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キルロイド  作者: 武嶌剛
第三章 夏野丘星祭
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静かな怒り

(くそ。人が多い……!)

 あまりの人混みで思うように進めず、秀一が舌打ちする。彼はすっかり琴子たちを見失っていた。一瞬、スマホで電話することも考えたが、あんな断り方をしていたせいで、そこまではちょっと気がひける。

(まあ……ただの見間違いって可能性もあるしな)

 これだけの人がいると、そんな気もしてくる。たまたま似たような人を見かけることも可能性としてはありえる。

(……もう戻るか……)

 まもなく花火が打ちあがる時間であった。早めに春香たちと合流しておいたほうが良いだろう。

 そう諦めて、戻ろうとした時、ぎょっとしたように秀一が立ち止まった。

「秀一……」

 桜柄の浴衣を着た若い女。髪をすべて結い上げていて、美しさというよりは、全体的に可愛らしい魅力を放っている。

 これだけの近さだと、見間違えようがない。やはり、彼女はまちがいなく琴子だった。

 秀一はすぐさまサングラスで顔を隠すと、

「は、ははは……。なにをいってるんだ? しゅういち? だれのことかな。俺の名前は……佐藤健なんだが」

 裏声を使って、偽名と共にすっとぼけてみせた。

 だが、彼女はなにも言わず、疑いの視線をじっと向けているだけだ。

(……誤魔化しきれるわけないか……)

 そう諦めると、秀一は大人しくサングラスを外して、素直に謝ることにした。

「……えと。わ、悪かったって。あの――」

 彼女は依然、むすっとして黙ったままだ。

 当たり前だが、非常に気まずい空気である。いつもの琴子なら、声を荒げて叱ってくるところだというのに……

(あれ……そういえば連れは――?)

 ざっと周囲を見ても、先ほど一緒に歩いていた男はいない。さっきのは見間違いだったのだろうか――

 すると、琴子は急に、一本の食べ物をずいっと突き出してきた。それは、たっぷり脂がのった、柔らかそうな高級牛串である。

「なにコレ。……くれるってことか?」

 肯定するように、琴子が小さくうなずく。

 さらに、彼女は、まるで『アーン』とカップルのような食べ方ができるように、串の先端を傾けている。

 秀一は困ったように断った。

「いらんって。お前、知ってるだろ。俺が牛肉を好かないってことくらい――」

 言いかけて、秀一は思い直した。

(……いや、わざとなのか? つまり、それだけめちゃくちゃ怒ってるってこと……?)

 たらりと冷や汗がほおを伝う。

 確かに、それくらい怒らすことだったかもしれない。

 なにしろ祭の誘いを断っておいて、その現地でばったり遭遇したのだから――最悪だ。

「食べて」

 琴子が、なおも串を差し出して、そう薦める。

 彼は少し考え直した。

「まあ……これで仲直りってことなら食ってやらんこともないが……そういう意味なのか?」

「そうね」

 ぽつりと答える琴子。ただ、その声色はどうも、いつもの感じと微妙に異なる。

 秀一は次第に心配になってきていた。

 過去に喧嘩はたくさんしてきたが、こんな反応は初めてだったのだ。

「……お前。なんか、おかしいな。もしかして、体調でも悪いのか?」

 熱でもあるのかと思って、そっとおでこに手を指し伸ばそうとすると、それを嫌って、彼女はばっと身を引いた。

「いや……まあ、触られたくない気持ちはわかるけどよ。でも、あんま無理すんなって。その様子。どう見ても具合悪いもんな。ついてこいよ。運営の人に言えば、休ましてもらえるだろ――」

 そう言って、手を伸ばすと――

 まもなく時間なのだろう。近くの夜空から、花火の音が聞こえてきた。それだけなら秀一も不思議に思うことはない。

 だが、

「な、なんだ――――?」

 人の悲鳴。周囲が一斉にざわつき始める。見れば、花火は地上で破裂しているようだった。広場の地平線が鮮やかな色に光って、輝いている。

 しかも、その花火の誤射は何度も続いていた。その度に、人々の不安が大きくなっていく。

 まもなくスピーカーから避難警報が流れると――

 そこで騒ぎは一気に炎上した。

 雪崩れるように走り出す人々。秀一はすぐさま春香へ電話をかけた。だが、コール音が鳴り続くだけで、彼女は出ない。

 嫌な予感がよぎる。

(まさか……巻き込まれてるってのか……?)

「琴子! 悪いんだけど、俺――」

 そう言って振り返ると、彼女はいつの間にか姿を消していた。

 ついさっきまで近くにいたはずなのに――そう思って、あたりをざっと見回すと、人混みの中に視線を凝らしたところで、秀一はようやく彼女の姿を発見できた。だが、

(あいつは――)

 彼女は、どうやら例の男と再び合流しているようだった。避難する人々の流れにのって、一緒に行動をしている。

 しばらくあっけにとられて――

 秀一は意を決したように、背を向けて走り出した。

(避難してるなら大丈夫だろう……今は、春香さんたちのほうが優先だ)

 そう思いながら、彼は胸の奥にずきんと痛みを感じていた。


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