崩壊 (2/2)
しばらく沈黙してから――最初に口を開いたのは春香だった。
「これ、渡しておくわね」
すっと差し出したものは、キーケースだった。秀一が受け取ると、中には数種類の鍵がジャラジャラと入っていた。
「春香さん……どうして、こんなものを――」
「こんな状況が起きることも想定済。だから準備しといたの。もしも最悪の場合……貴方がうちに自由に入れるようにってね。離れの床下に、私とノインちゃんの再現データを隠してあるわ。今の貴方が見ても理解できないでしょうけど、たぶん未来の貴方ならわかるはずのものよ」
「……なにをいってるんだよ、春香さん」
彼女は手すりから慎重にロープを取り外すと、その先端を自分の身体に巻きつけた。
「私がロープを支える。そうすれば、少なくとも秀一くんは助かるはずでしょう?」
「なに――勝手に諦めてるんだよ!」
秀一が怒鳴りつける。彼女に叫ぶのは、それが初めてのことだった。
春香はにこっと笑うと、いつもの表情で優しく告げた。
「安心しなさい。私はなにも諦めていない。まずは貴方を先に助ける。それから私たちの助かる道を考える。……なにも矛盾していないでしょう?」
「それはそうだけど……でも……他に助かる道なんか――!」
「……バカだな。だから、オマエまで付き合うなっていってんだよ。ハルカは」
そう口を挟んだのはノインだった。さらに彼女は続けた。
「未来の天才科学者なんだろ……。だったら分かれよ。今の状況くらい……」
いつもの生意気な態度。
むろん、秀一には分かっていた。その表情は演技で保たれたものだということを――
「ノインちゃんの言う通りよ。それに……私たちにはまだやることがある。彼らの遺体をこの時代の病院に運ばせるわけにはいかないの……」
「……」
「ここから先の後始末は……未来の時代からやってきた私たちが取るべき責任。そして、貴方は今の時代の人。こんなことで死んではいけないのよ。だから、早く逃げなさい。このままだと本当に助からなくなる」
秀一はじろっとノインに向き合うと、念を押すように思い出させた。
「おい、ノイン。あの約束……ちゃんと覚えてるだろうな」
「ああ。確か……アンタが、木苺とブルーベリーのクレープを奢ってくれるって話だっけ?」
「……このバカ。こんな時にボケんじゃないっつうの……」
金色の髪を撫でて、秀一はその顔を胸元に抱き寄せた。
「今度は、大怪我してる重体の少女にセクハラ? あんた、本当に変態ね」
「だったら……振り払えよ……」
彼女の小さな片手が、ぎゅっと服を掴む。
「ちゃんと帰ってこいよ。生きるために……」
そうして、秀一がロープに手をかけて――
彼女たちは姿を消した。




