プロローグ:船の上での穏やかな一時
初投稿です。
平成30年3月5日更新
とある高所から落ちている少年がいた。朱金に耀く幻想的な大空を背景に、真下にぽっかりと大口を開ける闇の中へ一直線に向かっている。
その視線の先には一人の少女。薄紅を反射するその美しい白銀はまるで天鵞絨のようにはためいた。
「死なないって言ってただろうがぁぁぁぁあ!!」
その瞳に宿るのは闘志。そして怒り。更には、ほんの少しの後悔。己の心に満ちる感情に導かれ、少女に向かって手を伸ばす。雄々しく叫びながら止まることの無く落ち続ける少年に、幾ばくかの影が射す。
「……っ、ぐっ!」
大小様々な瓦礫が少年の身体を打った。服は破け、傷口が開き、肉が抉られる。食い縛った歯の間から血が吹き出してくる。
それでも。少年は手を伸ばすことを止めない。指の先にまで力を入れて、決して折れない信念と共に。少年は、遂にその身体を引き寄せた。
言葉なきその少女にまだ息があることに安堵の笑みを溢す。
そしてゆっくりと呟いた。
「何で、こんなことになってんだろうな?」
少年は思い出していた。
あの蒸気霊導船に乗ったときのことを。
此処に至る物語の前日譚を。
◇◇◇◇◇◇
とある日の朝。いや、もう昼前と言った方が良いだろうか。十一の鐘がなって少し経った今は、見事に快晴で雲一つない。陽の光は柔らかく、辺りに翔んでいる群体聖霊を温かく照らす。
其の中を悠々と游ぐ一隻の船があった。その船は“翼持つ乙女”の名を持ち、大空に白煙を吐き出しながら大人数を乗せて進む蒸気霊導船。船首に一体の人形の聖霊とそれを囲むように大小様々な聖霊を模した彫刻が取り付けられている。
一室一室は広いだけでなく、天井が高い。調度品も特注品だ。船内には埃も汚れも壁の染みも一つの欠けもなく、手摺や縁取りにも細かな模様があしらわれている。ステンドグラスの窓や、硝子細工の置物、鋭く光る銀の食器。どれも一目見て職人の技が光る値打ちものだ。
翼持つ乙女を囲んでいる数百体もの群体聖霊達が、翼持つ乙女の稼動に力を貸してくれているのだ。正に、人間と聖霊の共存の象徴と言われるだけはある。
今人類が、第二の故郷としているのは天の楽園と呼ばれるシエル・イル。聖霊が暮らす美しい地だ。人間達はそこで聖霊の力を借り、四百年の歳月をかけて再び文明を造り上げた。その文明は、ついに元の文明と同じことが出来るようになったという。翼持つ乙女もおよそ百五十年前に作られた聖霊達による蒸気霊導船。蒸気船とやらを元にした全くの別物だ。
透明なグラスを傾け、中の液体を弄ぶ。
動くことを否み、暇をもて余す。
カウンター席の左端に座るのはまだ年若い少年。少し顔立ちの幼い彼は、日向ぼっこをしている猫のように窓の外をぼんやりと見続けている。
そんな少年に音を立てぬよう近付く影が一つ。
「なぁに、一人でたそがれてるのよぉー」
「うげっ!」
「うげっ! とはどういうことー?」
顔を近づけ、青年の耳元に息を吹きかける。彼女が頬を膨らませるのは果たして少年が軽く逃げたことにも関係あるのだろうか。
「もう少しサクは幼馴染みの可愛い女の子に対する扱いをかんがえたほうが良いと思うのだけど」
そんなことを言いながらサクと呼ばれた少年――三武朔夜の隣へ腰掛ける。背凭れの無いハイスツールに座る姿はどうしてこうも絵になるのか。朔夜よりも少しだけ茶色に近い黒い髪をショートカットに切り揃え、左側だけに編み込みを。大きなつり目が活発さを露にしている。「なんだそれ」と苦笑する朔夜と強引に腕を組み、しなだれかかってこう言った。
「ぼっちなサクのために幼馴染の私が来てあげたというのに。ひどいわっ!」
「棒読みで言われたって嬉しくないし。それにぼっちでもないぞアカネ」
胸元が少し残念なこの少女は塔野茜。気さくでコミュニケーション能力も高く、朔夜が最も心を許している相手。友人も多く居たが、今は手紙のやり取りすら満足に出来ない。
「そうだね。でも今は私達以外誰も居ない……」
小さな声で力なく答える。無意識に腕の力が強まった。顔を伏せる茜に何か声をかけようとするが、かけられずに窓の外を向く。
そして響いた何かを飲み込む音。朔夜は一瞬固まり勢いよく反対を見る。
「何俺のジュース取ってんの!?」
「えへへー」
朔夜のブドウジュースを幸せそうに飲む茜が、そこにいた。
「いやいやいやいや! 今シリアスだったよな!?」
「大声出したら迷惑でしょう? ごめんなさい連れが煩くて」
カウンター内にいる初老のバーテンダーに明るく声をかける。その顔は悪戯に成功した子供のように生き生きとしていた。長年の経験からこの幼馴染みの行動には慣れている。意味がないときがあるが、意味があるときもある。今回は後者だろう。
「何してんだ? 二人とも」
声をかけてきたのは身長百九十センチという巨体を持つ青年。名前は富士吉城。年上のように見えるが、朔夜と茜と同じ年だ。親ではなく祖父母に育てられ、朝から晩まで稽古三昧だったのできちんと学校に来ていても怪我だらけだったことからなかなか友人ができず、茜の世話になった仲間である。今では先輩からも後輩からも慕われて、いつの間にかファンクラブが出来ている。本人はいまだ知らないが。
「私たち三人だけだなっていう話」
「の途中で勝手にジュース飲みやがった」
すぐに理解したらしく、苦笑して外に行こうぜと言う。伊達に長年付き合ってはいない。
バーテンダーに飲み終わったグラスを返し、カウンターを後にする。
「まぁ、三人一緒で良かったって話だ」
「そうだと言えばそうだよねぇ」
広々とした豪奢な廊下を歩きながらぼんやりと考える。
他の生徒達よりも術に対する適性が優れていればどれだけ性格が悪かろうが、どれだけ問題を起こそうが、各国の聖霊魔導学院から推薦入学の通知書が届く。それが届けばどんな事情があっても通うしかない。届かなければご縁が無かったということだ。
それは、どうなのだろうか。確かに適正が無ければ何も出来ないが、それでも努力は人を越えるのだ。適正があるからとそこだけで評価されるのは正しいのだろうか。今の世界はそういうものだから未来を選べないことが少しだけ悲しく思える。
朔夜も茜も吉城も通っていた中学校の中でも桁外れな実力を誇っていた。だからこそ日本の聖霊魔導学院に呼ばれたわけで、それが三人には場違いな翼持つ乙女に乗っている理由である。周りの人が讃えてくれるが、あまり嬉しくはない。
「お、綺麗な海」
そう言って甲板の手すりまで走って行く茜。
「あれか? 俺たちが行く学院は」
漸く見えてきたのは白磁の時計塔。そして其れよりも右側にある横に延びた同じく白磁の建物。それが日本の聖霊魔導学院こと、華ヶ舞学院だ。三人以外にも自分達から離れた場所で華ヶ舞学院を見ている人達がちらほらといる。
「そうみたいだな。他の生徒達も浮き足立ってる」
「もしかして、あの子達のこと気になるの?」
「は!? 別に違うからな、茜!」
「あの長い髪の子とかか?」
「おい、朔夜!」
遠くで海を見てはしゃいでいる女子生徒達を見た吉城を二人してからかう。この船に乗っているのだからやはり華ヶ舞学院の新入生だろう。狼狽える吉城から視線を外し、互いに見合って笑う。大きな声をたてて笑う二人に苦笑しながらため息をつく吉城。どうしたのかと、話題の少女が振り返る。目があった茜が小さく手を振ると、やんわりと微笑んで振り返してくれた。
「挨拶でもしてくれば?」
「しないから」
笑いを堪えて聞いた朔夜に即座に返す吉城、吹き出す茜。
しばらくして茜の笑いがおさまったころに船内放送がかかった。
「ご搭乗の皆様へお知らせ致します。翼持つ乙女の一階大広間にて、当初の予定通りあと十分程で華ヶ舞学院新入生の為の余興が始まります。新入生は、一階大広間までお越しください」
突然かかった船内放送。当初の予定通りなんて言うけれど予定にはなかった気がする、とお互いに顔を見合わせる。
「取り敢えず、行くか? 呼ばれたんだし」
朔夜の言葉に怪訝な表情のまま茜が追随した。
「ちょっと用心した方がいいかもな」
大広間へ向かう通路を通りながら一瞬にして空気が緊迫した。吉城を見ずに、雰囲気で続きを促す。
「当初の予定通りと言っていたが、俺たちは知らなかっただろう? 考えられるのは大きく二つ。生徒のみに伝えず元々開かれる予定だったか、教師達が予定としていなかったかだ」
もしも後者なら大変なことだ。それはつまり、この翼持つ乙女に侵入者がいるということなのだから。
「もしも翼持つ乙女に侵入者が居るなら一大事だ。一応優秀な卵達が乗ってるんだからな」
「だとすると前者、元々開かれる予定だった、だな」
すぐに考えは伝わった。祖父母に鍛えられたのは、吉城だけではないのだ。表情は和やかに。けれどどこか圧迫感がある。途中から何人もの新入生と合流したが、その誰もが余興について楽しそうに話し合っている。誰一人三人の空気には気付かないまま、ついに大広間の扉についた。三人は最後尾。扉の前では燕尾服を着た二人の男性が待っており、にこやかに話しかけていた。朔夜達が話しかけられた時、対応したのは茜だった。
「華ヶ舞学院の新入生の方ですね」
「はい、会場はここですよね。ご苦労様です」
そう言ってにこやかに通りすぎようとしたが、一人、違和感に気付いた。それは話をした茜だった。
「あ、の……」
「……」
ほんの少しの違和感を、茜は逃さなかった。何かが違う。おかしい。
私達とは、別の、何か――。
「もしかして、聖霊の方でしたか?」
茜を庇いながら二人の男性を見る。何も話さない。笑顔でいるが何も口にしない。異様な雰囲気に吉城の顔は、微かに強張っていた。
「あぁ、これだれかの幻影霊術?」
変わることの無い不気味な笑みが作る雰囲気をぶち壊したのは、さも「思い付いた!」と言いたげな朔夜の声。そしてその直後に、聞いたことのない声がした。
「正解!」
朔夜がその声に反応して茜を庇える位置に移動する前に、後ろから手が伸び、それが首にかけられていた。
「誰!」
血相を変えた茜が振り返った時には――、
「ふふ、うん。優秀な子だなぁ。おねーさん嬉しいよ! でも只の幻影霊術じゃなくてね、おねーさん特製の特別なんだよ。そこまで見抜けたら三百点かなぁ」
「「「は?」」」
朔夜の脇と腕の間から両手が飛び出ていた。
読んで下さってありがとうございました!!
一週間以内に書ければいいかなぁと。




