百番目の目的
遠くで、夏野丘の街明かりが小さく輝いている。その電波塔の頂上は、地表から二百メートルほどの高さだったか。強い風にさらされて、鉄骨はぎしぎしと軋む音をたまに鳴らしていた。
秀一と春香が長い階段を登り終えると、その老人は夜空を背景にして、歓迎するように言った。
「待っていたよ、アガリ」
二人が、瞬時に状況を確認する。
琴子とノイン。当然、彼女たちは拘束されていた。老人が琴子を抑え、筋肉男がノインを抑えつけている。さらに琴子の両腕には手錠がかけられており、ノインは芋虫のようになって、身体全体に鉄線と鎖が厳重に縛りつけられていた。
あたり一帯の床の面積は、教室の広さと同程度か。極端に狭いわけでもないが、動き回るには不十分な広さ。周囲に柵はなく、落ちたら一巻の終わりである。まず助からない。
彼らにとって、この上なく優位な環境といえた。
「よお、変装野郎。もしかして……その顔が、未来の俺の顔なのか?」
彼の年老いた顔に、どことなく自分の面影を感じて、秀一が尋ねる。どうやら、あまり自分の望む方向の容姿にはならないらしい。彼は内心、少しがっかりした。
「しゅ、秀一!」
助けを求めるように、琴子が叫ぶ。
春香は一歩前に出ると、鋭い口調で告げた。
「その娘を離しなさい! 関係ないでしょう!」
男は声色を変えて、笑い出した。
「おいおい……勘弁してくれ。腹がよじれちまう。そんな台詞一つで人質を解放するバカ、この世にいるとでも思うか? ゼロ」
その言い方は、もはや老人のものではなくなっていた。おそらく、その本体、彼個体の喋り方なのだろう。卑屈そうで――常に人を嘲笑うような癇に障る口調であった。
普段は冷静に構える春香が、驚愕したように息を呑んだ。
「……貴方、どうして私の番号を――」
「そりゃあ知っている。おれには過去のキルロイドの情報が、すべてインプットされているんだからな……」
「どうして、そんな情報を――」
その疑問に答えたのは、秀一だった。
「……カンタンなことだよ。要するに、未来の俺は信用しなくなったのさ。これまでのキルロイドを。だから、もし障害になるようなら破壊する。そう考えて、キルロイドの情報を記憶させた。そんなとこだろ……?」
「へえ、驚いた。さすがは未来のアガリ。察しが良い。……色んなことを分かってきてるようだな」
「……お前の目的はなんなんだ? ええと――」
「ハンドレッド。おれのことを呼びたいなら、そう呼べ。こんなもの……ただの番号に過ぎんがな」
「貴方が、百番目のキルロイド……」
春香は言葉を失っているようだった。秀一も同じように驚いていた。
確か、時間遷移は、春香とノインの間で四十回の失敗が起きている。すると、その後に六十回近くの失敗が続いたということになる。やはり、それだけ時間遷移は難度の高いものなのだろう。そして、
「くそ。いったいどんだけ長生きしてるんだよ、未来の俺は――」
自分の寿命を呪う。本来は嬉しいことなのだが、今は厄介なだけだった。
「憎まれ者、世になんたら、ってやつだな。いっとくが、まだまだ生きそうだぜ、あのジジイは……」
言いながら、ハンドレッドは、急に琴子の腕を引っ張って、歩き出した。
そして――その小柄な身体を夜の暗闇に向けて、ぐっと突き出す。
「――ッ――――――」
琴子が声にならない悲鳴をあげる。
「な、なにやってんだ! お前!」
「おっと、そう近づくなよ。……おれは臆病な性格でね。緊張のあまり、ぽろっと手が滑っちゃうかもしれんぜ」
彼の言葉に、秀一も春香もぴたりと立ち止まった。
心臓の音が強く鼓動する――風に強く揺れる琴子の髪が、秀一の不安をさらに煽っていく。
老人は打ち明けた。
「さっき……俺の目的が何かって聞いたな、阿我理秀一。それは至極カンタンなことだ。貴様をとことん殺す。ただそれだけだ。トラウマに残るくらい、最悪な記憶を植え付けてな――」




