夜の攻防 (3/3)
「気絶したの?」
「すぐに目覚めると思うわ。戦闘機能は停止させたから、時間内なら無害だけど――」
言いながら、春香は彼女を抱きかかえて、人目のつかない茂みのほうに移動すると、彼女の細い首へ手をかけた。
「――寝てる今のうちに破壊しておくのが賢いやり方よね」
その迷いのない行動に、秀一は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。春香さん。まだ何も話を聞いてないのに――」
「……話? そんなもの必要あるのかしら。聞いても意味がないわよね。私と貴方が助かるためには、結局……この子を破壊してなくてはいけないのだから――」
さらに春香がグッと力を籠める。
少女はすぐに目を見開いて、
「――ッ――――!」
たちまち悶絶を始めた。おそらくそれは人生で最悪の目覚めだったに違いない。そして、まもなく目覚めることはなくなる。
じたばたと必至に抵抗するノイン。金色の髪が乱れ、顔いっぱいが血で紅潮する。しかし、むろん、今の彼女の弱った力では、春香の握力をふりほどくことはできない。
春香は最後にこう言い放った。
「このまま貴方を破壊するわ。悪く思わないでね……」
「ま……待ってよ! 春香さん!」
そこに割って入ったのは秀一だった。たまらず春香に掴みかかる。
「……無駄なことはやめなさい、秀一くん。気持ちは分からなくはないけどね……」
ノインの首を絞める彼女の腕は、まるで鋼鉄のように固くなっていて、とても振りほどけそうにない。
(くそ――!)
焦燥する秀一。
少女は白目を剥きかけていて、今にも意識が途切れそうになっている。
そんな切迫する状況の中――彼は、とんでもない台詞を思いついて、声高々に春香を脅迫した。
「な、離してくれないと……おもいきり春香さんのおっぱい揉んじゃいますよ!」
ズザザ――
それはものすごく生理的に俊敏な動きであった。いつの間にか、春香は、草むらの後ろの方へ避難していた。その胸元を両手でしっかりおさえながら――彼女はじろっと秀一を睨みつけた。
「しゅ、秀一くん……。貴方、やっぱり相当のヘンタイね。今のはさすがに鳥肌たったわ。さっきもこの子が耳栓してる時、相当に気持ち悪いことを口にしてたし……」
声がすっかり上擦っている。よほどの恐怖だったのだろう。
秀一は吹っ切れたように、両手を広げてうなずいた。
「ええ……今更、もう隠す気はないですよ。どうせ春香さんには、なんでもバレてるんですし。俺は変態です。その程度の罵り、喜んでお受けしますよ」
拘束から解放されて――ノインがゲホゲホとせき込んでいた。
締め付けられた首元を抑えながら、必死に呼吸を再開している。
「……大丈夫か?」
秀一がそう声をかけて近づく。
すると、ノインは反射的にその顔を鷲掴みにした。
そして、決死の形相を浮かべて、憤怒に満ちた声で告げた。
「あんたら、絶対に許さない。殺してやる――!」
広げた右手。彼女はおそらく、あの『光の杭』を撃とうとしたのだろう。
しかし、もちろん、今はなにも起こらない。そのことに気づくまで、少し時間がかかってから、
「な、なんで……?」
そうノインは顔を引きつらせた。
彼女の疑問に、春香が答える。
「残念だったわね。今の貴方にキルロイドの力はないの。さっき緊急スイッチを押させてもらったからね。味わうのは初めてかしら?」
その説明で、ようやく事態を把握したのだろう。
ノインの顔が愕然と青ざめた。
「なんで、そんなこと知ってるの……アンタ、何者――?」
「私も貴方と同じキルロイドだから。まあ、私は貴方の敵だけどね……」
そうして春香がノインを再び手にかけようとすると、秀一はすばやく二人の間に立ちはだかった。
「……さっきからいったいなにを考えてるの、秀一くん。彼女が生きていて、一番困るのは貴方でしょう?」
春香が不機嫌そうに目をすがめる。先ほどからのノインをかばう行動に、いい加減、怒りを覚えているようだ。
だが、秀一にも言い分はあった。
「だから、ちょっと待ってってば。あと一時間くらいなら、こいつも暴れられないんだろ。まだ……なにかやれることがあるかもしれないじゃないか」
「どきなさい。それ以上の邪魔をするなら、たとえ秀一くんでも力づくにねじ伏せることになるわ。そんなこと、私にやらせないでちょうだい……」
春香がそう警告する。それは明らかにむき出しの敵意であった。彼女はどうあってもノインを仕留めるつもりなのだろう。
むろん、春香を止めるような力は自分にはない。次はもう、セクハラ行為に及んだところで無駄なことだろう。彼女はけっこう怒っている。そんな無駄口を叩けないよう、気絶させられかねない勢いだ。
(……くそ。かくなる上はこの手段しかないな――!)
秀一はそう決断すると――
バッとノインに抱きついた。
二人が、あっけにとられたように、その場に固まる。
「へ?」
ノインのすっとんきょうな声。
「な、なにをやっているの、秀一くん……」
続いて、ドン引きしたような表情で、春香。
秀一は、ノインの身体をさらに恋人のように力強く抱きしめると、真顔になって、こう宣言した。
「いいですか、春香さん。俺は、まだあきらめたくないんです。せめて、少しでいいからこいつと話をさせてください」
「な、な、な――――」
あまりに突然のことに震えるノイン。
彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になっていき――
すぐさま彼らの口論は始まった。
「あ、あ、アンタ、なにこんな時に欲情してんのよ!? どうせ死ぬなら最後に一発的な卑劣極まりない強姦殺人でもしようっての! ゴキブリよりも最ッッッッ低ッッッッ!!」
「んなことするか! わざわざ盾になって守ってやってる俺の善意を、無惨な凶悪犯罪なんかに置き換えるな!」
「だれもそんなこと頼んでないわよ! なんでアンタが、敵のわたしを助けるのよ! 意味不明でしょうが!」
「知らん! 自分でもよく分からん! でも、なんかほっておくのはヤダ! そう遺伝子がざわめいて騒いでるんだよ!」
それは買い言葉に売り言葉。
ぎゃーぎゃーと押し合いへし合いしながら、二人が騒々しく揉めていく。
「……な、なんなの。いったい……」
春香はぽかんと口を開けて、もはや棒立ち状態だった。
もはや、命の奪い合いなんてシリアスな空気は、どこかへ消えてしまっていたようだ。
そんな激しい痴話喧嘩のような言い合いの中――
「……このバカ! ホントわっけわかんない! そんな性格だから、昔の自分を殺すなんて、わけわかんないこと考えんのよ!」
「俺はバカじゃない! 天才だ! そして……えっと……。今、なんていった、お前?」
そんなノインの言葉が、二人の会話をぴたりと止めた。
(昔の自分を殺す……だって?)
秀一が心の中でそう反芻すると同時、春香は小さな舌打ちと共に、慌てたようにノインへ襲いかかろうとしていた。
だが、
「待ってって、言ってるだろ――」
ノインをかばうように抱き寄せて、秀一は春香へこう尋ねた。
「ねえ。春香さん。昔の自分がってことは……もしかして、俺を殺そうとしてる人物は、未来の俺なの……?」
「……そう。バレちゃったみたいね」
春香はそう嘆息すると、両腕をぷらんとさせて、警戒の構えを解いてみせた。どうやらノインをすぐに殺すことは諦めてくれたらしい。
それから周囲の景色を見渡すと、彼女は自問自答するように、こうつぶやいた。
「大丈夫……みたいね。私は消失していない。まだ未来は変わっていない……ということなのかしら」
「……どういうことなの?」
秀一が訊き返すと、春香は時計の時間を確認してから、こう約束してくれた。
「いいわ、話してあげる。どうして貴方がキルロイドに狙われるのか、その理由をね――」




