老人の気づき
見慣れた研究室――
老人は一人、青色に発光する立体ディスプレイの膨大な文字列を目視で追いながら、ぶつぶつと呟いていた。
「……わたしはまったく愚か者だった。今頃になって気がつくなんて……」
デスクに散乱した束の書類。そこから一冊の分厚い設計書を抜き出して、ばらばらとめくっていく。
電子のデジタル媒体ばかりに頼ってはいけない。紙のアナログ媒体だからこそ気づけるエラーの存在を、老人は過去の経験から思い知っていた。
「だが、こうして過ちを正せるからこそ天才なのだろう。ふふ。愚か者の多くは失敗を認めず、成功へたどり着く貴重な手がかりのすべてを無に廃す――」
彼に答える者は、だれもいない。部屋はあいかわらず無人だった。
それはきっと、世界が無能で溢れるせいだろう。だれも老人についてこれる者がいないのだ――
「神よ……。わたしは思い直すことにしたんだよ。どうやら、わたしの心のどこかには優しさが残ってくれていたようだからね」
疲れたように珈琲をすすると、老人はスクリーンに触れて、息を抜くように映像をスライドさせていった。
老人が感慨に耽る。
それは己が辿った人生の軌跡だった。
始まりの時はいつも同じ。
一人の青年が、空港で笑っている。
やがて異国の赤い絨毯が、富と名声を与え、彼の道を栄華に彩っていく。
「……キルロイド。彼らに備えた人間の超疑似感情系。まったく素晴らしいものだった。世界が讃えてくれた誇るべきシステムだ……」
老人は視線を移した。
壁一面に並ぶ大型カプセル。
世界の戦場が欲した、殺人兵器――
それらを眺めながら、老人はわなわなと指先を震わせた。
「そう……盲点だったよ。この感情というやつが、時に多大な失敗を産むのだ。そもそも無根拠な殺害に、まっとうな心など必要がない。主の監視がなければ、なおさらだ。……まずは、完璧だと思うものこそ見直すべきだったのだ!」
カップを机に激しく叩きつけて――
「……神よ。逃げられると思うなよ。わたしは、どこまでも執念深い……」
ツカツカと席を離れて――
「根幹から覆した新しいパターン系。試してみる価値は、大いにある」
老人はパネルに触れると、最後にこう告げた。
「さあ。目覚めの時だ」




