開きかけた心
ダイアン達はリップオフの出現現場に向かうと、暴れていたリップオフを掃討した。ダイアンは最後の一匹となったリップオフに剣を突きつけて質問した。
「すぐ死にたくなければ、幹部がどこにいるか答えろ。お前らがチェンジアメリカの差し金だってことはとっくにわかってるんだ。」
リップオフはしばらく黙っていたが、観念して口を開いた。
「・・コノ近クノバーダ。」
「ありがとうな。なら・・・」
ダイアンが言い終わったと同時に、ナックがリップオフの心臓を撃って葬った。
「ありがとよ、ナック。全員聞いたか?近くのホテルに向かうぞ。」
クロエはダイアンの発言に食いついた。
「リップオフはバーって言ってたでしょ?」
ダイアンは諭すような口調で言った。
「この近くのバーと言えば、ビルに入ってるとこしかないんだ。ホテルが経営してるから、昼でも飲めるし、ちょっとした料理も出る。だから人が集まる。だから紛れるのも襲うのも、うってつけってわけさ。」
「そういうことね・・・」
感心するクロエに背を向け、ダイアンは車に直行した。車を運転して全員の目の前で停めると、乗るように促した。全員を乗せた後、ダイアンは運転しながら指示を出した。
「何度も確認しただろうけど、俺とマリー、エリザベートとクロエが索敵と特攻。アルバートとバージルが退路確保、ナックが諜報と救援だ。何が何でも、幹部から情報を聞き出すぞ。」
聞いていた全員は口を揃えた。
「了解!」
ダイアンはアクセルを踏み込み、ビルへの到着を早めた。ビルに着いた一同は、自分たちの持ち場に散り、行動を開始した。ホテルのバーには、ホテルの向かい側のビルにいるナック以外のメンバーが入り、バラバラに席に案内された。
その中で、ダイアンはクロエと同じ席に座ることになった。向かいあって座る中、2人には沈黙が流れる。クロエは何か話そうとするものの、憧れの人を目の前に緊張して目が泳ぎ、顔が赤くなった。あまり黙っているのも不自然だと見かねたダイアンは声をかけた。
「なあ、大丈夫か?さっきから口数がめっきり減ってるぞ。」
クロエは照れているのを隠そうとなんとか自然に振る舞った。
「えっ?!大丈夫よ。」
ダイアンはクロエのリアクションは意に介さず安心した。
「なら良かった。実はあんたに質問したいことがたくさんあるんだ。」
「何でもどうぞ。」
「あんたは何者なんだ?実を言うと、俺には“リップオフの襲撃に巻き込まれたカフェの店員”しかプロフィールがない。」
クロエは軽く謝って自己紹介した。
「確かに、自己紹介がまだだったわ。私は普段、大学生なの。2年生よ。」
「専攻学科は?」
「心理学よ。」
「心理学か・・・・」
心理学と聞いて一瞬固くなったダイアンの表情をクロエは見逃さなかった。
ダイアンは心の中を暴かれることを怖れている。心の傷は痛みを誰かと分かち合わなければ治らない。お願いだから、いつか晒して欲しい。 2人の間に重い沈黙が流れ、お互いの口を開くのを許さなかった。クロエはそれを振り払うように重い口を開いた。
「あなたのことも、もっと教えてくれない?ずっと黙ってたらおかしいし。」
「そうだな。そういや、マリー達から聞いたけど、俺とあんたは同い年なんだってな。」
「そうみたいね。聞いた時はほんとにびっくりしちゃった。同い年とは思えない活躍なんだもん。カッコよくて、背も高くて、強くて優しいなんて、絶対にモテるわよ。ちなみにいくつあるの?」
クロエの褒め言葉をダイアンはサラッと受け流した。
「180cmだ。こんな条件、他の男も満たしてるだろ。見たところ、あんたはナックとデキてそうだけどな。」
射程圏外のタイプを言われたことにクロエは全力で否定した。
「冗談は止めて。私なんかにナックは似合わないし、ナックも私のことなんか友達くらいにしか見てないわよ。」
クロエの剣幕にダイアンは軽く驚いた。
「そんなに自分を貶さなくてもいいだろ。俺だってお前に釣り合うとは思えないね。ティーンのくせにSNSの使い方があまりわからないし。この前パーティーで撮った写真上げてたよな?ハッシュタグってどうやって付けるんだ?」
クロエはダイアンに許可を得るのを忘れたことを思い出して謝った。
「勝手に上げちゃってごめんなさい。嫌だった?」
ダイアンはすぐに首を横に振った。
「気にしてないよ。」
「なら良かった。ハッシュタグはシャープを半角にすると付けれるのよ。SNSは今までやったことないの?」
「日本で住んでた時はLINEとツイッターならやってたよ。LINEはこの前交換したよな?ツイッターにはあまり投稿してなかったし、上げたとしてもハッシュタグは付けてなかったから、付け方がわからなかったんだ。」
「ええ。LINEはこの前交換したのは覚えてる。ツイッターはもうやってないのね。なら、今からハッシュタグを付ける練習をしてみない?前に撮った写真は送ったわよね?」
「ああ。保存してあるよ。」
「じゃあ今からやりましょう!投稿の手順を教えてあげる。」
クロエはプレゼントを前にした子どものようにはしゃぎながらダイアンに優しく投稿の仕方を教えた。写真を選んでクロエの勧めた加工アプリのジャンルをセレクトする手順になった途端、ダイアンは選ぶ指を下ろした。それを見たクロエはすぐにダイアンを気遣った。
「ダイアン、どうしたの?」
「加工にはちょっと抵抗があるんだ・・・」
「なんで?かわいいあなたを見てみたいわ。あなたがイヤなら私にしてくれても構わないわよ。」
「かわいく見られたくないし、別に加工なんかしなくてもアンタは十分かわいいよ。」
そうやって爽やかな笑顔を浮かべて言うダイアンにクロエは思わず頬を赤らめ、ダイアンを直視できなくなって視線を落とした。
「そう言ってくれてありがとう・・・」
「でも、背景や周りは綺麗に写るようにしたいな。どうやるんだ?」
「ああ、それはね・・・」
クロエはすぐに顔を上げてダイアンを手伝い、互いに満足したところで2人は写真を整え終わり、ハッシュタグを教える手順になった。
「ハッシュタグを教えるけど、せっかくだから文章を軽く書いてみれば?その方がわかりやすくて多くのいいねがもらえるわよ。」
「何を書けばいいんだ?」
「感想を書いてみたらどう?思った通りに書けば大丈夫よ。」
「わかった・・・」
ダイアンは言われるままにキーボードの上て指を滑らせて文章を作り始めた。
「一通り書いてみたけど、いけそうかな・・・」
クロエはダイアンからスマホを受け取ると、書かれた文章を読んだ。"4日前のことになるけど、ダンスパーティーに出かけた。パートナーになってくれたクロエは明るくて、一緒に踊っていて気持ちよかった。またこんな日を体験できればいいんだけどな・・・"
「最高よ!楽しかったことが伝わってくるし、私のこともしっかり書いていてくれてありがとう。そうだ、思い出した。ハッシュタグは人に付けることもできるのよ。こうやって・・・」
クロエはハッシュタグを自分のアカウントにつながりやすくしてからスマホをダイアンに返し、ダイアンが慎重にハッシュタグを付けるのを見守った。ダイアンが付け終わって投稿が無事にアップロードされるのを確認すると、2人は胸を撫で下ろした。
ダイアンが満足気に言った。
「よかった。これで誰でも見れるんだな。」
クロエは優しくほほえみかけた。
「そうよ。写真も文章も充実してるしあっという間に高評価が来ると思うわ。」
「評価はどうでもいいけど、とりあえずありがとうな。これでいっぱしには使えるようになったかもしれない。」
「気にしないで。満足してるなら幸いよ。もうあなたはSNSのことで気を揉む必要はないわ。」
「やっぱりアンタが好きになるのはそうやってSNSを巧みに使う男なのか?」
クロエは危うく想いを白状しないように言った。
「それはどうかしら?一応好きな人がいるの。その人はSNSはあまり得意じゃなさそうだけどね。」
ダイアンはいたずらっ子のような少しギラギラした表情になって尋ねた。
「誰だ?」
「言ったら願いが叶わなくなっちゃう。」
クロエの照れ隠しな発言にダイアンは軽く笑った。その笑顔を見て、クロエは自分が好きな人の役に立っているという安心した気持ちになった。
「良かった、もう笑えるのね。」
「ああ、もう平気だよ。」
笑顔で答えた後、ダイアンは心の中で深く後悔した。 心を開かないと誓ったはずだろう。それに、ここに喋りに来たわけじゃない。
ダイアンは本来の目的を自分とクロエに言い聞かせた。
「少し周りを見てみろ。危うく目的を忘れるところだった。」
クロエは素直に謝った。
「ごめんね、ダイアン。」
クロエが謝った直後、ダイアンの電話にナックから着信が入った。 ダイアンはクロエに軽く詫びを入れて電車に出た。
「失礼。─ナック、どうした?」
「ターゲットを補足した。カウンター席で黒いジャケットで酒を飲んでるやつだ。」
「わかった。」
ダイアンは電話を切ると、メールでマリーとエリザベートに指示を出した。
“2人でカウンター席に向かって、黒いジャケットの男と接触しろ。そして、男を外に出るように仕向けてくれ"。
マリーとエリザベートが席を立ったのを機に、ダイアンとクロエにも緊張が走った。自分はともかくクロエが極度の緊張で粗相を起こしかねないと判断したダイアンはできるだけ物腰柔らかく言った。
「自然に振舞うんだ。緊張すれば敵の思うツボさ。」
クロエは緊張してないことを示すために強く頷いた。
「わかってる。でも、2人が心配。」
ダイアンは少し芯のある言い方で説得した。
「これくらいできなきゃ今日まで生きてないさ。それに特攻役として、リーダーとして、もうメンバーは死なせない。」
ダイアンはコップの水を一気に飲み干すと、落ち着けと言うように深く息をついた。その行為を見て、クロエも深呼吸をして心を鎮めた。それを見たダイアンは一瞬、マリーとエリザベートに包容力のある視線を送ると、クロエに向き直って他愛もない話をしだした。ダイアン達の期待を裏切らず、2人は自然に男に話しかけた。マリーが最初に男の隣のテーブルに手を突いてもたれかかった。
「珍しいですね。お昼どきとはいえ、1人で飲むなんて。」
エリザベートがやんわりと誘った。
「1人で飲むなんて退屈でしょうから、良かったら相手をしようと思ってるけど、いいかしら。」
男はあっさり了承した。
「構わない。こうやって飲むのは久しぶりだな。」
男は2人に自分の両隣に座るように促した。
マリーは左、エリザベートは右の席に腰掛けた。途中、マリーは男のズボンの後ろポケットに長財布が突っ込んであるのを見つけた。マリーは音もなく、素早くそれを抜き取り、自分のズボンのポケットに入れた。幸い、男には気づかれておらず、マリーは一息ついて安心すると、ドリンクを注文した。一連の行為を見たダイアンはやるな、と感嘆を呟き、クロエにジェスチャーで指示を出した。
(男が通ったらわざと水をこぼすんだ。)
クロエはうなずくと、ダイアンとの会話を続けた。しばらく2人が話していると、ナックからの着信がダイアンの携帯に入った。
「近くに空いているビルを見つけたからそこにおびき寄せよう。俺とアルバートとバージルはそこにいる。」
「わかった。今からそっちに全員で向かう。」
ダイアンは電話を切るとクロエ以外のメンバーにナックのメッセージをメールで一斉送信した。
メールを受け取ったアルバートとバージルが先に店を出て車でビルに向かうと連絡を入れた。
2人が出て数分後、マリーとエリザベートも店を出る準備を始めた。マリーは男に軽く詫びを入れた。
「ごめんなさいね、急用ができてしまったから、行かなきゃならないの。」
男は丁重に手を顔の前で横に振った。
「平気だよ。ずっと喋れて楽しかった。」
マリーとエリザベートは席を立つと、会計をするために出入り口に向かった。途中、マリーはダイアンとクロエの前を通った時に長財布をエリザベートに渡した。
エリザベートはそれを受け取ると、左脇にしっかり抱えた。
そして歩きながら2人に“半分逃げて、半分先導するわ。”と口パクでメッセージを伝えた。
2人は軽くうなずくと、男の様子をうかがった。男は始め、マリーとエリザベートを見送っていたが、ズボンをまさぐって財布がないことに気づくと、血相を変えて2人を追いかけた。
「止まれ、泥棒猫ども!財布を返せ!!」
男が自分たちに近づくのを察知したダイアンは咳払いをしてクロエにコップを倒すよう合図した。クロエは肘を軽くコップにあてた。コップは弧を描いて倒れ、水を男が向かってくる方向に撒き散らした。男は面食らい、怒りをクロエにぶつけた。
「なにしてんだ!こっちは急いでるんだよ!」
「ごめんなさい、すぐ拭くわ!」
クロエが慣れた手つきで床を拭くのを見たダイアンは加勢に入った。
「大丈夫か、クロエ?俺も手伝うよ。」
ダイアンはクロエとは反対方向に飛び散った水を拭き始めた。途中でダイアンは軽く男の方に足を投げ出して、転びやすいようにした。
「もういい!邪魔だからどけ!」
ある程度、床の水分が消えていくのを見て平気だと判断した男は2人を押しのけて出口に向かおうとした。しかし、ダイアンの足につまづいてバランスを崩し、男は地面に突っ伏して転倒し、少し地面を滑った。
ダイアンは男に踏まれた部分に手を当てながら軽く怒りをぶつけた。
「痛ぇな、オイ!何がしたいんだよ?」
男はダイアンに飛びかかる勢いで声を荒げて反論した。
「そっちこそ何やってんだよ!おかげでスリを逃がしたじゃないか。」
ダイアンは聞こえるか聞こえない音量でため息をつくと丁重にマリーとエリザベートの追跡を買って出た。
「それなら俺達が手伝うよ。お詫びもかねてな。」
クロエも加勢して男に冷静さを取り戻そうとした。
「そうよ。スリがまだ外にいるかもしれないから早くここを出ましょう。」
2人の懇ろな態度に男は頷いて詫びを入れた。
「そうだな。すまない、カッとなって。」
ダイアンが軽く首を横に振った。
「わかればいいのさ。」
3人はバーを出てビルの出入り口に向かうとマリーとエリザベートの姿を探した。しばらく3人は辺りを見回していたが、先に2人を見つけたのは男だった。
「見つけたぞ、あの女たちだ、待て!」
ダイアンが表向きは軽く怒って叫んで追いかけた。
「逃がしてたまるか!」
クロエも正義感溢れる女を演じた。
「待ちなさい!財布を返して!」
3人はエントランスを出て、マリーとエリザベートを追った。ダイアンとクロエは男よりも速く走って男を抜こうとしたが、男のスピードはクロエは愚か、速さに自信のあるダイアンでさえ、抜くのがやっとだった。やがてマリー達は寂れたビルの階段を駆け上がった。男が2人を追いかけて階段突き当たりのドアに駆け込んだのを見たダイアン達も後に続いた。




