた。
「もう平気だ。みんなで帰ろう。」
ダイアンはすぐさま無線で連絡を取りながら歩き出した。3人もそれに続いた。本部に着くと、ダイアンは誰に顔を合わせることもなく、自室に向かった。それを見たクロエは少し怪訝に思っていたが、ナックから訓練を受けることになっていたため、ナックと夜までトレーニング室で過ごした。
クロエが作ったハチの巣だらけの的を見たナックは感動した。
「素晴らしいよクロエ!免許皆伝だ!これで俺から銃に関してはもう教えることはないよ。」
「そう。今まで教えてくれてありがとう、ナック。お礼は何をすればいいの?」
「じゃあ、明日俺とデートしてくれ。もちろん、リップオフの襲撃がなかったらな。」
「いいわよ。明日はいっぱい遊びましょう。今日は疲れたからもう寝るわ、おやすみ。」
「やった!おやすみ、クロエ。」
クロエはナックと共にトレーニング室を後にした。自室に戻る途中でクロエは喉が渇いたのでナックに手を振ってダイニングルームに寄った。人気はなく、薄暗かった。時計を見ると、10時をまわっていた。すると、バリバリと何か渇いたものが割れる音が聞こえた。クロエは警戒して銃を抜くと、周りに銃口を向けながら音のする方へ詰め寄った。すると、腕が伸びてきてクロエの銃を払い、首を掴まれて壁に押し付けられた。相手の俊敏な動きに、クロエはどうすることもできなかったが、相手はすぐに手を離した。
「同士討ちしてちゃ、世話ねぇな。」
クロエは自分を襲いかけた相手の顔を見て少し咳き込みながら質問した。
「ダイアン・・・ここで何してるの?何食べてたの?」
ダイアンは即座にクロエに質問し返した。
「お前もこんな時間まで何してたんだよ?」
「私はナックからトレーニングを受けてたの。」
「俺は見張りだよ。さっきは氷を食べてた。そしたらいきなり銃口を向けられたから反撃したらお前だった。」
クロエは敵と見間違えたことを謝った。
「ごめんなさい。神経が過敏になってて敵かと思ったの。」
ダイアンはクロエよりも深く頭を下げた。
「俺の方こそごめん。守るって言ったのに傷つけた。」
ダイアンはクロエに和解の握手をしようと手を差し伸べたが、めまいを起こして頭を抱えた。その様子を見たクロエはすぐにダイアンの容態を気遣った。
「大丈夫?」
「ちょっとめまいがしただけだ。」
「本当に大丈夫?最近なんかおかしいわよ。」
クロエは最近の記憶を呼び覚ましてダイアンの不調を推測した。ダイアンがこうなり始めたのはこの3日間だ。指示の間違いや些細なことで怒り、めまいを起こす兆候のある病気、それはー
「ダイアン、あなた寝不足でしょ?」
図星を突かれたダイアンは一瞬固まった。
「なんでわかった?」
「目の下にクマができるのだけが寝不足の症状じゃないのよ。それ以外の症状にあなたの行動が当てはまっただけ。いつから寝てないの?」
「5日前からだ。」
「5日前・・・」
その日は忘れもしない。
「モカが死んだ日ね。でも、あの時一緒に寝たでしょ?どうして寝不足になるのかしら?」
「お前が寝た後に見張りを再開したんだよ。モカを死なせた分の償いをしなきゃダメだ。」
それを聞いたクロエは一瞬声を裏返らせて驚いた。
「それで体調を崩したら本末転倒よ。第一、モカが死んだ責任は私にあるの。これからは私が背負うわ。」
ダイアンは即座に首を横に振った。
「それはダメだ。」
クロエは妥協案を出した。
「わかった。これからは2人で背負っていきましょう。まず、あなたは疲れを取る必要があるわ。 リップオフを仕留め損ねたのも疲れが溜まって技のキレが落ちたからじゃないの?」
クロエの洞察にダイアンは感心して頷いたが、眠ることは断った。
「そうかもな。明日寝るよ。」
「なんで今寝ないの!」
「寝たら見張りの意味がなくなる。」
「もう身体は限界よ。寝なさい。」
「母さんみたいなこと言うなよ!」
ムキになって怒鳴るダイアンをクロエはじっと見据えていたずらっ子のように目をギラギラ輝かせた。
「あら、私をアイリスさんみたいに想ってくれてるの?アイリスさんの命令には基本逆らわなかったもんね。」
「母さんもとい長官の命令は絶対だからな。」
「ほら、横になって。」
クロエはソファに足を閉じて座ると、太ももを軽く叩いて横になるよう催促した。膝枕をしてくれるのに気づいたダイアンは慌てて断った。
「アホ!余計寝づらくなる!」
するとクロエは声をアイリスに真似て命令した。
「長官の言うことは?」
「・・・絶対だ。クソっ!」
観念したダイアンはぎこちなくクロエの膝の上に寝転んだ。クロエからは柔軟剤の匂いが漂い、しかも自分好みのキツすぎない石鹸のような匂いだった。思ったよりも快適な感覚に、ダイアンは一瞬全身の力を抜くと、起き上がろうとした。しかし、それに気づいたクロエは頭を押さえつけた。ダイアンはしばらく抵抗していたが、起き上がろうとする度に頭を押さえつけられ、ついに本当に観念して膝枕を受け入れた。再び全身の力を抜いた途端、懐からナイフが落ちた。拾おうと咄嗟に手を伸ばしたが、クロエが素早くナイフを掴んだ。
「これは没収。」
「クロエ、返してくれ。それがなきゃ心配なんだ。」
「テディベアにするには物騒すぎるわ。大丈夫よ。ここは安全だし、何かあったらすぐ起こすから。」
「わかった。絶対そうしてくれよ?!」
「約束する。だから目を閉じて。」
ダイアンは言われた通りにした。クロエはマッサージを施す為にダイアンの脳天を親指で押した。すると、ダイアンが声になってない悲鳴をあげて手を払った。
「止めろ!どこ触ってるんだ?」
「快眠できるマッサージを施してるのよ。」




