夕暮れの修羅場
夕方時の喫茶店。店内は客の会話で賑わっている。
秀一は、奥まったところのテーブルに座って、相手を待っていた。
手持ち無沙汰になって、時間潰しにメニュー表を眺めているが、まるで頭には入っていない。どうせ、頼むのは珈琲だし、どうでもいい。
「へえ……珍しいじゃん。秀一が時間より早く来てるなんて」
やってきたのは琴子である。彼女もまた待ち合わせの時間より少し早く到着したようだ。
冷房の肌寒さを感じると、彼女は席につくなりカバンから麻の薄いカーデガンを取り出し、身を守るようにふわっと両肩に羽織った。
「……あんな電話もらったら、さすがにな」
自分を呼び出した、彼女の電話。
それは『もし今日来なかったら、今後ずっと誘わないから』という、絶縁予告なのであった。
「へー。勉強一筋のアンタがね。てっきり、縁が切れてせーせーするって、逆に感謝されると思ったけど。もしかして……なんか気まずく思ってることでもあるのかしらね――」
秘密を探るような言葉遣い。
秀一は確信した。祭の日、彼女は現地で自分の姿を見かけていたのだろう、と。
(……まずは、こっちの問題を先に解決しないといけないな……)
心の中で嘆息して、秀一はとにかく手っ取り早く謝っておくことにした。
「ええと、だな。そのことについては、俺が全面的に悪かった。本当にすまない」
「そのことって、どのこと? 全然わからないんだけど」
ぴしゃりと琴子が言い返す。
そこに店員がやってくると、彼女は雨雲でも去ったかのようにコロッと態度を変えて、愛想良くメニューを頼んだ。むろん、一瞬のことだ。注文が終わると、再び、その場の空気は重く沈んだ。
秀一が心の中でうなだれる。こんなに気まずいファミレスの空気は未だかつて味わったことはない――とはいえ、帰るわけにもいかない。彼は覚悟を決めた。
「……そのことっていうのは、二つあってだな。まず星祭の誘いを断ったことだ。言い方が悪かったことを認める。それと……当日、見たんだろ、俺のこと。それが、もう一つ」
そう正直に打ち明けると、彼女は水を一口含んで、こう切り捨てた。
「足りない」
「…………氷が、か?」
試しに言ってみたそのボケに、彼女はガンっと容器を叩きつけて、目に見えて怒った。
「アンタ、バカじゃないの!? んなわけないでしょ! この状況でお冷の文句なんて言うはずないでしょうが! ホンット、バカ! バカ! バカ!」
なんのひねりもない、子供のような悪口の連続。
秀一が、ついに耐えかねて絶叫する。
「だぁぁぁぁ! こっちが殊勝にしてればネチネチネチネチ! いつまでも乙女ぶってんじゃねぇぇぇぇ! いったい、なにが足りないってんだ! すぱーっといってみやがれ!」
「なによ。逆ギレすんの? サイッテー。アンタの誠意なんて、所詮、その程度なの?」
挑発ボタンを連打しながら正論を吐く琴子に、ぐっと堪えて、秀一は言葉のトーンを少し戻した。
「……だから悪かったって。これでもちゃんと反省はしてるんだ。あとは何を謝ればいいんだ? 本当に、わからないんだって」
あらためて問いかけると、彼女は唐突に席を離れた。どうやらトイレらしい。まるで、自分で考えて見なさいといわんばかりの態度である。
(……マジで心が折れそうだな、俺)
どんなに思考を巡らせても、他に謝ることは思いつかない。祭の一件以外に彼女を怒らすようなことは――まぁ、たくさんある気もするが、今回のように致命的なものはないはずだ。
秀一が結論を出せないまま懊悩していると、席に戻ってきた彼女は、こう切り出した。
「ねえ。なんか隠してることがあるんじゃないの、秀一」
「……隠してることってなんだよ。そりゃ健全な男の子だからな。女子には内緒の紳士のたしなみくらいは――」
「そういう意味じゃなくって!」
強い声で制止してから、彼女はこう尋ねた。
「とぼけないでよ。祭の日、一緒にいた女の子。もしかして、あれが前に噂になってたって子なの?」




