表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キルロイド  作者: 武嶌剛
第五章 ゼロ・ポイント
44/51

逆転劇

 それらは一瞬のうちに起きていた。

 飛び込む琴子。

 その勢いに引きずられて、共に足場を踏み外すハンドレッド。

 そして、まさに落ちんとする二人をかろうじて支える、春香。彼女は秀一よりもずっと俊敏に動き出して、すんでのところで間に合ったらしい。

 しかし、

「ぐぅッッッ――――!」

「春香さん!」

 痛烈な悲鳴。無理もないことだった。なにしろ春香は、足場から半身を乗り出したような不十分な姿勢で、しかもハンドレッドの片手しか掴めていない。落下を引き止めるだけで精一杯なのだろう。

 慌てて駆け寄った秀一が、同じように身体を乗り出して、力を添える。だが、琴子とハンドレッド、二人分の重さを支える春香の腕は、まるで鉄のように張りつめていて、まったく引き上げられそうにない。救出は極めて困難であった。

 だからといって、むろん、諦めるわけにはいかない。

「……くっそ……! お前……! その手だけは、絶対に、離すんじゃねえぞ……!」

 ハンドレッドの眼下では、琴子がぶらさがっている。

 彼女の手首にかけられた、たった一本の頼りない手錠の鎖。

 それだけが、彼女の命をすんでのところで繋ぎ止めてくれている。

 そんな緊迫した場面でも、ハンドレッドだけは依然として冷静そうに構えている。

「……意外だったな。人質がこんな真似をするなんて――」

「貴方! はやくそこから這い上がりなさい! その娘一人くらい片腕で持ち上げることができるでしょう!」

 決死の形相で叱責する春香。

 だが、彼が助けるわけもなく、

「おいおい、ゼロ……。さっきからバカいわないでくれよ。いったい、どうしておれが有利な状況を、わざわざ自分で放棄しなきゃいけないんだ?」

「なにいってんだ、お前……この状態のどこが、有利なんだ――」

 くつくつと下卑た笑いを浮かべながら、ハンドレッドはつぶやいた。

「貴様ら。一人、忘れてないか……? アタッチメントのことを」

 筋肉男。余裕の正体はそれだった。

 秀一たちの背後で、ガツンと足場の音を踏み鳴らして――巨漢の影がのっそりと立ち上がった。

(くそ……)

 たまらず舌打ちする。手を離せば、琴子が死ぬ。離さなかったら、全員が死ぬ。当然、どちらも選べない。

「これでゲームオーバーだな。アガリ」

 勝ち誇ったようにハンドレッドが笑うと、まるで寿命を踏みにじるように、アタッチメントが近づいてくる。

「くそ! くそッ! くそッ! くそッッ!」

 八方塞がりの状況――

 あまりの無力さに声を荒げて、秀一が悔しがる。

(……こんなとこで終わりなのかよ……!?)

 そう、ほとんど絶望仕掛けた時――

 彼女がつぶやいた

「……諦めんなよ、シューイチ……」

 彼女にとって、それは逆境ではなく、好機であった。

 ずっと待ち望んでいたのである。彼の注意が外れる瞬間を――

 真っ白な光に輝くノインの右手。その手首をくるりと返すと、彼女はほんの一瞬も迷うことなく、自分自身に向けて、ショックバンカーを撃ち放ってみせた。

「なっ――」

 秀一が絶句する。

 すさまじい光熱波の衝撃が、鉄線と鎖を一瞬にして焼き払った。そうして残った金属片をバラバラ地面に落としながら、彼女はよろっと立ち上がってみせた。

 それは、ほとんど満身創痍と呼んで良い。

 ズタボロに焼け爛れた右腕。服は半焼し、白い皮膚の一部が、血と煤の混ざったように、赤黒く焦げていた。

 空からさしこむ月の光に照らされて、彼女の金色の髪だけが、やけに美しく発光している。

「どこ向いてんだ。あんたの相手は……わたしだろう?」

 それだけのダメージを負っていても、スピードはノインのほうが上だった。

 迎え撃つアタッチメントの攻撃を避けながら、彼女は一気に間合いを詰めて飛びかかり、その頭部を鷲掴みにしてみせた。

 春香がたまらず制止する。

「や、やめなさい! それ以上は――」

 だが、ノインはやめない。

 ふたたび、右手に白い燐光を輝かせると、彼女はそのエネルギーを全力でぶちかました。

「これで、最後の一撃――――!」

 瞬間、白い閃光と、膨大な熱量が一気に膨れ上がると――耳をつんざく爆音が、あたりへ一斉に響き渡った。

 ――――。

 ぶすぶすと音を立てて、煙が薄れていくと――やがて、吹き抜ける風の音だけがそこに残った。

 屈強な岩山のようだった筋肉男は、もうぴくりとも動かない。まるで部品の欠けた人形のように、その頭部は根こそぎ消失していた。どれだけ頑丈な造りだろうと、司令部にあたる頭部を失ってはどうしようもない。

 ノインもまた同じように自分の右腕を跡形もなく失っていた。その傷口からは、だくだくと朱色の血が流れている。彼女は、アタッチメントが着ていた服を剥ぎ取ると、片腕と歯をうまく使って、乱暴に止血してみせた。

「だ、大丈夫なのか、ノイン!?」

 血相を変えて、秀一が叫ぶ。

 疲労困憊といった表情でふらつきながら、彼女は気丈にふるまって、こう言った。

「あんたこそ。顔真っ赤じゃない。情けないわね」

 春香の腰元に片手をかけると、ノインは残りの力をふりしぼるように、その半身をぐいっと引き上げた。

「……助かったわ、ノインちゃん」

 そう礼を言うと、あとのことは春香だけで事足りた。

 力の踏ん張りどころを手に入れた彼女は、ハンドレッドと琴子の二人を芋づる式に救いあげると――ただちにハンドレッドを拘束し、その後に琴子の手錠を断ち切って解放した。

 ノインは地面に抑えつけられている老人の姿を見下ろすと、満足そうな顔を浮かべて、こう言い返した。

「よぉ、ハンドレッド。今、どんな気分だ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ