賭け (1/2)
春香の話を聞き終えて――
秀一はベンチにもたれかかりながら、ほとんど信じられないといった表情で夜空を仰いだ。
「……未来の俺は、天才科学者。うん、ここまでは良い。予定通りだ。でも、その人生最後の研究が、誰も成し遂げたことのない前人未踏の自殺で……昔の自分を殺すことだって? しかも理由は、普通に死ぬのもつまらないから……?」
そうつぶやくと、彼は自分で自分に突っ込んだ。
「バカも大バカだろ! そんなもん、自分で安楽死できる薬でも開発して勝手に飲め! 昔の俺を巻き込むなよ!?」
横に座る少女――ノインは疲れたようにため息をつくと、こう付け足した。
「そのくだりなら、わたしがすでに言ってあるわよ。ジジイになったアンタは、まるで聞く耳を持ってくれなかったけどね」
さらに悩まし気に、秀一は頭をかきむしった。
「あぁぁ……できることならぶん殴ってやりたい! 今の俺を殴って、どうにか未来にダメージを残せないものか……! ゆうパックにくさやでも詰めて決まった日時に予約お届けしてやりたい……!」
ノインはおそるおそる春香へ視線を送ると、こう尋ねた。
「ねえ……。あんたはどうして命令に逆らっていられるの。同じキルロイドなんでしょ?」
春香は自分の頭部を指し示して、その人指し指をくるくる回しながら答えた。
「時空遷移がスムーズに成功しなくてね。この時代に来た時、少し中身が壊れちゃったのよ。それで命令も制御できてるってわけ」
「そう……ラッキーだったんだね」
うらやましそうに、ノインはそうつぶやいた。
「ま。とにかく……。知ってることはそれがすべてよ。未来の秀一くんは、自分が死ぬために過去の秀一くんを殺そうと、キルロイドを製作してはタイムスリップさせている。その結果、この時代にたどり着いたのは、今のところ、私とこの子だけ。そして、私は、自分の存在が消えないように五年前から秀一くんのことを監視していたってわけ」
「くそ。俺は絶対に生き抜いてやる。そして自殺なんか絶対にしてやらないからな――!」
秀一がそのように固い決心をしようとすると、春香はその考えを否定するようにお願いした。
「そのことなんだけど、あんまりそう決め込まないようにしてもらえるかしら」
「へ?」
彼女は困ったような表情で、やんわりとこう伝えた。
「貴方のそういう意志が未来を変えてしまうと、下手をすれば私の存在が消えちゃうかもしれないでしょう。今のところ大丈夫みたいだけど……なるべくなら深く考えないようにしてくれると助かるってこと」
「ええと……。まあ気持ちは分かりますけど……なんだか婉曲的に自殺を薦められているようで、とても複雑な気分だな……」
秀一がしぶしぶ承諾する。
それから春香は、時計の時間を確認すると、決断を迫るように切り出した。
「それで……どうするつもりなの。あと少し経ったら、この子はまた貴方を殺すようになる。私はそうなる前に必ずこの子を殺す。貴方が狙われる理由が分かったところで、状況はなにも変わっていないのよ?」
そう問い詰められ――
しかし、秀一は首を横に振ると、さも自身ありげに答えてみせた。
「いや……状況は変わったんだよ、春香さん。事情が分かったからこそ、解決策が見つかった。結論はカンタンさ。ノインを生かしていても俺は殺されない。絶対に大丈夫だよ」
「……どうしてそんなことが断言できるの?」
訝しむように春香が訊き返す。
秀一はノインのほうへ、ゆっくりと向き合った。
「一つ確認して良いか、ノイン。未来の俺は……いつの俺を殺せって命令しているんだ?」
「さあ……。そんなこと知らないわよ。わたしは時間遡行して、アンタを殺せってしか、命令されてないんだから」
「そうだろ。それなら話は単純で、俺を殺すことをただ後回しにすれば良いだけなんだよ」
「……後回し?」
春香が尋ねると、秀一はうなずいた。
「視点を変えれば良いんだよ。未来の俺からすれば、その老人年齢になるまでの俺は過去の俺。つまり過去の俺は、一瞬の存在ではなく、一定期間の存在なんだ。だったら、その一定期間のうちに俺を殺せば『時間遡行して殺した』って事実に矛盾は生じない。これならロジックが釣り合う」
ノインは疑問符を浮かべた。
「でも、それってヘリクツみたいなもんじゃん。わたし、保証できないと思うよ? 力が戻った時にアンタを殺さないように制御できるかなんて。命令はなんつうか衝動的なモンだし――」
「いいや。そんなことはない。お前がその気になればコントロールできるはずだ。なぜなら昨晩、俺は実際に助かってるだろ?」
「……それは、アンタがへんなこと口走ったからでしょ。さっきは邪魔されたけど、あんなの耳栓つければ良いだけだし、今度は逃がさないっつーの」
「いや、もし命令が絶対だとしたら、そもそも見逃すなんて現象が起きえないはずなんだ。これはつまり――昨晩にお前は、俺を殺害することよりも嫌な言葉を聞きたくないっていう自分の感情を優先させて行動できた、って証明になる。つまり、お前さえその気になれば、命令なんて、いつでも無視できるはずだ」
「そんなこといっても……なんだか自信ないなぁ。わたしにとって、あんたを殺すことって、あまり迷いのないことだし……」
心配そうにするノインに、秀一はさらに付け足した。
「もし俺を殺したくなった時は、それ以上にお前が生きたいって願えば良い。なにしろ俺を殺せば時間矛盾でお前も消えるかもしれない。そんなこと、遊びたい盛りのお前は望まないことだろ?」
「……え?」
「え、じゃねーよ。お前、どう見ても遊びたがってるだろ。そんだけ女の子の性格してたら……たとえば服だって、もっと色々着てみたいんだろう?」
ノインはバッと目を逸らした。恥ずかしさを隠すように。
「な……なんで、アンタにそんなことがわかんのよ!」
「よく身だしなみを気にしてたろ、オマエ。よっぽどのバカでもなけりゃ、見てりゃ気づく。そんなことも分からない鈍感な愚か者は……せいぜい自殺なんて思いつく年寄りのバカくらいだろ」
未来の自分へ嫌味を言って、秀一が独りごちる。
それから秀一は、ノインのために話をシンプルにまとめた。
「要は、すべて、お前の意識の持ちようってこった。とにかく生きたいって感情をいつも大事にする。俺のことはいつか殺す程度に思っておく。そして絶対に死のうなんて思わない。この三点だけ気をつければ良いんだ。べつに難しいことじゃないだろ?」
「……繰り返すけど、わたし、ちゃんと約束なんかできないわよ。それでも……いいの?」
秀一は眼鏡をくいっと押し上げて、頷いた。
「大丈夫だ。なぜなら、俺は自分の考えに常に確信を持っている。もし外れたら、そん時は……未来の俺のせいであって、お前のせいじゃない。ただの自業自得で死ぬだけだろ。気にすんな」
そんな軽い調子の秀一に、春香は大きく吐息した。
「まったく……正直、私は反対よ。今のうちにその子を破壊すれば、少なくとも私と秀一くんの無事は担保されるはずだから。でも――」
言いながら春香はノインを見つめて――
腹をくくるように宣言した。
「秀一くんが、命とひきかえに彼女を生かそうとするなら、私も一緒に賭けてみるわ。それに……あの広い家に一人暮らしも寂しく感じてたとこだしね」




