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キルロイド  作者: 武嶌剛
第四章 天才の難問
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幕引き

 人のいる場所から離れていって――

 街郊外の空き地までたどり着くと、ノインは男を呼び止めた。

「もうこのへんでいいんじゃない? 良い具合に日も暮れてきたみたいだし――」

 筋肉男はぴたりと立ち止まると、ぐるっと振り返って、拳を構えてみせた。

 戦闘開始の合図というわけだろう。

「ふん。余裕ぶって。一つ忠告しとくぞ。昨日のわたしと同じと思うなよ――」

 そうつぶやいて。ノインが全力で飛び出す。それはブーツのスラスター移動による高速な動きだった。

 男が十字に両腕を交差させたのは、そもそも回避をする気がないのだろう。真正面から彼女の蹴りを受け止めにかかった。

 だが――

 わずか一瞬の交錯の後、男が意外そうに地面を見やる。

 どうやら彼は、すぐに気づけなかったらしい。自分が衝撃に吹き飛ばされて、地面に尻餅をついてしまったことに――

「アハ。言ったばかりじゃん。今日は浴衣も着てないし、コイツもある。どうやらアンタのガードも余裕でぶち抜けるみたいね」

 胸を張って、ノインが勝ち誇る。ボーイッシュな服装に、足元のガントレットブーツを得意げに見せびらかしながら、

「さらに――」

 ノインが右手に集中をこめていった。耳鳴りにも近い周波数じみた音をたてながら、小さな粒子が収束していく。

「ショックバンカー。コイツで、一気に終わらせてあげるわ」

 男に回避の手段などない。スピードで圧倒していることはすでに証明済みだ。

「……」

 なぜか筋肉男は地面に座ったまま、立ち上がらずにいた。当然、口は閉じたまま、無言でノインのことを見ている。もしかしたら、彼には言葉を話す機能が備わっていないのかもしれない。

「なにしてんの、早く立ちなさいよ。さっきので、そんなダメージなんかないでしょ」

 すると、男は急に、指を眼前に掲げて、それをまっすぐ向けた。

 なにかの攻撃かと思って身構えるノインだったが、それは後方を指し示すサインだと気づいた。

 後方を振り向くと、ノインが衝撃を受けたように唇を震わせた。

「マ、マスター……!?」

 夏の紳士服を着た老人――くたびれた白髪に、シワが特徴的な形に密集した小難しそうな顔。見間違えることは決してない。自分の生みの親であり、過去の時代に飛ばした張本人。未来の阿我理秀一の姿がそこにあった。

 あっけにとられたノインだったが、彼女はすぐに気がついた。

「そっか……。シューイチから聞いてたけど、アンタの変装能力って、そんな精度が高いモンなのか。性別や体形まで変えられるくらいに」

 そう見破ると、老人は愉快そうに笑みを浮かべた。その仕草まで、まるで本物とうり二つである。

「ふふ。偽装と分かっていても驚いたろう。心ってやつは、いざとなると反射的に動いてしまう。まるで赤子のようにな――」

 声色までそっくりに再現して、老人。

 ノインは前後に並んだ両方の敵に注意を払いながら、告げた。

「それで優位になったつもり? あんまりみくびらないでよ……」

「優位も劣位もない。戦いはもう終わる。あるのは幕引きだけだ」

「……なにいってんだよ。勝負はまだこれからじゃんか」

 老人は右手にスマホを掲げると、オペレーターが読み上げるように、淡々とこう告げた。

「端的に伝えよう。人質を取った。織原琴子だ。アガリの大事な人なのだろう。彼女を殺しても構わないと判断したなら、貴様は戦いを続けろ。こちらはどちらでも良い」

 突然の脅迫に、ノインが驚嘆する。

 確かに、彼の掲げる画面には映っていた。先ほど見かけた時と同じ格好をして、気絶している琴子の姿が。

「……汚いぞ、オマエら。狙うならシューイチだけにしろよ。他は関係ないだろ!」

「文句を言われる筋合いはない。貴様がそんな風に怠けているせいで、我々はいつまでもこの愚図な老人に付き合わされているのだからな……」

 瞬間、ノインの意識が薄れていく。

 いつの間にか、背後まで接近していた筋肉男が、背中のスイッチに手をかけていたらしい。

「……本当に無能なガラクタだな、トゥーナイン。スラスター移動が使えるのは、なにも貴様だけではない」

 そうして彼女が意識を失うと。その空き地にはだれもいなくなった。


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