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キルロイド  作者: 武嶌剛
第三章 夏野丘星祭
22/51

天才の葛藤 (1/2)

 あれから一週間が経過して――


 秀一がいつものように帰宅していると、校門のところで呼び止められた。


「待ってよ、秀一」


 むろん、琴子である。そもそも、この光雲高校において、彼に声をかける女子など他にいない。


「なんだ、この時間に珍しい。お前もいよいよ帰宅部デビューか?」


 琴子はガクッと肩を落とすと、ずれたカバンをしょいなおして、声を荒げた。


「そんなわけあるか! あんたは、どんだけ学校のことに興味ないのよ! 今日は終業式だったでしょう? どこも部活は休みなの」

「ふむ。そうだったか……。帰宅部は、年中無休で毎日欠かさず活動しているというのに。まったく、お前ら部活人は、けっこうルーズなのだな」

「……その台詞、ガチの運動部の前で言ってみなさいよ。即刻、八つ裂きにされるからね……」


 そうして二人で歩き出すと、彼女は夏休みの話題を持ち出した。


「ねえ。夏野丘の星祭。今年も行くよね?」

「……いや、今年は行かんな」


 彼の返事が、予想外のものだったのだろう。琴子は首を傾げると、意外そうに訊き返した。


「どうして? 毎年行ってるのに。もはや恒例行事じゃん」

「ちょっと――いや、かなり予定より勉強が遅れてるんでな。これ以上、時間をロスしたくないんだよ、俺は。くそ……」


 秀一が苛々とした調子で、そう答える。

 彼の脳裏には、もちろんノインたちの一件がよぎっていた。あの事件のせいで、なんだかんだあって、たくさんの日数を浪費してしまったのである。そのせいで、勉強の予定は大きく乱れてしまった。これは彼にとって多大なストレスである。


 だが、そんな事情を知らない琴子は、目を細めてすっかり呆れていた。


「勉強って、あんた……。これから長い夏休みなんだから、たった一日くらい、息抜きでべつに良いじゃん」

「ふん。凡人の考えだな。たった一日くらいだと? されど一日だ。一円を馬鹿にする者は、一円に泣く。日常も同じことだ。人生が三万日あるとして、そのうちの一日といえば、どんなに貴重な数字か、よくわかるだろう。俺は、この夏休みに徹底して勉強する。それは、どんなモーメントの効いたテコを働かせたところで揺るぎないことだ」


 眼鏡を鋭利に光らせて、そう流暢に語る。彼には、強靭な意志が秘められている。見る人が見れば、それは頑固めいたジジイの偏屈じみた思想のようなものだ。


「……うっざ……」


 彼女は疲れたように嘆息すると、まるでとっておきの切り札を使うように、こう打ち明けた。


「じゃあ、その日、わたしがあんたじゃなくて、他の人と祭りに行ってもいいのね? 三年の矢野センパイから誘われてるの、先約があるからって断ってたんだけど」


 だが、彼女の期待はまたも裏切られることになる。

 なぜなら秀一はあっさり頷いてみせたからだ。


「ああ。一向に構わんぞ。お前の人生なんだ。お前の好きに決めろ。俺にどうこういう資格はないし、お前が許可を求める必要もない」


 バシン――

 それは琴子が背中にカバンをぶつける音だった。前に押し出された姿勢のまま、秀一は不機嫌そうにじろりと振り返った。


「……いきなりなにをする。痛いじゃないか。いつもいつも、お前はまれに奇怪な行動をするな」

「あんたにだけは言われたくないっつうの! この勉強バカのうすらバカ! もう知らない! ……次に会うのは、二学期ね。さようなら――」


 そういって、ぷんぷんと怒りをまき散らして、彼女は小さな嵐のように去っていった。


 ただ一人取り残されて――


 秀一はぼりぼりと頭を掻きながら、ぼそっとつぶやいた。


「いや……そもそも誰だよ。矢野センパイって」


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