騒動 (2/3)
「春香さん。どうなってるの……あいつはいったい……?」
尋ねる秀一を、春香はかばうように後ろへ追いやった。
「私から離れてはダメよ、秀一くん。あの筋肉男はおそらくキルロイド。そうなると、貴方が狙いである可能性が高いわ」
「キ、キルロイドだって……? じゃあ、この騒動はまさかあいつのせい?」
「分からないわ。私たちも急に襲われただけだから――」
真相は謎のまま、依然として戦闘は続いていた。
街灯の槍を掴み合って、じっと対峙する二人。
ノインがどれだけ力を入れても、それはびくともしない。おそらく、力では勝てそうにない。
「……だったら、直接ぶっ飛ばしてやるっつうの――!」
武器のことは諦めて、ぱっと両手を離すと、ノインはそのまま直線に走り出した。
男もまた槍を投げ捨てると、彼女を迎え撃つように拳を構え直す。
間合いを詰めながら、ノインは笑った。
「へん、面白いじゃん! 真っ向勝負ってね――」
跳躍して飛び蹴りをするノインと、顔面を狙って拳で迎え撃つ男。
互いの攻撃が交錯する――
その寸前で、ノインはわずかに体の重心を逸らして身を翻してみせた。
男の拳が空を切って、入れ違いざまにノインが彼の死角に回り込む。
「……なーんてね。あんたの正体が分かれば、話はカンタンなことよ」
キルロイドには弱点がある。彼女の狙いは最初からただ一つだった。
すばやく手刀を放ち、男のタンクトップを切り裂くと、ノインは背中の緊急スイッチを押しにかかった。
「これでゲームオーバーね!」
と、いさましく叫んだところで――
「……え?」
急にノインは固まったように動かなくなってしまった。
まったくの隙だらけになった姿に、たまらず春香が呼びかける。
「なにぼーっとしてるの! 危ない!」
すんでのところで春香の声に気がつくと――
ノインは、掴みかかろうとしていた男の両手をさっと避けて、ついでにローリングソバットを一発お見舞いしておいた。
「……」
男が脇腹を抑えてじろりと睨むと、ノインはいったんその場を離れた。
そして、秀一たちと合流したところで、彼女は涙目になって、急に悲鳴をあげた。
「い、いったぁーーーーーッッ!!」
攻撃したほうの足を抑えながら、地面に座り込む。まるで大人がタンスに全力で小指をぶつけたような、そんな感じだ。
「だ、大丈夫なのか、ノイン……?」
「サイアク! 冗談じゃないっつうの! なんなの、アイツ!? 超固すぎ! 信じらんない!」
春香は心配もそこそこに、急いで尋ねた。
「ノインちゃん。どうしてスイッチを押さなかったの?」
「それがさ。なかったんだよ、スイッチが。ナンバーの刻印もなかったし。本当にキルロイドなの、あいつ」
「……うそでしょう……?」
男は、破れたタンクトップをその場にぽいっと脱ぎ捨ると、筋肉の上に筋肉をくっつけたような、激しい岩山のような肉体を外気に晒してみせた。
まるでアクション映画の登場人物のようだ。
そんな様子を眺めながら、春香はもう一つの仮説をたてた。
「……もしかしたら新型なのかもしれないわ。見たところ、私たちとはまるでタイプが違うみたいだし……」
「じゃあ、スイッチの場所が変わってるってこと?」
「もしくは、そもそもスイッチがないのかもしれないわ。屈服させることはかなり難しそうね」
「そんな――」
表情を暗く歪める秀一。春香は続けた。
「安心しなさい。あくまで拘束が無理ってだけで、破壊するのであれば、話は別。不可能じゃないわ」
優しいたれ目が、鋭く尖っていく。春香は完全に戦闘態勢に入ったようだった。
「でも、どうする、ハルカ。打撃も関節も無理で、刃物もたぶん通じないぞ。これじゃ攻撃の手段が――」
「私がスキを作る。そこにノインちゃんの『光の杭』ってヤツをお見舞いさせれば……イケそうじゃない?」
秀一はうなずいた。
「……確かに。車を融解させて貫通させる威力だもんな。あれならダメージは与えられるんじゃないか」
だが当の本人、ノインは顔をうつむかせていた。そして、気まずそうにこう打ち明けた
「もしかしてショットバンカーのこと? あれなら……ごめん。悪いけど今は撃てない」
「な、なんで!?」
慌てて訊き返す秀一。
事情を説明するように、ノインが自分の素足を指し示す。それだけで、春香は察した。
「なるほどね……あのクツが必要ってことかしら」
「そう。ショットバンカーはエネルギーを馬鹿みたいに消費するの。だから、エネルギーパックを積んだガントレットブーツがないと――」
「……なら、春香さんの家まで逃げるか? そのブーツを取りに」
秀一がそう提案すると、春香はすぐに却下した。
「だめよ。あんな奴から逃げ回ったら被害が甚大になるわ――それに、街中だと私たちも動きにくい……」
顔をあげて、ノインが尋ねた。
「ハルカ一人で取りに戻るとしたら、どれくらいかかる?」
「そうね……。人の目を気にせず全力で走ったとして……それでも三十分程度ってところかしら」
「さ、三十分……」
秀一にはそれがほとんど絶望的な数値に思えた。
だが、ノインは違うようだった。
「オーケー。そんくらいなら、なんとかしてみせるって……」
浴衣の裾を肩までまくって、彼女は好戦的に息巻いた。
「だいたい新型かどうか知らないけど……あんな見るからにパワータイプのスローリーなヤツに、わたしが遅れを取るかっつうの!」




