エピローグ (1/3)
教室のベランダで、秀一は大きく吐息を漏らしていた。
さびついた安普請の鉄の柵――その向こうで、門から続く並木道では、生徒たちがそぼろに登校している。二学期が始まったのだった。
「……新学期早々、なーにたそがれてんの。辛気くさいな」
聞き慣れた快活な声。教室の窓から顔を覗かせているのは琴子だった。
「よう。……あれ、髪が?」
振り返ると、彼女は、前髪を紐のカチューシャでまとめて、おでこを露わにしていた。いつもの活発な印象が、より明るくなって見える。
「あんまり暑くて、つけてみたらそのままハマっちゃってさ。似合う?」
琴子がベランダに降りてくる。彼女は横に並ぶと、さらに近くで、変えたばかりの髪型をお披露目してみせた。
ただ、肝心の秀一はそっぽを向いたままだ。
「ふーん。似合う似合う。良いと思う」
「ほとんど見てないのは気のせいかしら……」
「きみがまぶしくてみていられないんだよ」
「……素敵な棒読みありがとう。まるで感情がこもってない。……こら減点ね。ついにマイナス突破」
「ゼロで止まらないのか!?」
慌てる秀一に、琴子がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「うぷぷ。あんたも早いところ態度をあらためないとねー。もう審査期間は一年も残ってないのだよ、キミ? わたしについてきて欲しいんでしょ、海外まで。ねえねえ」
「……」
がしがしと頭をかいて、秀一が気まずく黙り込む。
(……くそ。この阿我理秀一、一生の不覚だ……)
人生最初の告白――
今になると、思い返すだけで、顔から火どころかマグマが溢れかねない。あまりの恥ずかしさで胸が押しつぶされそうになる。しかも結果は失敗だ。
話を変えようと、秀一が尋ねる。
「……で、なんか用なのか? よそのクラスからわざわざやってきて、まさか俺の失態チェックなんかしにきたわけじゃないだろ」
「いや、そーだけど?」
ゴンッ――。
それは頭を柵に打ちつけた音だった。けろっとした表情の琴子。ずれた眼鏡を直しながら、秀一がたまらず突っ込む。
「いくらなんでもそれは暇人過ぎやしないか――!?」
「なによ。わたしのこれからを決める重要なことじゃない。まったく……ちっとは感謝しなさいよ。あんたみたいな唐変木の無神経男に、わざわざ貴重な時間を割いて律儀に付き合ってあげてる、わたしの殊勝な寛容さを」
「……いっとくが、べつに無理はしなくていーんだぞ。俺は強制までするつもりはないんだからな」
会話もそこそこに、手すりに身をゆだねると、秀一は再び嘆息した。
「やっぱり気になってるの? ……ノインちゃんたちのこと」
「……まあ、それも含めて、いろいろだな」
琴子は大きく背伸びをすると、軽やかな足取りでベランダから教室への段差を乗り越えた。
――去り際に、こう言い残して。
「くよくよしても、しょーがないんだから。元気出してよ。そうすれば今日にでも良いことあるって。きっと」
「……そうだといいな」
まとまりのない目で、空をぼーっと眺めながら、秀一はそう答えた。
予鈴が鳴って、始業式が終わり――
教室に戻ると、秀一のクラスは異様にざわついていた。高校には珍しい転校生がやってきたからだ。
ふわっとした金髪に、宝石のような金眼。
男女問わず、歓喜の声がわきあがる。
男子はさまざまな期待を、女子は愛らしいものへの感嘆を、それぞれに抱いて喜んでいた。
その中でただ一人――彼だけはあっけにとられていた。
肩肘をついたまま、口をぽかんと開いている。
まるで風のように現れた少女は、にこっと表情を崩すと、ぺこりと挨拶して、こう名乗った。
「転校生の如月之音です。よろしくお願いします」




