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キルロイド  作者: 武嶌剛
第四章 天才の難問
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口論

 琴子の妙な勘の鋭さに、秀一の目線がつい泳ぐ。

(そうか……。そういや、こいつ知らないんだっけ。でも、どう説明すれば良いんだ、ノインのことなんて――)

 上手い説明がまるで思いつかない。むろん、未来の世界から来たなんて正直に話すわけにはいかないだろう。

 これ以上、時間矛盾の関係者を増やしたら面倒なだけだ。なにより春香に睨まれかねない……

 とはいえ、いつまでも無言ではいられないので、秀一は探るように尋ねてみた。

「あ、ああ……もしかして、あの金髪の子のことか?」

「そう。アンタの好きなナルルに似て、噂通り、超可愛かったわよね」

 どうやら顔までバッチリと見られているらしい。

「そ、そうだな。でも、あの子は、噂とはなんも関係ない。ただの知り合いなんだよ」

「へえ。ただの知り合いと祭に行くの? 幼馴染のわたしを断って? いったい、その子は、どこのだれなのかしら」

 ぐいぐい圧力を発してくる琴子。へたな嘘はつけそうにない。

 秀一はとっさにアイデアをひねりだした。

「あのさ……うちで家政婦さんを雇ってるのは、お前も知ってるよな。春香さん。確か……お前も一回くらい会ったコトあったっけか」

「あの美人の」

「そうそう。で、ノインってのは、春香さんの遠い親戚の子なんだ。夏休みにちょっと預かってるみたいで、なんかまあややこい事情があるらしい。そんで、せっかくだから彼女を祭に連れて行こうってなったカンジだ。もちろん俺も最初は断ったんだけど、春香さんには世話になってるし、最終的に流れで逆らえなくてな……」

 うまく話をはぐらかしながら、秀一はそう伝えた。どんなボロが出るか分からない。あとで修正できるような言い方にしておいたほうが好ましいだろう。

 だが、琴子はまたしても難問を突き付けてきた。

「ふーん。じゃあ、あの日、その子と変な男がすっごい派手な喧嘩してたのは、なんでなの?」

「……」

 たまらず沈黙する。よりにもよって、もっとも面倒くさいシーンを見られていたらしい。

「……ええと、なんのことだ?」

 ひとまず、すっとぼけてみせる。だが、意味はなかった。

「ふざけないでよ。ちゃんと見たんだから。遠くの暗がりで写真は撮れなかったけど、わたしの視力は誤魔化せないわよ」

「いや、よくわからないんだが……」

 秀一は、そう狼狽してから、

「たぶん……なんかの見間違いじゃないか。あの日、大変な騒動だったし。だいたい証拠もないんだろ?」

 やはり徹底的に隠すことを決心した。

 仮に事情を話したところで物事は解決しないし、また彼女を危険に巻き込むだけである。こちらからの都合で言わせてもらえば、メリットはなにもない。

 とはいえ、彼女は困ったことに幼馴染だ。そんな秀一の怪しい態度に勘付かないわけがない。

「ふーん。そうやって嘘つくんだ。……ぜんぜん反省してないじゃん。せっかく心配してあげてるのに。なんかヘンなことに巻き込まれてるんじゃないかって――」

 琴子が不満を露わにむすっと表情を歪めると、秀一は疲れたように言い返した。

「いらん心配だっつうの。だいたい仮に困ってたとしても、それは俺の問題であって、お前の問題じゃないだろう」

 その言葉が、トドメの一撃となった。

 琴子は財布から金を出すと、その場にバシンっと叩きつけた。

「そう。それじゃあ、わたしがアンタの面倒を見る必要なんか、もうないわよね」

「……そんなもん、俺は頼んだ覚えねーよ。母さんが勝手にやってるだけだろ」

 火に油を注いだように、彼女の怒りが燃え上がっていく。

 そのことに気付かず、秀一はさらに続けた。

「だいたい、お前だって、あの男はだれなんだよ」

「だれよ、あの男って」

「祭の時、一緒にいたろ?」

 察しがついた琴子は、さらに不機嫌そうに眉を釣り上げた。

「……アンタ。人の話も聞いてなかったの。わたし、ちゃーんと言ったよね? アンタが断るなら矢野センパイと祭に行くって」

 秀一はようやく合点がついた。

「えっと……。それって男のことだったの?」

 カバンを肩にかけて、琴子は席を立った。

「……さよなら。また二学期に会いましょう」

「あ、待てって! 俺の話がまだ終わってない――」

 立ち去り際、じろっと睨みつけると、彼女は最後にこう告げた。

「秀一。こうも言ってたわよね。『お前の人生なんだ。お前の好きに決めろ』って。だからわたしは勝手に帰るの。なにか問題でもある?」

(うぐ……)

 自分の撒いた種とはいえ、ぐうの音も出ない。どうやら彼女の抱える怒りは、かなり根深いようだ。

 琴子が去った後、秀一はテーブルに突っ伏して、うなだれた。

(くそ……こんな予定じゃなかったのに……ほとんど八方塞がりじゃんか。いったい、どうすりゃ機嫌直せるんだ……?)

 彼にはそのことが、どんな難問よりも難しく思えていた。


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