魔除けの変態
そして、その日はあっという間に訪れた。
夏野丘の星祭――街の景色はすっかり祭の空気に染まっていた。
夜空の下で灯る提灯に、立ち並ぶ屋台に溢れ返る人々たち。道路は一帯、歩行者天国になっていて、皆の活気が地域全体を賑やかしく彩っていた。
「あいかわらず、すごい人ね」
視界を埋め尽くす人混みに、春香がそう感嘆する。
「お、おお……! なんだあれは……なんだこれは……」
予想通りの子供じみた反応を示したのは、もちろんノインである。食べ物、射的、金魚すくいなど、あちこちの屋台の催しに早くも目を奪われている。
そして――
「ええ。これはもう……なんというか、すでにすこぶる絶景ですね。ふふ、うふふ……」
一人、変態が混じっていた。
秀一が見惚れているのは、むろん、女性の浴衣姿だ。
彼の不気味な笑い声に、春香とノインは怯えるように表情を引きつらせた。
「あの……秀一くん。やはり、せめて……それくらいは……その……外したらどうかしら」
黒い浴衣にサングラス。そんな姿で口角のあがった気色の悪い笑みまで浮かべているのだから、怪しさは満点だ。およそ一緒に歩きたくない恰好だった。
「なにをいってるんですか、春香さん。これを外したら俺なんて、すぐさま不審者で捕まってしまいますよ。二人のためにも、これは絶対に必要なんです。外すなんて、とんでもない」
「……そ、そう。まあ、確かにそうかもしれないわね……」
などと説明しつつ――むろん、秀一は彼女たちの引いた反応には気づいていた。だからといって、こんな美味しい作戦を手放す気はまったくない。
(ははは! 完璧な作戦だ! これなら琴子に気づかれることなく、さらに浴衣まで覗き見放題。まさに一石二鳥! さすが天才……)
ついでに、秀一は二人の姿をあらためて見やった。
ノインが着ている浴衣は夏色向日葵。
大きな花びら模様を中心に、黄色とオレンジの配色が少女のハツラツさを演出する可愛らしい一枚だ。
一方の春香は、大和撫子。
深く落ち着いた緑と白の色使いで、女性の美しさと涼感を一緒に表現する大人の一枚である。
美女と美少女。両手に華とは、まさにこのことだろう。しかも、どんなにジロジロ見ても、彼女たちに悟られはしない。秀一が愉悦めいた笑いをさらに浮かべる。
そんな黒ずくめの変態を半眼で睨みながら――ノインと春香はこっそりと、こんなガールズトークをしていた。
「ハルカ……。アイツ、連れてこないほうが良かったんじゃ――」
「……そうね。めんどくさいナンパ除けになると思ったのだけど……今は私、すごく反省してるわ……」
彼は、ナンパ除けどころか、道行く人全体に避けられていた。それほどまでに彼の恰好は強烈なイタさであった。
「いやー、行くまでが面倒だけど、祭は来てみるとやっぱり楽しいな。むふっ。お、あの娘――おお……ふふ……ひひ……」
本人は気づいていないが、じつは、もはやサングラスはとっくに意味を成していない。なぜなら彼はきょろきょろと頭を振っていて、その動きだけで何をしているか分かってしまうからだ。
「……」
顔を手の中に沈めて、たまらず、二人ともに絶句する。
こんな恥ずかしい魔除け、持ってこなければ良かった。そんな顔であった。




